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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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『心を治める者は人生を治める』


私たちのすべての言動・行動は私たちの心に支配されています。ですから、もし私たちが自分の心を治めることができれば、私たちは人生を治めることができるのです。では、どのようにすれば心を治めることができるでしょうか?


 ①御言葉によって心を治める


御言葉を心の中にいつも満たしておけば、悪い思いが心に入って来れません。御言葉をなおざりにするなら、悪の誘惑に惑わされ、心が揺さぶられます。ヘブル4章12節に、「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができる」とありますが、御言葉は人の心を鋭く見抜くのです。ですから、御言葉によって心を守らなければなりません。御言葉で心を治めることができれば、人生を治めることができるのです。


かつてのイギリスの首相ウイリアム・グラッドストーンは、「私はこの時代に、世界的な人物95名を知っているが、その中で87名は聖書に従順な人である」と言いました。聖書の御言葉がいかに人の心を治めることができるかという証拠です。


 ②信仰によって心を治める


私たちの五感で心を治めようとすれば、心は揺れ動く海の波のようで、いつも変化が激しくなります。環境を見て心をそこに置くなら、環境は絶えず変化するので心も変化します。朝に変わり、昼に変わり、夜に変わるので、終始一貫した心を持つことができません。ですから、心はいつまでも変わらない信仰によって治めなければなりません。


 神様の御言葉を信じるのです。そうすれば、この世的には何の解決の手掛かりがなくても、心を治めることができます。イエス様は「信じる者には、どんなことでもできる」と言われました。信じれば、その信仰によって心を治め、その心が神様の御手を動かすのです。 


12年間、長血をわずらった女性が心の中でイエス様を信じ、イエス様の恵みを受けようと慕い求めるや否や、イエス様が彼女の家の前を通られ、イエス様の着物にさわり、長血が癒されたのです。彼女が癒されたのは、イエス様に対する信仰が与えられたからです。


私たちは環境が変わることを待つべきではありません。心が変われば環境が変わるのです。心に絶望があれば、どんな環境でも希望はありません。心に悲しみがあれば、どんな環境でも喜びはありません。まず心が変われば環境が変わるのです。信仰でしっかりと立てば環境が変わるのです。 


 ③夢によって心を治める


85歳になったアブラハムの心は揺さぶられ、心が真っ暗でした。なぜなら、まもなく死ぬであろうに、後継ぎの息子がいなかったからです。ところがある夜、神様はアブラハムを外に連れ出し、天を見上げて空にある星を数えなさいと言われました。そして「あなたの子孫はあの星のように多くなる」と仰ったのです。そこでアブラハムは心の中に夢を得たのです。体は85歳です。妻は75歳です。体が若くなったのではありません。夢を持ったのです。


 夢が心を治めると、体は以前と同じ85歳の年老いた体ですが、心が変わり、その夢を求めて生きるようになるのです。夢が心を変えたのです。あなたが十字架を見上げるならば、神様が下さる夢を見るようになります。そうすれば、心が変えられ、体も変えられ、環境も変えられてきます。これは本当に不思議な世界です。 心を治める者は人生を治めるのです。


今日の一言:油断せずに心を守ろう


鶴田健次


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2018.01.19 18:14 | お知らせ

後編・神の国へのジャーニー 



前編に引き続いて後編をご紹介します。 前編ではお母さんのミシェルさんとその娘さんでシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)という不治の病を持つジュリアナちゃんとの会話の内容などをご紹介しました。 前編はこちら


私事ですが、2018年の3月に娘が生まれます。 もし、自分の娘が同じような病気を持ち、または、違う病気を持っていると想像した時に、彼女の永遠の幸せを願って、聖書の中に出てくる本当の全知全能の神様にお祈りをする自分の姿が容易に想像できます。 ただし、忘れてはいけないのは、神様にも御自分の計画があり、それらを私の祈りよりも優先されるということです。


