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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、” 金メダルよりも素晴らしい銀メダル”ということを考えてみました。

今回のリオ・オリンピックは、ロシア選手団の一部がドーピング(薬物使用)の問題で出場禁止になりましたが、このドーピング問題はロシア政府自身が認めていることなのでそれ自体は事実であるとしても、ある筋によれば、この問題がこのタイミングで明るみに出された背後にはスポーツマン精神に反する思惑があったということです。

近代オリンピックの父クーベルタンは、オリンピックは”参加することに意義がある”と言いましたが、確かにオリンピックは参加できるだけでも素晴らしいことであり名誉なことだと思います。それぞれの競技において、その国で一番強く、一番早く、一番優れた人が国の代表に選ばれるわけですから、選ばれた人の喜びはひとしおでありましょう。ましてや、金メダルを手に入れて世界一になれば、それはそれは至福の境地に浸れるに違いありません。

しかし、そういう中で、金メダルよりも素晴らしい銀メダル、最下位のゴールの中に見出される価値、メダルのない真のメダリスト、そういう価値観の逆転ということを考えさせられるのもオリンピックの素晴らしさではないでしょうか。

私は今回、男子体操で話題になったウクライナのオレグ・ベルニャエフ選手に興味を持ち、彼について少し調べてみました。彼の祖国ウクライナは、内戦寸前の情勢にあり、さまざまな意味でオリンピックを目指すスポーツ選手にとって劣悪な環境です。運動施設もボロボロで、体操器具も十分に整っていません。これほどまでの選手でありながら、国から出る給料はわずか月に100ドルほど。そのために自分で活動資金を稼がなくてはならないという気の毒な状況なのです。

オリンピックがコマーシャル化した現在、世界でもトップクラスの実力者であるオレグ・ベルニャエフには国籍を変えてオリンピックに出場しないかという他国から好条件のオファーがいくつもあったそうです。ところが、オレグ・ベルニャエフはそのオファーを断わり、ウクライナ代表として出場しました。その理由はウクライナには家族や友人がいるからです。生まれ故郷のドネツクは戦地になってしまい祖父母とは二年半も会えていないそうで、そのような状況で祖国ウクライナから離れるわけにはいかないのでしょう。そこに自分の名誉を第一に考えていないオレグ・ベルニャエフの姿を見ます。

そして、今回のリオ・オリンピック男子体操個人総合で内村航平選手が金メダルを獲得してオリンピック2連覇を達成しましたが、その内村を最後まで追い詰めたのがオレグ・ベルニャエフ選手でした。

個人総合の決勝は、5種目目を終えたところで、オレグ・ベルニヤエフが内村に0.901の差をつけて首位をキープしていました。最終種目は内村の得意の鉄棒、ベルニャエフは比較的苦手な種目でした。しかし、それでも彼の実力を考えれば、内村にとって0.901は逆転するには不可能な点差でした。

しかし、ここで奇蹟が起るのです。内村は、4つの離れ技をハイレベルの内容で成功させ、着地も完璧に決めて15.800点を出し、合計92.365点で最終演技者のベルニャエフにプレッシャーをかけました。ベルニヤエフは、14.899点を出せば逃げ切って金メダルです。前の団体予選では15.133点を出している彼には十分に出し得る得点です。しかし、電光掲示板に出た得点は14.800点。この瞬間に、内村の個人総合2連覇が決まりました。ベルニャエフとの差はわずか0.099点でした。

表彰後の記者会見では、こんなやり取りがありました。世界大会8連覇の内村に対し、海外メディアから「あなたは審判に好かれているんじゃないですか?」という意地悪な質問が飛んだとき、内村は「どんな選手も公平にジャッジされている」と受け流しましたが、ベルニャエフは別の質問を受けていたにもかかわらず、このように言い放ったのです。

「審判も個人のフィーリングは持っているだろうが、スコアに対してはフェアで神聖なもの。航平さんはキャリアの中でいつも高い得点をとっている。それは無駄な質問だ。」

「航平さんを一生懸命追っているが簡単じゃない。この伝説の人と一緒に競い合えていることが嬉しい。世界で1番クールな人間だよ。」

ほぼ金メダルを確信していたに違いないベルニャエフにとって、また貧しい国と環境の中で死に物狂いで練習に励んできたベルニャエフにとって、最後での逆転負けは、しかも0.099点という僅差で金メダルを逃すというのは、どんなに悔しいことであったことでしょう。そういう中で、彼はこのような態度を取り、このような言葉を口にしたのです。

