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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

#483-パンデミック_convert_20200328023933

パンデミック


 世界保健機関(WHO)は3月11日、「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)はパンデミックである」と表明しました。パンデミックとは、ある感染症の世界的な大流行を表す言葉です。

インフルエンザ・パンデミックと考えられる流行の記録は1800年代ころからありますが、パンデミックの発生が科学的に証明されているのは1900年ころからです。20世紀には、3回のパンデミックが起きたことがわかっています。1918-19年のスペインインフルエンザ、1957-58年のアジアインフルエンザ、1968-69年の香港インフルエンザです。20世紀以前にもパンデミックは、数十年に一度の割合で起きていたと考えられています。

 1918年のスペインインフルエンザのパンデミックは、被害の大きさできわだっています。WHOの報告によれば、感染者数は全世界で約5億人、死者は4000~5000万人と言われています。日本内務省の統計では、日本での感染者は約2300万人、死者が約38万人と報告されています。当時は抗生物質は発見されておらず、ワクチンなどは論外で、対策としては、患者の隔離、接触者の行動制限、個人衛生といったありきたりの方法に頼るしかありませんでした。


 1957年のアジアインフルエンザは、スペインインフルエンザの時よりも医学の進歩もあり、インフルエンザウイルスに関する知見は急速に進歩し、死者の数は全世界で約200万人と報告されています。また、1968年の香港インフルエンザは、アジアインフルエンザよりさらに軽症で、全世界での死者は約100万人でした。


過去のパンデミックは、1~2年かけて世界中に拡がっていますが、今回の新型コロナウィルスのパンデミックは、グローバリゼーションが進み、1~2か月で世界中にウイルスが拡がってしまいました。3月26日現在、コロナウィルスの感染者数は全世界で53万人、死者が2万4000人で、収束するまでには暫く時間がかかるでしょうから被害は今後さらに増えていくことでしょう。


しかし、過去一か月間、毎日の感染者と死者と回復した人の数を記録しながら気づいたことは、中国での感染者が過去3週間ほとんど増えておらず、回復した人が90%以上にのぼっていることです。それに比べて、この10日間で感染者が約20倍に急増したアメリカでは、回復した人がわずか1%以下です。しかしアメリカよりも前に感染者が急増したイランでは回復した人が36%、イタリアでは13%、スペインでは12%と時間が経つにつれて回復する人の割合が大幅に増えています。これを楽観的に見れば、そして中国からの報告が正しければ、アメリカでも数か月のうちに感染者数が横ばいになり、回復する人が大幅に増えていくかも知れません。


ところが、このパンデミックの収束にもっと時間がかかれば、その被害は単に膨大な数の感染者や死者が出る、というようなウイルスによる直接の被害だけにとどまりません。感染者で病院があふれることで、病院の機能が麻痺し、コロナウィルス以外の患者に十分な対応ができない事態も想定できます。さらに、パンデミックの影響は医療の現場だけでなく、社会全体に及ぶことになるでしょう。経済活動がストップし、電気・ガス・水道などのライフラインにも影響が及ぶかもしれません。さらに社会不安が増大し、治安に関わる警察機能も維持することが困難になり、その他、物流、公共交通、郵便、教育なども大きな影響を受ける可能性があります。

では、このような社会全体に大きな影響を与える可能性のあるパンデミックに対してどのような対策が可能でしょうか。いったんウイルスがある程度拡散してしまうと、ウイルスを封じ込めることは不可能だというのが専門家の意見です。したがって、パンデミック対策の目的は封じ込めではなく、いかにしてその被害を最小限に抑えるかということが中心になるとのことです。そのためには、政府や専門機関による対策とともに私たちに出来る個人的な対策(手洗いやマスクの使用など)を組み合わせ、いかにしてパンデミックによる被害を最小限に抑えるかということを考える必要があります。


しかし、今現在、世界が抱えている課題はコロナウィルスの問題だけではありません。東アフリカで発生した4000億匹のバッタの大群がインド、パキスタン、中国にもたらしている被害。OPECプラス会合の決裂による石油戦争の危機。世界中の地方銀行が迎えている銀行業務の危機。世界中の中央銀行のゼロ金利政策。また、大地震、洪水、火山爆発などの自然災害。そして、偽キリストの出現、快楽主義、モラルの逆転。