ここで、聖書の内容に戻って話をしていきます。 これから掲載する文章はあるウェブサイト(以下にリンクがあります。)の見解であり、それを一部抜粋して載せています。 また、これはクリスチャンの総意ではありませんし、このラスベガス教会の総意でもありません。 あくまで、一見解を紹介しているにすぎません。



キリストの死は、すべての人類にとって十分なものとして提示されました。Iヨハネ2:2には、イエスは「私たちの罪のための ― 私たちの罪のためだけでなく、世全体のための ― なだめの供え物です」 と書かれています。この節から、イエスの死がすべての罪、つまり信仰をもって主のもとに来た人たちだけでなく、それ以外の人の罪のためにも十分であることが明らかです。キリストの死がすべての罪のために十分であるという事実は、神がその支払いを信じる能力を持つことのできなかった人々のための支払いに当てられる可能性があることを示しています。

ほかのどの箇所にも増してこのことに同意すると見られる箇所は、IIサムエル12:21-23です。この箇所の物語は、ダビデ王がバテシェバと姦淫を犯し、その結果彼女は妊娠します。主は預言者ナタンを遣わして、ダビデの罪のために主は子どもを死によって取り去られると伝えさせます。ダビデはこれに子どものための嘆きと悲しみと祈りによって応答します。
しかし、一旦子どもが取り去られると、ダビデの嘆きは終わります。ダビデのしもべたちはこれを聞いて驚きます。彼らはダビデ王に言いました。「あなたのなさったこのことは、いったいどういうことですか。お子さまが生きておられる時は断食して泣かれたのに、お子さまがなくなられると、起き上がり、食事をなさるとは。」ダビデの答えはこうでした。「子どもがまだ生きている時に私が断食をして泣いたのは、もしかすると、主が私をあわれみ、子どもが生きるかもしれない、と思ったからだ。しかし今、子どもは死んでしまった。私はなぜ、断食をしなければならないのか。あの子をもう一度、呼び戻せるであろうか。私はあの子のところに行くだろうが、あの子は私のところに戻っては来ない。」
ダビデの答えは、信じることのできなかった者は、主にあって安全であることを暗示しています。ダビデは、自分は子どものところに行くことができるが、子どもを自分のところに連れ戻すことはできないと言いました。また、同様に大切なことは、ダビデがこのことに関して慰めを得ているように見えることです。言い換えれば、ダビデは子どもを連れ戻すことはできないが、自分が天国で子どもに会うだろうと言っているようです。

神がキリストの罪の贖いを、信じることのできなかった人に適用するということは可能ですが、聖書には神がそうされるとは特に言われてはいません。ですから、この問題について私たちは頑固になったり、独断的になったりするべきではありません。神がキリストの死を、信じることのできなかった人々に適応するというのは、神の愛とあわれみにかなっているように思われます。私たちの立場は、神がキリストの罪の贖いを小さな子どもたちや精神的な障害をもった人たちに適応されるというものです。
なぜなら、彼らは自分たちの罪深い状態や自分たちには救い主が必要であることを理解することができないからです。しかしまた、私たちは独断的になることはできません。ただ、次のことは確かです。神は、愛に満ち、聖く、あわれみ深く、正しく、そして慈悲深い方です。神のなさることは何でも、いつも正しく善なのです。



以上がそのウェブサイトの見解でした。 ダビデはどういう人物で、どういう信仰をもってそんな事を言ったのでしょうか? ダビデは死後の世界についてどう考えていたでしょうか?


この見解をご紹介する前にも説明したとおり、これはクリスチャンの総意ではないので、これが正しいかどうか自分もわかりません。 しかし、最後にありました「神は、愛に満ち、聖く、あわれみ深く、正しく、そして慈悲深い方です。神のなさることは何でも、いつも正しく善なのです。」という部分は私も同意するところです。

それでは、ジュリアナちゃんの場合はどうでしょうか? ジュリアナちゃんは若干5歳にして、病院で治療を続けるのではなく天国へ行きたいと決めました。 彼女の両親が夢物語を言って聞かせたから、彼女はそれを信じてしまったのでしょうか? 天国は本当にあるでしょうか? それとも無いでしょうか?