この事がメディアを通じて報じられると、多くの人たちが感動を覚えました。それはきっと、すぐに嫉妬の念に捕らわれやすい私たちが、本能的にはベルニャエフ選手のようでありたいと思っているからなのかも知れません。

聖書の中に、こんな言葉があります。

「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。」(ピリピ2:3、4

私たちの内には、自分で自分を高くしようという思いがあります。しかし普遍的な真理は、ルカ18:14にあるように、「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる」ということだということをベルニャエフ選手を通して改めて教えられました。。


今日の一言: 人の徳を高める言葉と行動を心がけよう


鶴田健次

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2016.08.19 11:36 | 牧師室より
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9日目の午前中はオリーブ山を散策しました。この写真は、オリーブ山から神殿の丘と旧市街を見たエルサレムの代表的な景色です。

下の写真はオリーブ山に広がる広大な墓地。エルサレムの東の城壁に面して、想像を絶する数のユダヤ人の墓があります。全て神殿の方向を向いているそうです。ユダヤ教ではメシヤ(救世主)が地上に現れた時、死者が復活すると言われています。メシヤが来られると、今は閉ざされている黄金門が開き、そこから第三神殿が建っている(であろう)城内へ入城する、といいます。新約聖書にも、第Ⅰテサロニケ4:16~17に一部書かれています。
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話は変わって2000年前、イエス様がロバの子に乗ってエルサレムに入城する少し前の場面で、イエス様と弟子たちは、オリーブ山まで来た時、冒頭の写真のような光景を見ました。当時は、現在の岩のドームの場所に第二神殿が建っていて、弟子たちは神殿や都を見て喜んだのですが、イエス様はそれを見て「泣いた」と聖書に書いてあります。(ルカ19:41-44)その時のイエス様は、目の前の美しい光景に重ねて、この先起こるであろう壊滅的な惨事と、凄惨な状況をご覧になっていたのでしょう。事実、紀元70年、神殿はローマ軍によって跡形もないほど徹底的に破壊されました。(ルカ19:41~44)
こちら(下)がその時のイエス様の涙を形にした、「主の涙の教会・Dominus Flevit Church」です。
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主の涙の教会から坂道を下って行く途中で、神殿の丘をバックに集合写真を撮りました。
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次は、この坂道を下り、オリーブ山の麓辺りにある「ゲッセマネの園・Gethsemane」に行きました。
ここはイエス様のいつもの祈り場ですが、最後の晩餐の後も、イエス様はここで祈られました。そして、イスカリオテのユダに裏切られ捕らえられた場所です。

