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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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毎年恒例のインフルエンザはどこに?



1027日のVox Popoliに大変興味深い記事がありました。

http://voxday.blogspot.com/2020/10/the-end-of-annual-flu.html?m=1

 

 医学界や科学界は、インフルエンザがどこに行ったのか、なぜインフルエンザが事実上消えたのかを理解できないようです。

 

 南半球では夏の間にインフルエンザの季節になりますが、WHOのデータによれば今年はインフルエンザがまったく流行しなかったようです。オーストラリアでは、4月に記録されたインフルエンザ陽性の症例はわずか14例で、2019年の同じ月の367例と比べると96%減少しています。通常インフルエンザ・シーズンのピークは6月までですが、5月、6月は陽性の症例はゼロでした。実際、7月以降もオーストラリアからWHOに陽性の症例の報告はありません。

 

 チリでは、4月から10月の間にインフルエンザが12例だけ検出されました。 2019年の同時期には7000例ほどありました。南アフリカでは、サーベイランステストでシーズンの初めに2例しか検出されませんでしたが、翌月にはゼロになりました。全体として、前年比99%減です。

 

 英国では、インフルエンザのシーズンはまだ始まったばかりです。しかし、Covid-193月に広がり始めて以来、昨年の3月から10月までの7000件近くと比較して、今年はわずか767件の症例がWHOに報告されています。昨年のラボで確認されたインフルエンザの症例は、9月から10月の間に10%急増しましたが、今年はシーズンが始まって以来、これまでのところわずか0.7%しか増加していません。世界的には、インフルエンザの発生率は昨年の同時期と比較して98%急落したと推定されています。

 

 エクセター大学医学部の上級臨床講師であるデビッド・ストレイン博士は 「これは本当です。インフルエンザの発生率がはるかに減少していることは間違いありません」と証言しています。

 

 では、インフルエンザはどこに行ったのでしょうか???

 

Covid-19は明らかにインフルエンザです。コロナウイルスとライノウイルスの間にどんな違いがあるとしても、Covid-19は、毎年異なるインフルエンザ株が果たす役割を果たしているにすぎません。これは特定の歴史的なウイルスよりもかなり危険性は低いですが、通常のインフルエンザ・ウイルスよりも少しだけ危険です。それらのことを考慮すると、すべてのロックダウンとマスクの使用はあまり意味がなく、むしろウイルスが最終的に消える前にウイルスが集団を通過する自然なプロセスを遅らせているだけなのです。

 

もしかしたら、インフルエンザの陽性反応の激減の理由は、COVID-19の陽性反応にカウントされているからかも知れません。真実のところは判りませんが、いずれにせよ、コロナウィルスはMain Streamメディアで報道されているほど恐ろしいものではないと思われます。

 

病気の病原性が不明な時は、注意を払うことは悪い考えではありませんでした。しかし、このようなことが分かった今となっては、誇大妄想を続ける理由はどこにもありません。なのにまた第二波、第三波が騒がれています。その報道は本当に真実なものでしょうか?

 

アメリカの大統領選まであと僅かですが、全世界でスクープとなるべきOctober surpriseMain Streamメディアでは全く報道されません。彼らは現時点までこれをひた隠しにしています。これは前代未聞の情報操作ではないでしょうか。誰が考えてもおかしいと判ります。しかし、多くの人が、その同じMain Streamメディアが、インフルエンザウイルスと大差ないコロナウィルスをここまで過剰報道し、世界中を再びロックダウンに巻き込もうとしている現実をおかしいと思わず、まともに信じています。


もちろん、年配の方々の中にはコロナがきっかけで亡くなる方もおられます。しかし、それは風邪やインフルエンザでも同じです。これらの方々は平均2.6個の持病を持っておられ、コロナがきっかけとはいえ、加齢と持病が主たる死因だと言われています。それに比べて若い人たちは、コロナにかかっても、そのほとんどが風邪やインフルエンザのようにすぐに直っているのが現実です。

 

 

鶴田健次

 

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2020.10.30 23:21 | 城壁の見張り人


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オクトーバー・サプライズ

 


  この度、これまでの牧師室よりのメッセージとは別に、「城壁の見張り人」というカテゴリーで、終末時代を生きる人々が知っておくべき国内外の情勢を発信させていただくことにしました。今後、牧師室よりのメッセージは聖書の御言葉にフォーカスしたいと思います。

 

 