聖書はあると言います。 それも全知全能の神様によって創られたとあります。 その神様自身もまた、私が創ったと宣言しています。 ただし、天国に行くための方法は神様が聖書の中で示した方法でのみによってでしか行くことができません。 自分の努力や道徳的な価値観で天国に入ることもできません。 なぜなら、天国は神様の国で、神様の方法で神様の許可を得なければ入ることができないからです。


今日も世界のどこかで聖書の事を知らずに亡くなる方々、また聖書の事を信じずに亡くなる方々がいます。 老若男女を問わず。 その中には自分のこれから生まれてくる子供も含むかもしれません。 前編でご紹介したジュリアナちゃんとその両親のように、私は私の子供の父親として、娘の死を前にして何がしてあげられるのか、自分とジュリアナちゃんの両親とを重ねて考える機会になりました。


今回のブログ内容はクリスチャン、クリスチャンでない方へ疑問を投げかける形となりました。 また、自分にとっても、ジュリアナちゃんのことについて考える事になりました。 ジュリアナちゃんが本当に天国で神様と一緒にいられることをお祈りいたします。


アーメン (KM)



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参考


赤ん坊や小さな子どもたちが死んだらどうなるのですか?聖書のどの箇所で責任をとるべき年齢があると言っていますか?”, (n.d.). Retrieved January 14, 2018, from https://www.gotquestions.org/Japanese/Japanese-age-accountability.html

2018.01.18 15:00 | その他
前編・神の国へのジャーニー 

※こんにちは、KMです。 全2回でお送りする今回の私のブログは前編と後編にわかれています。
このブログを通して、聖書のことを少しでも知りたいと思っていただければ幸いです。

  みなさんはどれだけ真剣に「死」について考えたことがありますか? ある方はネガティブに生きたくないから考えたくない、またある方は、まだ若いから考えたくないとか、自分の体が健康だから考えたくないと思うかもしれません。 聖書によると、「死」は、創世記に出てくる最初の人間であるアダムとイブが神様の命令に背いた結果(罪)によって、この世の全人類にもたらされたものだと書かれています。 罪について、ローマ人への手紙3章23節に、「すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、」とあります。 

  さらに、死について、ローマ人への手紙6章23節にはこう書かれています。 「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」とあります。 3章の23節の「すべての人は〜」というのは、それが例え赤ちゃんであってもという意味です。 大抵は大人の常識で考えれば、赤ちゃんや幼い子供に物事の判断力はまだ無いから、その文章は間違いだとするでしょう。 しかし、本当に間違いだとしていいでしょうか?

  ここで、5歳のある女の子の話をしたいと思います。 その少女の名前はジュリアナ・スノー。 病院でなく天国を選んだ少女です。(以下の参考から抜粋) ジュリアナちゃんの両親はクリスチャンで(Huffingtonpost.com)、彼女のお母さんのミシェルさんは神経学者、お父さんのスティーブさんは空軍のパイロットです。 その二人の間に生まれたジュリアナちゃんでしたが、彼女は生まれつきシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)という不治の神経変性疾患を患っていました。

  この症状の主な特徴は、末梢神経障害による四肢遠位部優位の筋力低下や感覚低下などです。 現在の科学で認められた有効な治療法は今のところ確立されていません。 ジュリアナちゃんは2歳の時に、CMTと診断され、4歳になる頃には腕と脚が動かなくなり、さらには、飲み込む力も弱くなり、チューブで胃に栄養を送るようになりました。 そして、呼吸筋にも影響が出て、子ども病院に入退院を繰り返しました。(CNN.jp)

