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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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聖墳墓教会を出た後、旧市街の中をアルメニア地区まで歩き、アルメニアのレストランでランチになりました。
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城壁の中は旧市街と呼ばれ、イスラム教地区、キリスト教地区、ユダヤ人地区、アルメニア人地区の4つの区域に区分されています。
アルメニア人地区は旧市街の南西に位置し、4つの地区の中で一番小さく、エルサレムに3000人以上のアルメニア人が住んでいる中、その内約500人が旧市街のアルメニア人地区で暮らしているそうです。
アルメニア人もキリスト教徒で、国は小さいですが世界で初めてキリスト教を国家宗教とした国で、長い歴史を持つ国なのだそうです。

歩いていると、アルメニア陶器の店がひときわ目を引き、その色使いの美しさと形の可愛らしさから思わず立ち止まってしまいます。なんとなく異国情緒に溢れて、静かで落ち着いた区域のような気がします。
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そんなアルメニア地区を歩きながらシオン門まで来ました。
下がシオン門です。たくさんの銃弾痕が見えます。予期せぬ光景で、時を越えて胸に迫って来るものがありました。
この銃弾痕、後に調べたところ、3つの説がありました。1)1948年第1次中東戦争時の激戦痕。 2)1967年第3次中東戦争(6日戦争)の時の激戦地。 3)両方。
いづれにしても痛々しい傷跡を持った門です。ついつい、戦いの様子を思い巡らせてしまいます。
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シオン門は城壁の南側にある門で、そこを出るとシオンの丘になります。ヘロデ時代には、シオンの丘は城壁の中にありましたが、今は城壁の外になっています。
シオンの丘で最初に目に入ったのは、お菓子やナッツを売るきれいなワゴンでした。その路地の先には、何やら大きな建物が見えて来ました。何でしょう。
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小道を歩いて行くと、だんだん姿を現して来ました。これはマリア永眠教会、というのだそうです。とても素敵な作りの教会です。エルサレムでも有数の大きな教会で、1910年に10年がかりで完成されたということです。
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そのマリア永眠教会の左側を歩いて行くと、琴を持ったダビデの像がありました。
その先に、最後の晩餐の部屋、というサインがあり、サインに従い階段を上って行くと、そこは大きくて美しい広間でした。ここが最後の晩餐の部屋ということです。
建物の造りは十字軍様式なので、当時のものではなく、この場所が、最後の晩餐の部屋として伝承されているのでしょう。
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最後の晩餐の時、イエス様は12弟子と一緒に、この場所で過越しの食事の席に着き、ご自身がこれから受ける苦難をお話しになり、ユダの裏切りを宣告し、主の晩餐が始まりました。
種無しパンを裂いて弟子たちに与え、これは私の体です、食べなさい、と仰いました。また、ぶどうの実から作った杯を弟子たちに与え、これは私の契約の血、罪を赦す為に多くの人のために流されるものです、飲みなさい、と言われました。こうして新しい契約に生きることを教えられました。
その後、オリーブ山のゲッセマネに行かれたのです。

また、この場所は復活されたイエス様が現れた場所、そして、聖霊降臨の場所でもあります。

その階下に、ダビデの墓がありました。ダビデの墓がなぜここに・・・と、奇妙に思いました。(1列王2:10) 
それは、シオンの丘を誤って特定したため、という理由が一つと、ダビデ王の伝統的な墓が、使徒2:29に「・・・その墓は今日まで私たちのところにあります」、という箇所が文字通りに受け取られ、十字軍によって現在の場所に移されたことの結果だということでした。

建物を調べた人がいたそうです。1948年イスラエルの独立戦争中に追撃弾で同建物が損傷し、調査と修復にイスラエルの考古学者Jacob Pinkerfeldが送られました。彼は修理の過程で、大理石の床13cm下に12世紀の十字軍の床を見つけ、その下約4.6mではビザンチン時代(5世紀)の幾何学模様のモザイクの床を発見しました。更にモザイクの床下約10cmでは、1世紀の終りのローマの床が出土し、同建物のベースであることが分かったのです。

ダビデの墓は男女別の入り口があり、狭い部屋に大きな棺の半分が見えていました。内部も男女の仕切りで分けられています。ダビデはユダヤ人の誇りですから、ユダヤ人が熱心にお祈りに訪れています。
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さて、次回 8/10の更新は、神殿研究所、西壁を予定しております。

(Mi)


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2016.08.03 15:19 | イスラエル聖地旅行
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