ゲッセマネにあるオリーブの木は、イエス様時代からある木が何本もあるそうです。
オリーブの木の特徴は、根元から新しい芽がどんどん出て来て、元木の幹とくっ付いて太くなり、中は空洞になるようです。
ゲッセマネの一角に凄い人ごみができ、1本の太い幹のオリーブの木を見ていました。この木は特別なのでしょうか・・・
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ゲッセマネの園の片隅に、血の汗を流すほどの苦悩の祈りをされたイエス様の像がひっそりとありました。
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すぐ隣はカソリックの「万国民教会・Church of All Nations」が建っていて、イエス様が祈られた岩が祭壇の前に大きく四角に囲まれてありました。
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万国民教会の出口に立つと、ちょうど正面に黄金門が見えます。将来オリーブ山に再臨される主が入城される黄金門。万国民教会の横の庭に集まっている皆さんの後ろにも黄金門が見えます。(黄金門のある東の城壁に沿って墓がありますが、それはユダヤ人の墓ではなくアラブ人の墓です)
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さて、次はバスで「園の墓・The Garden Tomb」へ移動しました。位置は、北城壁ダマスカス門から北へ400m位の距離です。
園の墓はプロテスタントの英国国教会が管理している、ゴルゴダの丘とイエスの墓があるとされる施設です。古代の石切り場の崖の一部がドクロ(ゴルゴダ)のように見えることから発掘調査をしたところ、聖書との整合性が数多く認められたといいます。
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聖書ヨハネの福音書19-14に、「イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだ誰も葬られたことのない新しい墓があった。」とあります。
更に、聖書で記されている特徴を認めることができるそうです。その特徴は、天然の洞窟ではなく、硬い岩を掘って造られていること。墓の入り口に大きい石を転がして封印できること(同墓は、石を転がすための溝が掘ってあった)。数人の哀悼者が墓の内部に入ることができる事、これらの条件を満たしているとされます。
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園の墓は、古代の石切り場の一部で、ユダヤ人による石打ち刑、またローマ人による磔刑の場所として使われていたそうです。
同園には、約百万リットルを誇る貯水池があり、イエス様時代のオリーブ園、果樹園、ブドウ園などの労働園だった証拠を示しているのだそうです。1924年には、良好な保存状態のぶどう酒を作る酒舟が発掘され、ここがブドウ園であったことを示唆しているということです。下のひょうたん型にぶどうを入れ、足で踏んでぶどう汁を窪みに集めます。
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園の墓はとても美しく手入れが行き届いたところです。花や木々の間に礼拝ができる涼しい場所が各所に設けられ、そこで田辺先生が聖餐式を行ってくださいました。ぶどう酒の器は、オリーブの木で作られた杯でした。
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イエス様が十字架にかけられた場所と葬られた墓は、ここ「園の墓」と「聖墳墓教会」の2箇所の説がありますが、イエス様以降、2度に渡ってエルサレムの壊滅的崩壊を経験した地は、断定できる確固たる物理的証拠は既に消されています。そして、それを許されたのは主ご自身です。そのように考えるなら、そこから導きだされるものは、実際に起こった場所が大事なのではなく、主自ら進んで十字架にかかり、私たち人類に罪の赦しが与えられたという神の大いなるご愛とご計画にあったことを思います。

さてさて、ランチタイムとなりました。この日のランチは「園の墓」にも近い、「ノートルダムセンター・Notre Dame of Jerusalem Center」のレストランへ行きました。ここはキリスト教徒のために建てられたホテルで、礼拝堂もあります。ですが、キリスト教徒でなくても泊まれます。旧市街は目と鼻の先、新市街もすぐ近く、各地に向かうバスターミナルも近所にあるという便利なロケーションに建っていました。
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次週8/24の更新は、イスラエル博物館を予定しています。

(Mi)   


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2016.08.17 11:55 | イスラエル聖地旅行
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最近、2組のご高齢ご夫妻の死についての記事を読みました。
1組目は、テキサス州サンアントニオにお住まいだったご夫婦です。共に78歳で今年の6月に58回目の結婚記念日を迎えられていたそうです。お二人とも認知症を患っていらっしゃったようですが、旦那様が脳卒中に襲われ、自宅でご家族に見守られながら息を引き取られたそうです。そして、その数時間後、続いて奥様も息を引き取られたそうです。お二人は、隣り合わせのベッドの上で手を握り合って地上の人生を終えられたとのことです。

もう1組は、サウスダコタ州プラッティにお住いだったご夫婦です。86歳の旦那様と87歳の奥様は、63年間生活を共にしてこられました。奥様は、アルツハイマーを患っていらっしゃったため、老人ホームに入居されていたので、旦那様は前立腺癌で闘病中だったにも関わらず、毎日奥様を見舞っていらっしゃったそうです。7月31日 老人ホームの居室で、ご家族が聖書を朗読する中、奥様が昇天され。その後、「お母さんが天国に行ったよ。もうこれ以上頑張らなくてもいい、もしそう望むならお母さんの所へ行ってもいいから」と息子さんから声をかけられた旦那様は、約20分後に続いて昇天されたとのことです。

それぞれのご夫婦は、60年前後の長期に渡る結婚生活、80年前後のこの世の生涯を終えられました。
旦那様の後に息を引き取られた奥様、奥様を最後まで守り続けられた旦那様。
「夫と妻」そして「イエス様と自分」の関係を、キリストにあって、このご夫婦の様に終えることができたら、なんと幸いであろうと思いました。