これらはすべて終末時代の「時のしるし」につながるものです。2010年頃から、急激に終末の「時のしるし」が顕著に見られるようになりました。そういう時代に生きる私たちクリスチャンにとって何よりも重要なことは、いつも目を覚まし、まず神の国と神の義を求めながら生きることです。そうすれば、たとえ世界がいつどんな事態を迎えようが、私たちには最終的な勝利があるのです。



今日の一言:まず神の国と神の義を求めなさい


鶴田健次


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2020.03.28 02:40 | 鶴田健次牧師より

#482-新型コロナウィルスの本当の怖さ_convert_20200321040335


新型コロナウィルスの本当の怖さ


 毎日、世界中がコロナウィルスの話題で持ちっきりです。このところ中国での感染は落ち着いたようで、しかも感染者の約88%が回復したと報告されています。しかし、欧米諸国では感染が急速に広がりつつあり、3月20日午前11時13分現在、世界での感染者数は265,495人、死者が11,147人です。


 また、イタリアでの感染者が中国(81,250人)に次ぐ47,021人で、死者が中国(3,253人)を上回る4,032人です。アメリカは、感染者の数ではスペイン、ドイツ、イランに次ぐ世界6位で16,018人、死者は210人になりました。


 今日現在、新型コロナウィルスの感染は164か国におよび、11,147人の尊い人命が奪われたことは確かに大きな問題であり、世界中の人々を恐怖に陥れ、至る所で外出禁止令が出されるまでになっていることは大変な事態です。また、アメリカのある専門家たちは、このコロナウィルスの感染がアメリカ人の40%に広がる可能性を示唆していますし、ヨーロッパのある国では国民の半数以上が感染する恐れがあると報じています。


 しかし、そういうことが言われながらも、中国での感染は、二週間前と比べてもほぼ横ばいですし、中国の次に感染が広がった韓国でも、感染の広がりは落ち着いています。これは明らかに上記の予想を裏付けるものではありません。いやむしろ、中国や韓国の実情をもとに考えれば、その国の半数近くが感染するというのは考えられません。


 また、確かに164か国で合計26万人が感染し、1万人以上が死亡したことは放っておけない重大事ですが、別の見方をすれば、インフルエンザの場合、アメリカだけで今シーズンの感染者は3000万人、死者は2万人にものぼるわけで、このほうが遥かに重大事のはずです。にも拘らず、マスコミはインフルエンザの被害をほとんど報道しません。そのために国民は予防接種をするくらいで、さほど心配することもなく生活しています。そして、「インフルエンザにはワクチンがあるから心配ない。しかし、コロナウィルスにはワクチンがないから心配だ」と言うのです。


ところが、ワクチンがあっても、毎年、アメリカだけで数千万人が感染し、数万人が死ぬインフルエンザを、なぜマスコミは問題にせず、死者205人のコロナウィルスばかりを問題にし、人々の恐怖心を煽るのでしょうか。その事で考えられる理由は、人々の受容と話題性の関係のように思われます。つまり、インフルエンザの場合はワクチンがあり、たとえ毎年これだけの死者を出しても、人々はインフルエンザとはそういうものだと受容してしまっているのでもはや騒がなくなり、その結果、話題性もなくなったということです。


マスコミにとって最も重要なものは視聴率です。たとえば今は、誰もがコロナウィルスのことしか頭にありません。したがってコロナウィルスに関するさまざまな新情報を発信しなければ、人々は他のチャンネルを見るのです。そうすればスポンサーが離れて行きます。だから、各テレビ局は必至でコロナウィルスの新情報を報道し、特に人々の関心を引くために危険な面を強調するので、人々の恐怖心が煽られるのです。それに加えて、外出禁止令が出されたりすると、人々は家に閉じこもり、その結果、世の中の経済はストップしてしまうことになります。もちろん、命を守るために感染には気をつけなければなりませんが、それがエスカレートすることで社会活動が止まり、経済活動がストップしてしまうことになれば、社会に混乱が生じ、思いもよらない事態に発展する可能性が出てきます。