ところで、アメリカ大統領選には“オクトーバー・サプライズ”という言葉があります。11月の投票日を目前に控えた10月に突然起こる、それまでの選挙の流れをひっくり返すような驚愕の事件のことです。2016年の大統領選では、10月に当時のFBI長官ジェイムズ・コーミーが民主党候補のヒラリー・クリントンの電子メール疑惑の捜査を再開すると公表したことです。11月の投票日まで2週間を切った時点でのこの発表は、結局、接戦州での投票に影響し、それまで優勢と言われていたヒラリーに敗北をもたらしました。

 

そのように選挙戦の流れを一変させる事件がオクトーバー・サプライズですが、今年はそれが民主党候補のバイデン一家の数々の不正を明かす膨大な数の電子メールの一部が1014日、NYポストのスクープとして開示されたことです。

 

 それは、ジョー・バイデンが副大統領時代に息子ハンターの個人事業に口利きし、ウクライナ最大のエネルギー会社であるブリスマホールディングスの役員と秘密裏に会っていたことが明らかになったのです。これまでバイデンはハンターが父親である自分の地位を利用して私服を肥やそうとしたことを認めませんでした。NYポスト紙は流出した電子メールはスモーキングガン(決定的な証拠であり、バイデン家の不正が実証されたと報じました。しかしバイデンとハンターの本当のトラブルはこれからです。

 

NY市長でトランプ大統領の個人弁護士を務めるルディー・ジュリアーニが14Fox Newsのインタビューで、「バイデン一家は今世紀最大の政治スキャンダルに関与しており、ウクライナでのハンターの不正は氷山の一角に過ぎない。バイデン一家は中国でより多くの金銭的利益を得ている。次の段階で私はその部分を公開することになるだろう」と述べました。

 

また、バイデン陣営による報道の否定と外界からの疑念に対し、15日、ジュリアーニは保守派メディアThe Daily Callerとの独占インタビューで、「4名の証人およびハードディスク、大量の電子メールが記録されているため、報道の信憑性は疑いの余地がない」と述べました。

 

Newsmaxのルディー・ジュリアーニへのインタビューです。

https://www.youtube.com/watch?v=1_t1rgjPZqc

 

 最初に公開された電子メールは実際には2つだけで、どちらもヴァディム・ポジャルスキーという人物がハンターに送ったものでした。ポジャルスキーはブリスマのナンバー3の人物です。彼はハンターがブリスマの取締役に就任して間もない頃、2014512日のメールでウクライナの新政府がブリスマを調査しようとしていることと、ハンターに彼の政治的影響力を利用して会社を助けてほしいと頼みました。2015417日、ポジャルスキーはハンターに、「ハンター様、DCに招待してくれてありがとうございます。お父様にお会いして一緒に過ごせたことを感謝しています。それは名誉であり喜びでもありました」と感謝のメールを書きました。

 

 ハンターは当時、一年間ブリスマの役員を務めており、エネルギーの知識がないにも拘らず会社から月に最大50,000ドルの給料をもらっていました。このメールはハンターが自分の会社の役員を父親であるバイデン副大統領に会わせたという確実な証拠です。バイデンにこんな密会がある事は誰も知らなかったのです。彼はずっと息子の利益のために自分の立場を利用したことを否定してきました。

 

ジュリアーニは、「今年の選挙でトランプが勝つ事は間違いない。そしてバイデン親子の汚職に関わった者は処罰されなければならない」と述べました。つまりこのことが大きくなれば、バイデンと民主党の選挙運動に大きなダメージを与え、そしてバイデン親子は有罪判決を受ける可能性もあります。

 

それにしても、ハンター・バイデンの18000通にのぼる電子メールと膨大な数の写真と動画がどうやって流出したのでしょうか・・・・?

 

201964日、バイデンの故郷であるデラウェア州ウィルミントンのコンピューター修理店にAppleLaptopが持ち込まれました。それはハードディスクに水が入ってしまったLaptopの修理のためでした。しかし修理の後、その顧客は取りに来ず、修理代金も払っていませんでした。店主は連絡先に何度も電話をかけましたが、連絡が取れません。修理の契約書にはハンター・バイデンの署名があり、修理後90日過ぎても支払いもなく取りに来なければPCの所有権は修理店のものになるとありました。そこで店主はPC内の情報を見ることになり、その内容に驚きました。中身の重大さを感じた店主は地元のFBIに連絡しました。FBI201912月にこのLaptopとハードディスクを法に則って押収しました。しかし、その後FBI何の動きもしませんでした。店主は、FBIに渡す前にコピーした4枚のハードディスクのコピーのうち2枚を友人に預け、もし自分が何かの事件に巻き込まれて殺されるようなことがあれば、それをメディアに渡して欲しいと伝えました。その後、友人の一人がそれをジュリアーニの弁護士ロバート・コステロ氏に渡しました。そうやってジュリアーニ、つまりトランプ陣営はハンターのパソコンの中身を完全に把握することとなったのです。