  そんな状況の中で、ジュリアナちゃんの両親は難病に苦しむ娘を目の当たりにし、娘の死を避けられないと知った両親は、自分達で病院でこのまま治療を続けるという決断をするのではなく、娘であるジュリアナちゃんの意思を尊重し、ジュリアナちゃん本人に自分の人生の最後の選択を任せました。 ジュリアナちゃんのお母さんは自身のブログでこう書き記しています。 「私たちは、何度も話しあってきましたし、大抵はジュリアナの方から話をしてきました。娘は死を恐れていましたが、死について理解していることを私に伝えてくれました。」 また、ミシェルさんはジュリアナちゃんと会話した内容もブログに載せています。 以下の文章はCNN.jpから抜粋しています。


ミシェル(以下 M ):  ジュリアナ、あなたの病気が今度悪化したら、また病院へ行きたい? それとも家にいたい?
ジュリアナ(以下 J):  病院はいや。
M :家にいたら天国に行くことになるとしても?
J:はい。
M :ママとパパがすぐには一緒に行けないのは分かるわね。一人で先に行くのよ。
J :心配しないで。私のことは神様が引き受けて下さるから。
M :もし病院へ行けば、具合が良くなってまた家に帰って、私たちともっと時間を過ごせるかもしれない。あなたがそれを理解していることを確認したいの。病院を選べば、それでママやパパと過ごす時間を延ばせるかもしれないのよ。
J:理解しているわ。
M:(泣きながら) ごめんなさい、ジュリアナ。ママが泣くのはきらいだよね。ただ、あなたと会えなくなるのはとても寂しくて。
J :大丈夫。神様が引き受けてくださるから。神様は私の心の中にいる。


  以上がミシェルさんとジュリアナちゃんが話した内容です。 こういう会話ができるこの子が特別なのでしょうか? 他の方からはこの両親の決断に対して、反対の意見もあったようです。 この文章を読んでおられる皆さんはどう思われますか?

  2016年6月14日にジュリアナちゃんは亡くなりました。 彼女の死後、お母さんのミシェルさんはブログにこう綴っています。 以下原文です。


Dear friends,
Our sweet Julianna went to heaven today. I am stunned and heartbroken, but also thankful. I feel like the luckiest mom in the world, for God somehow entrusted me with this glorious child, and we got almost six years together. I wanted more time, of course, and that’s where the sadness comes in. But she is free now.
応援してくださった方々へ
私たちのかわいいジュリアナが、きょう天国へ旅立ちました。私は呆然として悲しみに暮れています。でも同時に感謝にあふれ、世界一幸運な母親だと感じています。神様が私に子どもを授けてくださり、6年近く一緒に過ごせたのだから。もちろん、私はもっと時間が欲しかったし、悲しみが込み上げてきます。しかし、彼女は今、自由です。


  個人的な感想ですが、我が子が老いている自分よりも先に亡くなるというのは想像を絶する絶望だと思います。 我が身とスノー家の状況を置き直してみれば、自分たちの判断が最善なのかと悩んでしまうのがわかります。

  ここまでが、私の「前編・神の国へのジャーニー」です。 後編では、旧約聖書に出てくるダビデ王とバテシェバのストリーを交えてお話したいと思います。


(KM)

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参考
“シャルコー・マリー・トゥース病(指定難病10).” 難病情報センター | シャルコー・マリー・トゥース病(指定難病10), 難病情報センター, 18 Dec. 2014,
www.nanbyou.or.jp/entry/3773.