昔のように、食べ物を作って、それを食べて、というシンプルな生活が中心だった時代と比べると、現代はすべてが分業化された時代で、あらゆるものがつながりを持ち、ひとつのものがストップすると他のさまざまな部分がストップし、それが続くと失業者が溢れ、強盗、略奪、殺人、自殺という混沌とした社会になっていく恐れがあります。アメリカ中の銃砲店では、コロナウィルスの影響で銃の売り上げが通常の倍になっているということです。


 つまり、経済を止めてしまうということは、人々を死に至らせる大きな危険性を秘めており、コロナウィルスの一番の怖さはそこにあると言えるかも知れません。別の言い方をすれば、コロナウィルスの怖さはその致死性ではなく、それによって人々の生活が破壊されることで別の形の死をもたらすということです。


 とすれば、これ以上ウィルスの感染を増やさない、これ以上ウィルスによる死者を出さない、ということだけに固執するのではなく、最も死者の多いイタリアでも6000万人の人口のうち死者は4032人、中国は14億人の人口のうち死者が3,253人、アメリカは3億3000万人の人口のうち死者が210人という数字を冷静に判断し、不適切な対処をして社会を混乱させ、その結果、多くの別の死者を出さないように気をつけるべきではないでしょうか。


今日の一言:マスコミに踊らされず冷静な判断をしよう


鶴田健次


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2020.03.21 04:06 | 鶴田健次牧師より

#481_convert_20200314032511


教皇フランシスの問題発言(2)


「それから、御使いは、御霊に感じた私を荒野に連れて行った。すると私は、ひとりの女が緋色の獣に乗っているのを見た。その獣は神をけがす名で満ちており、七つの頭と十本の角を持っていた。 この女は紫と緋の衣を着ていて、金と宝石と真珠とで身を飾り、憎むべきものや自分の不品行の汚れでいっぱいになった金の杯を手に持っていた。 その額には、意味の秘められた名が書かれていた。すなわち、『すべての淫婦と地の憎むべきものとの母、大バビロン』という名であった。 そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見たとき、非常に驚いた。」(黙示録17:3-6)


 黙示録によると、復興ローマ帝国である「獣」には、ひとりの女が乗っていると記されていますが、それが「大淫婦バビロン」と呼ばれる女です。淫婦が宗教組織を表わす一方で、獣は政治的勢力を象徴します。宗教が政治的勢力にまたがるというのは支配を意味し、終末時代のこの宗教組織は、政治的勢力を支配するということです。


大淫婦バビロンと呼ばれる宗教組織は、世界中の国々を偶像崇拝によって堕落させます。淫婦とは、みだらな女や多情な女のことで、に関して欲望のままに行動し、不特定多数の男性との間に情事を行なう女性のことです。つまり、この大淫婦バビロンは、真の神と契約を結びながら、人間が作った偽りの神々とも契約を結ぶ宗教組織だということです。


ここで言われている大淫婦バビロンが何を表しているかについては幾つかの説がありますが、もし現代を終末に近い時代であるとすれば、それはエキュメニカル運動によってもたらされようとしている世界統一宗教と見るのが最も自然です。


エキュメニカル運動とは、20世紀に起こった、プロテスタントを中心とするキリスト教の教会一致促進運動のことです。ところが20世紀の後半にカトリック教会が加わり、今ではカトリックが中心になって推し進める神概念の統一運動へと様変わりしています。


世界に目を向ければ、宗教は統一した方が平和のためになると多くの人が思うでしょう。イスラム世界ではキリスト教徒の腐敗がすべての悪の根源であるとされていますし、西欧諸国ではイスラム教原理主義者たちによるテロの危険が叫ばれています。日本でも怪しげな新興宗教の影響で、宗教は要注意という傾向にあります。そこでニューエイジ的な考え方、つまり全ての宗教は同じ神の別の表現であるとする考え方が支持され、宗教概念の統一が叫ばれるようになりました。それがまさに今日のエキュメニカル運動です。