 

こんな小説よりも奇なる話があるでしょうか。修理店の店主によれば、ハンターがLaptopを持ち込んだ時、彼は目はうつろで、もうろうとしていて契約書にサインをすることも困難だったそうです。そういう状態だったがゆえにLaptopの修理を頼んだことも忘れてしまったのでしょうか? そのような普通ではあり得ない条件が幾つも重なり、数々の悪事を証明する膨大な数の証拠が自らの手によって最も見られては困る人々の手に渡るとは・・・。悪事をひた隠しにし、いつまでも改めようとしないバイデン父子の罪を神が暴かれたのかも知れません。

 

「神は侮られるかたではない。人は自分のまいたものを刈り取ることになる。」(ガラテヤ6:7

 

11月の米国大統領選はバイデン候補の後ろ盾となって国境を無くそうとしているシリコンバレーやウォールストリートに代表されるグローバリストvs.豊かになれない米国中産階級の支持を得たトランプ大統領をはじめとする反グローバリスト(ナショナリスト)の戦いです。そして、万が一、バイデンが勝つようなことがあれば、米国はグローバリストの餌食となり米国衰退のスピードが急速になると考えられます。 

 


鶴田健次

 


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2020.10.23 22:40 | 城壁の見張り人

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本当の生きがい

 

 心の中にぽっかりと穴があいているような虚しさ・・・・、これは誰もが感じたことのあるものではないでしょうか。どんなに豊かな生活をしていても、あるいはどれだけ能力があって、自分のしたい事をできていても、それだけでは満足できない・・・、それが人間というものではないでしょうか。

 いかなる動物も"生きがい"を求めて悩んだりはしません。人間だけが、生きがいを求め、生きる目的や意味を考えるのです。なぜでしょうか? パスカルは、「人は誰でも、神によってでしか埋めることのできない心の真空状態を持っている」と言いました。つまり、神との愛の関係を持つように造られた人間は、その関係を持つまでは心が満たされることがないのです。

 

 今から3000年ほど前、栄華を極めたイスラエル王国のソロモン王は、すべてのものを手に入れた後にこう言いました。

 

 「そこで、わたしはわが手のなしたすべての事、およびそれをなすに要した労苦を顧みたとき、見よ、皆、空であって、風を捕えるようなものであった。日の下には益となるものはないのである。」(伝道の書2:11

 

 これは、富と権力を欲しいままにし、知恵ある者としての名声を博したソロモンの言葉です。人類史上、最大の富と権力と最高の知恵が与えられた王様が、自分の実体験から、人が求めているこの世のものは結局は何一つ益となるものはないと言っているのです。

 

 しかし、それでも人は必要以上に富と権力と名声を求め、人を軽んじる自己中心の心が競争社会を生み出し、人の心から"生きがい"を奪い取っているようにも感じられます。

 

 では、"生きがい"とは一体どこにあるのでしょうか? その一つのヒントが私たちの日常生活の中にあります。私たちは誰かの役に立っていると感じた時に他の事では得られない満足を覚えるものです。たとえそのために自分の何かを犠牲にしなければならなかったとしても、誰かの役に立ったことで私たちの心は喜ぶのです。

 

 つまり私たちの心の中には、自分が損をしても他の人が得をすることが嬉しいという心根があり、そこに私たちはある種の"生きがい"を見出すのです。また反対に、自分が得することばかりを追い求めていくならば、たとえいろいろなものを手に入れても、心の中の喜びを失い、本当の友だちや本当に大切なものを失うことになります。聖書にこんな言葉があります。

 

 「施し散らして、なお富を増す人があり、与えるべきものを惜しんで、かえって貧しくなる者がある。」(箴言11:24

 

 「与えよ。そうすれば、自分にも与えられるであろう。人々はおし入れ、ゆすり入れ、あふれ出るまでに量をよくして、あなたがたのふところに入れてくれるであろう。あなたがたの量るその量りで、自分にも量りかえされるであろうから。」(ルカ6:38

 