エペソ人5章21-33
キリストを恐れ尊んで、互いに従いなさい。
妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。
なぜなら、キリストは教会のかしらであって、ご自身がそのからだの救い主であられるように、夫は妻のかしらであるからです。
教会がキリストに従うように、妻も、すべてのことにおいて、夫に従うべきです。
夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。
キリストがそうされたのは、みことばにより、水の洗いをもって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、
ご自身で、しみや、しわや、そのようなものの何一つない、きよく傷のないものとなった栄光の教会を、ご自分の前に立たせるためです。
そのように、夫も自分の妻を自分のからだのように愛さなければなりません。自分の妻を愛する者は自分を愛しているのです。
だれも自分の身を憎んだ者はいません。かえって、これを養い育てます。それはキリストが教会をそうされたのと同じです。
私たちはキリストのからだの部分だからです。
「それゆえ、人はその父と母を離れ、妻と結ばれ、ふたりは一心同体となる。」
この奥義は偉大です。私は、キリストと教会とをさして言っているのです。
それはそうとして、あなたがたも、おのおの自分の妻を自分と同様に愛しなさい。妻もまた自分の夫を敬いなさい。

(KS)


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2016.08.15 11:21 | その他
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今日は、“責任感”ということを考えてみました。

皆さんは、“責任感”という言葉を聞くと、どんな気持ちになりますか。世の中には、“責任感”という言葉を肯定的な気持ちと結びつける人と、否定的な気持ちと結びつける人がいます。また、考える事柄によっては、責任感を感じやすい場合と感じにくい場合とがあります。

私たちは普通、自分にとって絶対に出来ないと思っている事柄に対しては、何の責任感も感じません。たとえば野球のピッチャーが、「どうしてあなたはホームランを30本打てないの?」と責められても平気でいられるのは、そんなことできる筈がないと思っているからです。ところが、ホームランバッターと呼ばれる人たちの中では、この同じ問いかけが非常に気になるのです。

そう考えれば、いろんな事に責任感を感じる人というのは、「自分にはいろんな事が出来る筈だ」というふうに、自分の可能性を心の中で感じているからかも知れません。

また例えば、ある分野に対して責任感を強く感じるということがあるとしたら、その人は、その分野に関しての才能があるということで、その分野において努力をすれば、どんどん自分を伸ばしていけるということにならないでしょうか。

一流のスポーツ選手が激しい練習を重ね、自分を限界まで追い詰め、とことんまで挑戦することができるのは、自分を信じ、自分の才能を信じているからです。つまり、健全な責任感というのは、「私にはこれが出来る」という信念のもとに湧き上がる気持ちだと言えるかも知れません。

あなたは責任感のある人ですか?

「この件に関しては、私が責任を持って引き受けます」という勇敢さがありますか?

それとも、何かあるとすぐ他人のせいにしていませんか?



遅刻をしたのは子供がグズグズしていたせい

仕事がないのは不景気のせい

苦労が多いのは夫(妻)のせい



このように、思い通りにならないことがあると、それをすぐ周りの人のせいにしていませんか? そうやって、いつも周りに責任を転嫁するクセが身につけば、あなたの人生は間違いなく周りに支配される人生になってしまいます。周りのせいにするということは、自分に責任を持たないことなので、そこには成長もなければ、発展もありません。大切なことは、“責任感”を持つということです。



もしあなたが、「すべての事は私の責任だ」と言うことができれば、それはとても素晴らしいことであり、頼もしいことであり、あなたの将来は可能性に満ちています。なぜなら、物事を自分の責任として受け止めるとき、人は大きく成長するからです。



すべての出来事には原因があり、すべての結果には原因があります。したがって、自分の責任を認めたとき、あなたは結果のための原因を作り出すことができるのです。

自分の人生を作ってきたのは自分です。なぜなら、あなたの人生はあなたの選択の結果だからです。だからこそ、これからの自分と自分の将来を作り上げるのも自分の責任なのです。そして、この大切な原理を認めたとき、自分の人生は自分が自由に決められるものであるという信念のもとに輝かしい未来が広がるのです。


今日の一言: 私に関わる事はすべて私の責任


鶴田健次

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2016.08.12 11:15 | 牧師室より
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次に向かったところは「The Temple Institute・神殿研究所」です。旧市街のユダヤ人地区にあります。
神殿研究所は、神殿の丘に聖なる第三神殿を再建することを目的としています。そのための研究や準備をしている団体です。(別名、神殿再建財団)

