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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

462:息子を失った父親の息子に託した思い_convert_20191116035052


 今日は、息子を失った父親の息子に託した思いについて考えてみました。

 皆さんも一緒に考えてみてください。

 

 ある裕福な男性と彼の一人息子は、珍しい絵画の収集が趣味でした。ピカソからラファエルまで、彼らのコレクションは実に目を見張るものがありました。そして、二人はいつも一緒に座って、価値ある作品を眺めながら、その一つひとつの素晴らしさを語り合いました。


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 ベトナム戦争が始まり、息子は出征していきました。そして勇敢にも一人の兵士仲間を救い出そうとして犠牲になり、戦死してしまうのです。やがて父親にその知らせが届き、父親は一人息子の死を深く悲しみました。


 一ヶ月が過ぎた頃、ちょうどクリスマスの前の日に、玄関のドアをたたく音がありました。ドアを開けると、一人の青年が大きな包みを持って立っていました。その青年は言いました。「あなたは私のことをご存知ありませんが、私はあなたの息子さんが命を捧げて下さった兵士です。彼はあの日、多くの兵士の命を救いました。そして最後に、負傷した私を安全な場所に運んでくれているときに心臓に弾丸を受け、即死しました。彼はいつもあなたのことを話してくれました。あなたがどんなに芸術を愛しておられるかということを。


 青年は持っていた包みを差し出しました。「これは大したものではありません。私は偉大な画家ではありませんが、あなたの息子さんは、あなたがこれを持つことを望んでいると思います。」


 父親は包みを開けました。それはその青年が描いた息子の肖像画でした。彼は、その兵士が息子の個性を見事に捉えて描いた絵を畏敬の念をもってじっと見つめました。父親の目からは、涙が止め処なく溢れ出てきました。彼はその青年に感謝をすると、こう言いました。「いくらでも払うので、この絵を譲ってもらえませんか?」


 青年は答えました。 「そんな、とんでもありません。私は、あなたの息子さんが私にしてくれたことに何もお返しできません。これは私の心からの贈り物です。」


 父親は、その肖像画を暖炉の上に掛けました。そして、訪問客が彼の家を訪ねる度に、まずこの息子の肖像画を見せて、それから彼のコレクションを見せるようになりました。


 数ヶ月が経って、その男性は亡くなりました。そこで彼の遺言にしたがい、彼のすべての絵画が競売に掛けられることになりました。有力者たちが至る所から彼の家に集まり、数々の名画を見て、彼らのコレクションの一つに加える機会が訪れたことに興奮気味でした。いよいよ競売が始まり、まず最初に息子の肖像画が壇上に掲げられました。


 競売人は、小槌を打ち付けました。「では、まず、この息子の肖像画から始めます。誰が、この絵に値段をつけられますか?」


 会場は静まり返り、しばらくして、後ろのほうから大声で、「我々は、有名な名画を見たいんだ。この絵は飛ばしてくれ!」  しかし、競売人はその声を無視し、「この絵に値段をつける人は誰かいませんか? 誰が始めに値段をつけますか? 100ドル? 200ドル? 誰かいませんか?」


 すると今度は、少し怒ったように叫ぶ声がありました。「我々はゴッホやレンブラントを見に来たんだ。本当の競売を始めてくれ!」 しかし競売人は執拗に続けました。「息子! 息子! 誰がこの息子を持って行きますか?」


 すると会場の一番後ろから声がかかりました。それは長年その家で働いてきた庭師でした。「私がその絵に10ドルを払いましょう。」 貧しい男にとって、それが払える限度でした。そこで競売人は続けました。「10ドルの声が掛かりました。20ドルはいませんか?」


 すると、また会場から声がしました。「早くその絵を10ドルで彼にやって、我々は名画を見よう!」


 「入札金額は10ドルです。誰も20ドルはいませんか?」


 会場のあちこちから怒りの声が上がり始めました。彼らは息子の肖像画など欲しくありませんでした。彼らは自分たちのコレクションのためにもっと値打ちのある投資を望んでいました。


 そこで競売人は小槌を打ちつけました。「では、この息子は10ドルで落札です!」

 すると二列目に座っていた男性が叫びました。「さあ、名画のコレクションに移るとしよう!」


 ところが、競売人は小槌を置いて言いました。「残念ですが、これで競売を終わります。」


 「何だって、本命の名画はどうするんだ!」


 「まことに残念です。私がこの競売を執り行なう依頼を受けたとき、遺言に特別な条件が明記されていることを聞かされました。そして、その特別な条件は、この最後の時まで明かしてはならないことになっていました。その特別な条件とは、この息子の肖像画だけを競売に掛けること、そして誰であっても、この息子の肖像画を買った者が絵画を含むすべての地所を相続するというものでした。ですから、この息子を手に入れた者がすべてを得るのです。


 神は約2000年前に、十字架の上で死ぬために、そのひとり子を与えられました。まさに、この競売人のように、「息子、息子、誰がこの息子を持って行きますか?」というのが、今日、神があなたに語り掛けられているメッセージです。なぜなら、既にお解かりのように、その子を受け取る者はすべてを得るからです。


神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。(ヨハネ3:16)