「病院でなく天国へ」 5歳の少女が選んだ最期, 2016.06.20 Mon posted at 17:14 JST
https://www.cnn.co.jp/usa/35084364.html

“Heaven over hospital: 5-year-old Julianna Snow dies on her terms”,
Updated 7:10 PM ET, Mon June 20, 2016
http://www.cnn.com/2016/06/14/health/julianna-snow-heaven-over-hospital-death/index.html

“「延命か、死か」難病の子供に決めさせるのは正しいのか?”  更新 2015年10月30日 17時43分 JST
http://www.huffingtonpost.jp/2015/10/29/heaven-or-hospital_n_8414686.html

‘Heaven Or Hospital?’ Parents Allow Child To Make End-Of-Life Choice “For her, there is no light at the end of the tunnel. She doesn’t have a long time to live.”

https://www.huffingtonpost.com/entry/juliana-snow-heaven-hospital_us_563049a0e4b0c66bae5a2989

2018.01.16 15:01 | その他

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"人を幸福にする言葉"

 

 脳科学者たちの研究報告によれば、人間の脳細胞の数は、大脳皮質の神経細胞が140億個、小脳皮質の神経細胞が1000億個あるそうですが、この脳細胞の中の98%が言葉の影響を受けているとのことです。


 そこから、この「脳の中にある言語中枢神経が全ての神経系を治めている」という学説を土台として「言語治療法」が開発されたわけです。つまり、見ること、聞くこと、感じること、嬉しいこと、悲しいこと、そのような全ての神経が言語中枢神経に大きく影響されているのです。


ところが聖書は、昔から既に、言語中枢神経が私たちの生活の中で絶対的な影響力を持っていることを示唆しています。それで、今になってようやく、脳科学者たちがその事実を証明しているというわけです。


たとえば、旧約聖書の箴言4:23には、「油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである」とあります。これは言い換えれば、語る言葉を力の限りに注意して、あなたの心を守れということです。


ですから、どんな言葉を語るかによって、その人のあらゆる神経系に影響をもたらし、その人の考え、行動を支配し、人生を支配するのです。私はできないと言い続ければ、中枢神経ができないと言うわけですから、そのように生きるしかなく、私はできると言い続ければ、中枢神経ができると言うわけですから、そのように生きるのです。


また言葉は、生き方だけではなく、体にも影響を与えるので、言語治療では、患者に「病気が治った」という肯定的なことを語り、患者がこの言葉を聞いて、体がその言葉の方向に向かうそうです。


実際にウィスコンシン州のある病院では、治療が不可能な癌患者にこの言語治療を施し、絶えず、「私はすっかり癒された。私は全て良くなった」と言わせることによって、末期患者の癌が完治する例がいくつもあるそうです。


 言葉は私たちの考えを人に伝える手段ですが、そればかりではなく、言葉は私たちの心と体を支配するほど大きな影響力を持つのです。


 ①感謝の言葉は人を幸福にする


感謝の言葉を口にすると、言われる方の人だけでなく、言う方の人の心も幸せになります。ですから聖書は、敢えて、すべての事について感謝することを、神が私たちに望んでおられるのだと言っているのです。


私たちは、まず神様に感謝しなければなりません。また、信仰によって与えられた霊的祝福を感謝しなければなりません。神様は、私たちにその霊的祝福をもたらすために、御子イエス・キリストの命を犠牲にされたのです。 


 ②賛美と賞賛の言葉は人を幸福にする 


感謝の心があれば、私たちの口から、賛美と賞賛の言葉が出てきます。賛美は神様に対して、賞賛は人に対しての言葉です。まず、神様に対する賛美は、私たちを幸福にします。賛美というのは神様を崇め、褒めたたえることです。私たちは、祈る時も神様を賛美します。主よ、私のために十字架で血を流して下さったその恵みを賛美します、と祈ります。


賛美すれば、その賛美の中に神様が来て下さいます。詩篇22:3に「あなたは、イスラエルの賛美を住まいとしておられます」とあるとおり、神様は賛美の中に住まわれるのです。ですから、私たちが神様を賛美をすれば、神様がそこに来られて私たちを助けて下さり、私たちを高めて下さるのです。 


 ③祝福の言葉は人を幸福にする 


ユダヤ民族の素晴らしい特徴の一つは、人々を祝福することだと言われます。彼らは幼い時から、出会う人々を祝福するという習慣を身につけます。だからこそユダヤ民族は世界的な民族になったのかも知れません。