神殿研究所のディレクターであるラビのハイム・リッチマン氏はこのように語っています。「メシア思想とソロモン第三神殿の再建は、ユダヤ教で最も大事なことです。その再建はモリヤの山でなければなりません。これは神が定めたことであり、預言されたことですから、人間の考えによって変えることはできません。しかし、現在そこには岩のドームがあります。第三神殿再建のために我々は、暴力によって神殿を築こうとは思っていません。ただ、今準備できることをしているのです。」

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ユダヤ人にとっての「神殿再建」とは、過去の歴史に二度存在したソロモン神殿のことです。
第三神殿(ソロモン神殿)の再建予想図は出来上がっています。それは旧約聖書やタルムードや聖書考古学などの正確な情報を入力し、コンピュータ・グラフィックを使って細部にわたって作り上げました。
また、来るべき日に用いられる祭司の服や神具なども忠実に製作し、すべて出来上がっています。
下の写真はメノラー(燭台)です。純金製で42キロあるそうです。 

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神殿に仕える祭司のための「祭司養成所」が設立され、レビ人の子孫約200人の生徒が学びました。そのうち、大祭司となるのは代々アロン家の血筋とされており、生徒の内15人が純粋なアロン家の子孫だということです。訓練は終わり、祭司、大祭司の準備も既に整いました。
また、民数紀19章1-10節にあるように、神殿の落成式に必要な「赤い雌牛」も備えられ、その灰も用意されています。

ラビ、ハイム・リッチマン氏は、「トーラーは、第三神殿建設を人類全体と神との霊的な和解を媒介するものとみなしています。現在、私達は第三神殿の時代に入っています。この時代はイザヤ書の中で、人類史上比類ない時代、神と和解しひとつになる時代です。多くの人が、平和を望んでいます。ならば、神が約束した唯一のチャンスを試してみてはどうでしょうか。預言者ハガイによると、神はこの場所に平和を築くと言いました。神殿が建つ時、それはユダヤ人だけのものではありません。」と語っています。

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私達は神殿研究所を出た後、「西壁(嘆きの壁、Western Wall)」に向かいました。

モリヤの山である神殿の丘にBC 950年頃、ソロモン王は神殿を建設しました。BC 586年、エルサレム陥落と共にバビロンのネブカデネザルにより神殿が破壊され、BC 516年にバビロン捕囚から帰還したユダヤ人が第二神殿を再建しました。BC 20年にヘロデ大王が神殿を改修・拡張しました。これも第二神殿と呼ばれています。AD 70年、ローマ軍により神殿は再び破壊され焼き払われました。部分的に残った石垣が現在の西壁・嘆きの壁です。

西壁は、ブロック石の大きさが三段に分かれているのがご覧いただけますでしょうか。下部の大きいブロック石はヘロデ時代のものです。中間部分のブロックは正方形っぽい形が多く、ビザンチン時代の石垣です。上部の小さいブロック石はムスリム時代のものだそうです。地下には更に17段が埋もれています。
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石壁の間に見える草はヒソプという植物で、花と葉に芳香があり、副食物や薬用にも使用されます。また、茎を束ねて清めの儀式に用いたりもします。
十字架上のイエスに、ローマ兵が酸いぶどう酒を海綿に含ませて口元に差し出した時に用いたのが、束ねたヒソプでした。
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現在の西壁の高さは約19m、全長約60m、男女別に仕切られており、女性の祈祷所の方は狭かったです。
西壁は以前から行きたいと思っていて、実際に西壁と間近で対面した時には、少なからず感動しました。あのヘロデ式の石灰岩エルサレム・ストーンの壁に手を置き頬をつけ目をつぶると、石に吸い込まれるような感覚がとても心地良くて、忘れることができません。主に感謝の祈りをし、イスラエルの祝福とユダヤ人の救い、そして、これから起ころうとしている来るべき日のことなど、心に思い浮かんだあれこれを祈りました。最後に家族の救いを書いた紙片を石の間に挟んで、離れ難い思いで集合場所に戻りました。 

これで8日目の予定が終わりました。バスでホテルに戻り、今日の出来事などをおしゃべりしながら皆で楽しい夕食のひと時を過ごしました。

次週8/17は、オリーブ山と園の墓を予定しています。

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2016.08.10 12:04 | イスラエル聖地旅行

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

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