今日の一言: 神の子を受け取る者はすべてを得る



鶴田健次


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2019.11.16 04:11 | 鶴田健次牧師より

461:決算の日_convert_20191109041546


「決算の日」


 今日は、聖書が教える決算の日について考えてみました。

 皆さんも一緒に考えてみてください。


 巨大なトウモロコシ畑に一匹のクモがいました。それは大きなクモで、トウモロコシの茎の間に綺麗なクモの巣を作りました。そのクモはクモの巣に引っかかるすべての虫を食べて大きく太っていました。彼(クモ)はその家(クモの巣)が大好きで、そこで残りの生涯を送ろうと思っていました。


 ある日、クモはそこで小さな虫を捕まえました。彼がその小さな虫を食べようとしたとき、虫が言いました。「もし逃がしてくれたら、君の命を救う大事なことを教えてあげるよ。」 クモは気になり、しばらく考えて、続きを聞きました。小さな虫は言いました。「君はこのトウモロコシ畑からすぐに出るべきだよ。もうじき収穫期が来るから。」


 クモは笑って言いました。「その収穫期とはいったい何のことを言ってるんだ。君はただの作り話をしてるんじゃないのか。」 そこで小さな虫は言いました。「違うよ。作り話じゃなく本当の話だよ。この畑の持ち主がもうじきトウモロコシを収穫しに来るんだよ。それがいつかは誰も知らないけど、必ずその時が来るよ。すべてのトウモロコシが倒され、トウモロコシが集められるんだ。もしここに居れば、君は巨大な機械で必ず殺されることになるよ。」


 クモは言いました。「僕は収穫やトウモロコシを倒してしまう巨大な機械のことなど信じないよ。」


 「この畑はトウモロコシを植えた持ち主のものだよ。だから、その持ち主は必ず収穫をしに来るんだよ。」


 クモは笑って言いました。「僕は君を信じない。」 そう言うと、そのクモは小さな虫を食べてしまいました。


 数日後、クモはあの小さな虫が言った話を思い出しながら笑っていました。彼は自分に言いました。「収穫だって?バカバカしい話だ。僕は今までずっとここで生きてきて、僕の生活を邪魔するものなど何もなかった。僕はこれらのトウモロコシがまだ数インチの高さしかないときからここにいるんだ。そして、これからも一生ここで暮らすんだ。この畑は何も変わらないさ。人生とは実にいいもんだ。」


 次の日、トウモロコシ畑は快晴でした。空はきれいで風もなく、素晴らしい日でした。午後になって、そのクモが昼寝をしようとしていた時、大きな土埃が彼のほうに向かって来るのに気づきました。また地響きと共に聞いたこともない大きな音が聞こえ、彼はつぶやきました。「いったいこれは何事だろう。」


 決算の日が近づいています。あなたはその準備ができていますか?


 「だから、目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。 このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう。だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。」(マタイ24:42-44)



今日の一言: 人生最大のテーマは決算の日の備えです



鶴田健次


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2019.11.09 04:16 | 鶴田健次牧師より

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 今日は、「人間はどのように生まれてきたのか」ということを考えてみました。


 人間は生まれたくて生まれた訳ではなく、自分で選んだのではない母親から生まれ、自分の意志からではなしにこの世に存在するようになったことは歴然たる事実です。そしてこの事実に対する説明は基本的には二つしかありません。


 一つ目は、「まったく偶然に、自然発生的に存在するようになった」とする進化論的立場です。つまり、地球ができて何十億年もの時間があれば、未だに誰も見た訳ではないけれど、自然発生的に生物ができた筈だとする立場です。そしてこの理論によれば、あなたの先祖は猿です。


 二つ目は「あなたは誰かによって造られた」とする創造論的立場です。そして、それは人間をはじめとして、生物の構造はあまりにも合目的的にデザインされており、このようなものはたとえ数十億年の時間があっても偶然に生まれる筈がないと考えます。そして、この造った存在は当然のことながら人間よりも遥かに優れた存在であり、これを「神」と呼びます。それによれば、あなたは猿の子孫などではなく、神が目的を持って造られた尊い存在です。


 ここでもし、数十年とか数百年、あるいは数千年で進化が起きたと言えば、誰も進化論など信じません。なぜなら、そんな短期間では何も起こらないことを経験的に誰もが知っているからです。つまり進化の過程を明らかな根拠もなく数十億年であるとするところに進化論のもっともらしさが生まれるのです。


 聖書では、目に見えない事実を認めることを「信仰」と言います。ですから猿から人間になる過程を見たこともないのに進化論を認めることは、一見、科学的装いをしてはいても、未だに何の証明もされてはいない訳ですから、それもまた「信仰」です。あなたは猿の子孫であることを望みますか?それとも聖書が証言する、神の愛による最高傑作であることを望みますか?


それからもうひとつ、神の存在に関して言えば、「神は存在しない」という見解と、「神は存在する」という二つの見解があります。そこで神無しの世界観に基づけば、あなたは偶然の産物であり、あなたには存在目的も意味もないことになります。なぜなら、偶然性の中には意味も目的も存在し得ないからです。


それに対して、神有りの世界観では、あなたは至高者なる神の最高傑作であり、あなたの存在には素晴らしい意味と目的があることになります。なぜなら、神の言葉である聖書がそう証言するからです。


 あなたは、どちらを望まれますか?


 意味も目的もなく偶然に生まれた猿の子孫として生きていくことですか?

それとも素晴らしい意味と目的をもって神に造られた尊い存在として生きていくことですか?



今日の一言: あなたは猿の子孫ではなく神に造られた尊い存在



鶴田健次  


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2019.11.02 01:22 | 鶴田健次牧師より
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