以下のビデオは、教皇フランシスの聞き捨てならない問題発言です。




このような考え方は三位一体の神を唯一の神として信じるキリスト教信仰とは相反する考え方です。ローマ教皇フランシスは、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教などの諸宗教を一致させようとしています。真のキリスト教を否定し、誰でも安易に入れる新しい世界宗教を作り、その支配者になろうとしています。 


ローマ教皇ほど世界政治の舞台に登場し、活躍する宗教家は他にいません。バチカンがこの大淫婦バビロンである可能性は非常に高いと思います。平和的に見えるこのエキュメニカル運動も、裏を返せば、結局は誰も何も信じていないことの表明です。まさに今の時代に、ローマカトリック教会がそのようなムーブメントの先導をしているということは、「時のしるし」のひとつです。いつか現れる復興ローマ帝国を、最初に裏で支配するのはこの宗教組織です。 


  聖書の終末預言の立場から言えば、これらの宗教統合の動きはさらに加速して行きます。そして聖書に記されている、反キリストと呼ばれる人物が登場することになります。彼は宗教統一のムーブメントに乗じて世界的なリーダーとなります。しかしやがて彼は、この世界統一宗教をも否定して自分が神であると宣言するのです。
  

今日の一言:時のしるしを見逃すな


鶴田健次


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2020.03.14 03:24 | 鶴田健次牧師より

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他者中心の生き方


 人類に与えられた最高の贈り物である‘聖書’には、この世の数学と異なる‘神の数学’とも言うべき、人生に素晴らしい結果をもたらす原則が記されています。


 たとえば、私たちは愛されることを切望しながらも、思うように愛してもらえないという経験をします。人からの信頼を得たいと願いながら、信頼を得られなかったり、信頼を失うことさえあります。つまり何かを得ようと努力する反面、それを得られないばかりか反対に失うことすらあるのです。


 そういう現実の中で、聖書は、愛されることを求める代わりに愛することを、得ようと努める代わりに与えることを勧めながら、愛することが愛される道であり、与えることが得る方法であると教えています。つまり、自己中心ではなく他者中心の生き方こそ、私たちに良い結果をもたらすのだということです。


 自己中心の世界を晩餐のテーブルに例えるなら、それは世界中のご馳走が並べられた豪華な晩餐のテーブルの両側に座っている人々のようです。これだけのご馳走があれば楽しくて幸せな時を過ごせるはずですが、そんな雰囲気は全く感じられません。人々はみな一様に不満を持ち、怒りで一杯です。それもそのはず、人々は全員、左手にはフォーク、右手にはナイフをくくりつけられており、その柄の長さは一メートルもあるのです。これでは、どうやっても食べることができません。せっかく目の前に美味しいご馳走があるというのに、それを得られないのです。


 それに対して、他者中心の世界の晩餐も、ほとんど同じ光景です。同じご馳走が並べられ、晩餐のテーブルに着く人々は全員、一メートルの柄の付いたナイフとフォークを持っています。ところが、そこにいる彼らは笑い、歌い、とても楽しそうです。みんながご馳走を堪能し、満足しています。では、なぜこれほどまでに状況が似ているのに、こんなに違った結果が見られるのでしょうか。


 その理由は簡単です。自己中心の世界では、人々はみな目の前のご馳走をまず自分の口に入れようとしていました。一方、他者中心の世界では、人々は皆、長さ一メートルの柄の付いたナイフとフォークで、テーブルの向かい側に座っている人々に食べ物を与え、自分はそのお返しに、向かい側の人から食べさせてもらっていたのです。人を助けることで、自分自身も助けられ恵まれるということの例えです。


 相手が望むことを先にすれば、あなたが望むことも現実になります。しかし、あなたが望むことを優先するなら、あなたは自分が望むものを得られず、やがて行き詰まり、その基本姿勢を修正しなければならなくなります。この重要な原則を忘れないようにしましょう。


今日の一言: 受けるよりは与えるほうが幸いである


鶴田健次


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2020.03.07 03:37 | 鶴田健次牧師より
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