聖書の神様は祝福の神様です。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である神様は、彼らを豊かに祝福された祝福の神様です。ですから、神様を信じる者は人々を祝福する者であるべきです。


また私たちは、自分自身を幸せにする言葉を絶えず語るべきです。感謝します、賛美します、祝福します、という言葉をいつも口にすることが大切です。そうすれば、私たちと神様との関係が変わり、私たちと人との関係が変わり、私たちと世の中との関係が変わるのです。



今日の一言:人を幸福にする言葉を語ろう


鶴田健次


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2018.01.12 22:40 | 鶴田健次牧師より

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先日NHKスペシャルで、「人体・神秘の巨大ネットワーク3骨が出す!最高の若返り物」という番組を見ました。骨が体の中でどのような役割をしているのか、また、新しく研究・発見された様々な情報や働きなどと共に、毎日私たちの体の中で起きている骨の神秘的な機能などをわかりやすく解説しているのを見て、驚きを禁じ得ませんでした。

今回は、体内で日常的に行われている驚異的な骨の働きについて触れたいと思います。

 

骨といえば、昔、学校の理科室にあった骨の模型を思い出し、骨はカルシウムでできていて体を支えたり内臓を保護したりしているもの、と思っていました。

ですが今日、骨には多くの役割があることがわかってきました。しかも、その一つ一つが体の健康に欠かすこととのできない非常に大切な働きを担っていたのでした。

 

骨の中にはたくさんの細胞があり、その細胞(骨芽細胞)が特別な物質をメッセージとして脳や各臓器や、更には全身へと、体中に張り巡らされた血管ネットワークを通して送っていることが、最近の研究でわかってきました。その物質が脳に届けられ、記憶をつかさどる海馬に到達しスイッチが入れられると、脳の記憶力がアップします。また、免疫細胞の元になる細胞に届くと、生まれてくる免疫細胞の量が増え免疫力がアップするのだそうです。さらに、メッセージ物質が筋肉に行くと、筋肉のエネルギー効率を高める働きをするそうです。

 

つまり骨は若さや健康を司る大切な臓器だという事ができます。

しかし逆に、その物質が途絶えれば、記憶力低下、免疫力低下、筋力低下などが起こります。これは老化現象なのだそうです。ですが、老齢に達した人だけではなく、運動不足や長時間動かずにいる人にも、その老化現象は見られます。

 

骨は、体内の骨の量を骨細胞がコントロールしていてます。そのため、骨を作るアクセル役と、骨を作るのをやめたり壊したりするブレーキ役があり、それらでバランスを保っています。なぜそうするのかといえば、毎日歩いたり走ったりという負荷が骨にかかり、その為の疲労骨折を防ぐために常に新しいものに変える必要がある、という事なのです。

 

骨を強くするには活動的に動き骨に刺激や負荷をかける、という事がカギになります。そうすることで、骨芽細胞からメッセージ物質がたくさん出て、体を若く健康に保つことができる、という事がわかりました。

 

骨がこのような働きと機能を持っていることを今回知りましたが、人体の不思議な驚異はそれだけに留まらず、言ってみれば人の体全体が驚愕するほどの精密さと素晴らしいハーモニーをもって作られている、ということは確かです。そのメカニズムを人が全て解明することは不可能かもしれません。

人は、創造主なる神が作られたこの体と命を、どのようにして生涯健康に全うできるのでしょうか。それは私たち人間に課せられた課題なのでしょう。

 

コリント第一6:19-20にはこのようにあります。

あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。 あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。

 

神は全てを完璧に創られており、ミスは一つもありません。ですから、この御言葉が示す通り、この体をもって神の栄光を表す、そのために与えられた体だと思います。アーメン

 

(MU)

 

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2018.01.10 14:39 | その他

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