 見返りを求めないで与え、他者のために生きる時、かえって自分が豊かに生きる力が与えられ、私たちの心は満たされるのです。ところが、いくら見返りを求めないとはいえ、与えても与えても、なお裏切られることがあるものです。そんな時、がっかりして、他者のために生きることを止めてしまうと、いよいよ心は貧しくなってしまいます。

 

 そこで私たちが知らなければならないことは、私たちの心を豊かにする「他者のために生きる」という人生において、本当の「他者」とは誰なのかということです。それは決して私たちを裏切ることのない「神様」であり、この方ために生きる時、私たちの心は本当の”生きがい”を覚え、また生きる力が与えられるのです。

 

 「だから、飲むにも食べるにも、また何事をするにも、すべて神の栄光のためにすべきである。」(第一コリント10:31

 

 

今日の一言: 神様のため、人のために生きよう。

 

 

鶴田健次


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2020.10.16 23:21 | 鶴田健次牧師より

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自分らしい生き方

 

 あなたは今の自分に満足しておられますか? もしかしたら、自分はこのままではいけない、もっと自分らしく生きたいと思っておられるかも知れませんね。では、あなたにとって自分らしい生き方とはどんな生き方ですか? 私たちは自分らしく生きたいと願いながら、実際にはどこに自分らしさがあるかを知らないことがほとんどです。

 

 では、なぜ私たちは自分らしさがどこにあるかを知らないのでしょうか? それは、私たちが人の目や人の評価を気にして、いつの間にか自分がどう思うかよりも、人が自分をどう見るか、人が自分に何を期待しているか、ということに応えながら生きるようになってしまったからではないでしょうか。しかし、そういう生き方は、自分の満足感・充足感を人任せにした不安定な生き方であり、決して自分らしい生き方ではありません。

 実際、人の目や人の評価を気にしながら生きている人は、人から評価されている間はそれなりに満足できても、人からの評価を得られなくなると生きていく気力さえ失せてしまうのです。それに対し、たとえ人の評価を得られなくても、これで本当に良かったと心から思えるなら、それこそが自分らしい生き方ではないでしょうか。

 ただ、注意すべきことは、自分らしい生き方というのは、自分の好きなように生きることとは違うということです。やはり人生の普遍的な意味と目的をしっかり捉え、自分というものを正しく知り、また自分に与えられている賜物を見出して、自分が最も輝いて生きる生き方、それが”自分らしい生き方”だと言えます。その意味で、私たちはまず自分自身を正しく知ることが必要なのです。

 

 自分を知るための一つの方法は、自分史を書いてみることです。自分が生まれてから現在に至る自分の歴史です。特に、両親をはじめ、自分に深く係わってくれた人との関係 その人たちが言葉と態度で自分に投げ掛けたメッセージなど、自分の生き方、考え方の原点がどこにあるかを思い出す限り書いてみるのです。それによって、今まで気付かなかった自分に気付くことがよくあります。

 

 例えば、ある状況になるといつも腹を立てたり、パニックに陥ったりするのは、決して過去の経験と無縁ではなく、目の前の出来事が、過去に自分を苦しめ、悲しませ、傷つけた出来事とリンクし、その時の悲しみや怒りがよみがえって、そのために冷静に考えられなくなったためであるということがよくあることなのです。
                                                                     こうして自分を新しく発見することができれば、次に大切なことは、自分の現実の姿をそのまま認め受け取るということです。それは、問題や課題を持った自分を、だから自分はダメなのだと否定したり責めたりするのではなく、また自分にそういう問題を持つに至らせた相手を責めたり恨んだりするのでもなく、自分の課題を客観的に知ることで、自分に本当に必要なものを得ることができるようになるためです。

 自分を知ることでもう一つ大切なことは、自分がするべきことと他の人がするべきことの責任範囲を知ることです。『共依存』という言葉があります。たとえば自立できない夫がアルコール依存症になり、そのことで様々なトラブルを招き、その都度、妻がその後始末をした場合、夫は自分のしたことの責任を負わなくて済む状態になり、結果的に妻が夫の依存を助長し、自立を妨げてしまいます。妻は妻で、本来、夫が負うべき責任まで自分が負うので、さらに悩み苦しみます。自分の範囲を超えて相手の負うべき責任まで自分で負うとすれば、相手のためにならないばかりか、自分が本来すべきことまでもできなくなるという悪循環に陥ります。これを共依存の関係と言います。

 

 私たちも時どき自分の手に負えないことをしたり、相手がすべきことを自分がしたりして、空回りの人生、またいつまでも改善されない人生を生きていることがないでしょうか。聖書の中にこんな言葉があります。

 

 「だから、あなたがたは、神の力強い御手の下に、自らを低くしなさい。時が来れば神はあなたがたを高くして下さるであろう。神はあなたがたをかえりみていて下さるのであるから、自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。」(第一ペテロ567

 

 私たちを造られた神は、私たちを造り変えることがおできになります。私たちが自分の限界を認めるなら、それを解決できる方に委ねてみようという思いになることができます。本当の自分を受け取り、自分の限界を正しく知って、全知全能の神に生涯を委ねて生きていくなら、人の評価に振り回されない自分らしい人生が、あなたの前に実現していくのです。

 

 

今日の一言: 自分らしい人生を生きよう

 

 

鶴田健次

 

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2020.10.09 17:08 | 鶴田健次牧師より

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それでも地球は動いている


イタリアの物理学者ガリレオ・ガリレイは、コペルニクスのたてた地動説を実証したことで、宗教裁判にかけられました。この時代、教会の権力は絶大で、教会組織の腐敗を批判する者やカトリックの教えに反する言動を行った者は“異端者”として火あぶりにされました。


そのような状況下で望遠鏡が発明され、ガリレオは天体望遠鏡を自分で作り、人類で初めて宇宙を望遠鏡で観測しました。そして木星に複数の衛星があること、天の川が星の集団であること、月にはクレーターがあることなどを発見しました。


木星の周囲を月が回っているのを見たガリレオは、天動説への疑念を深める一方、金星の観測を通して地動説の正しさに確信しその説を唱えます。その結果、52歳で異端審問所審査にかけられ、「地動説について口頭でも文書でも議論してはならない」とローマ教皇庁から命令を受けました。そんな中で、「地動説は真理ではない」と宣誓書を書かされた際に、「それでも地球は動いている」と呟いたと言われています。


 それから16年後、ガリレオは『天文対話』という書物を書いて出版します。この書物は、三人の登場人物が地動説と天動説の違いなどについて話し合う、一般の人々にも読みやすいストーリーで書かれています。


 ガリレオは、登場人物の一人にこのようなセリフを語らせています。

「他の人の話を一方的に信じてしまって、なぜ君は自分で観察しなかったのですか?なぜ自分自身の目で見なかったのですか?」


 ガリレオは、この書物を通して、自分の目で物を見て、自分の頭で考えることの大切さを人々に伝えたかったのでしょう。たとえ、どんなに立派な望遠鏡があっても、真実を知ろうとする心がなければ、それはただのレンズと筒に過ぎません。


しかし、この書物のせいでガリレオは再び異端審問所に呼ばれ、翌年に「終身禁固刑」が言い渡されます。後に監視付きの軟禁に減刑されたものの、死ぬまで謹慎は続きました。著作の発行が禁じられ、最愛の長女が病気で亡くなり、彼自身、両眼を失明するという試練が続きますが、地動説という真理への情熱は消えず、コペルニクスを支持する『新科学対話』を口頭筆記で書かせ、原稿を軟禁中の家からプロテスタントの国・オランダの出版業者に密輸し刊行に漕ぎ着けました。


その後、ガリレオは77歳でこの世を去りますが、罪人として死後100年間も墓を作ることが許されず、ヴァチカンが有罪判決を誤りと認め破門を解いたのは、実に死後350年も経った1992年のことでした。


 世間で「常識」とされるものに異論を唱えるのは、狂人扱いされるリスクに対する覚悟が要ります。中世の時代においては火刑に処される可能性もありました。それにも拘わらず信念を曲げなかったガリレオに心からの敬意を表したいと思います。


 おそらく、ガリレオを有罪とした人たちの中には、ガリレオの主張が神と聖書への冒涜だと、心からそう信じていた人たちがいたのだと思います。ところが、今こうして解ることは、その純粋さや熱心さが、時に大きな誤りを生み出すことがあり得るということです。


 信仰の確信も、とても重要です。信じるものがあやふやであれば信仰生活は成り立たちません。しかし、同時に信仰者は、「人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない」という聖書のことばを忘れてはなりません。でなければ、人は、つい神の如くに、自分がすべての真理を握っているかのように他人をさばいてしまうからです。


 信仰者は、確信を持ちつつもなお、神は、私の確信よりも遥かに大きい方であるということを忘れずに、自由な心で軽やかに生活したいものです。


「人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない」(伝道の書3:11)

今日の一言:重要な事柄は鵜呑みにせずに自分で検証しよう



鶴田健次


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2020.10.03 02:00 | 鶴田健次牧師より
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