FC2ブログ

LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

d0009581_542225.jpg
       (作品:悲しみの意味)

群馬県みどり市に「富弘美術館」があります。美術館の目の前には草木湖と美しい山並みが広がっています。この美術館は1991年に開館されましたが、すでに600万人以上の訪問が記録されています。この詩画が手ではなく、口に筆をくわえて創作された物である事がより多くの方の心を動かしているのではないでしょうか。

DSC05558.jpg
            (美しい自然に囲まれている富弘美術館)

星野さんは1946年に群馬県勢多郡東村に生まれ、野山をかけ回るような少年時代を過ごし、学生時代は山の美しさに魅せられ登山に熱中する日々を送りました。大学卒業後、中学校の教論になりますが、わずか2ヶ月後、クラブ活動の指導中に頸髄を損傷し、手足の自由を失ってしまいます。

事故という一瞬の出来事から、絶望の淵に突き落とされ、つらい闘病生活を強いられる日々が始まります。深淵から星野さんを救ったのは、母の献身的な介護であり、憶えていたいくつかの詩人の言葉であり、信仰でした。そして、口に筆をくわえて、文字と絵を描く事であったといいます。

長い入院中、一人のクリスチャンから借りた三浦綾子さんの本で心を激しく揺さぶられます。三浦さんも闘病生活をおくられていた方でした。三浦さんがクリスチャンである事を知り、以前に送られた聖書をそっと出して、生かされていることの重さに気づかされたといいます。そして、事故から4年後に病室で洗礼を受けられました。それから5年後に退院、最初の作品展を前橋で開きます。その後は、日本国内のみならず、ブラジル、アメリカでも詩画展を開き、現在も詩画やエッセイの創作活動を継続しておられます。

星野さんの作品には「花」を題材にした作品が多く見受けられます。幼少期に自然の中で体験したさまざまな事、戦後の貧しくも心豊かな家族の中で育った事が、星野さんの感性を育んできました。星野さんは今も群馬県に在住し、身近な草花を真摯なまなざしで見つめています。そこから生まれる作品からは「生きることのすばらしさ」「生きる勇気」が与えられます。

a0061973_950077.jpg
        (作品:たんぽぽ)

(LVJCCブログ制作チーム:kao)

ブログランキングに参加しています。クリックで応援してください。
2015.09.28 00:00 | 信仰者シリーズ
my_hope_01_convert_20150926022107.png

今日は、‘究極の希望’について考えてみました。

’究極の希望’、この言葉を聞いて、あなたは何を連想しますか?

私たちが生きるうえで’希望’はなくてはならない大切なものです。もし希望を失えば生きることさえ難しくなります。たとえそれがどんな希望であれ、希望があれば生きる張り合いが出てくるものです。

しかし、そのような希望も、私たちの置かれた状況次第では何の役にも立たなくなる、というような局面を迎えることが私たちの人生にはあるものです。そんなとき、たとえ置かれた状況がどんなものであれ、その周りの状況に左右されない、また何者(物)にも奪われない、永続的で不変的な希望があるとしたら、それが’究極の希望’です。

ある少年のこんな詩を読んだことがあります。この少年はキンジストロフィーという病気のために、若くして亡くなった少年でした。彼が亡くなる前にこの詩を書き残したのです。



たとえ短い命でも生きる意味があるとすれば、それは何だろう? 
働けぬ体で一生を過ごす人生にも、生きる価値があるとすればそれは何だろう?
もしも人間の生きる価値が社会に役立つことで決まるなら、僕達には生きる価値も権利もない。
しかしどんな人間にも差別なく、生きる資格があるのなら、それは何によるのだろうか?




まさに、若くして死と向き合っているこの少年の魂の叫びです。そして、いったい誰が、この少年に、それでもなお生きていく希望を、また生きる意味を語ることができるのでしょうか。人間の思想哲学、また人生訓でしょうか。そのような、人間の限りある言葉で、死を超える希望を語れるのでしょうか。

あなたは、このように死を前にした人に希望の言葉を語ることができますか? その場しのぎの慰めではなく、本当の希望を語ることができますか? もしそれができるなら、あなたには希望があります。しかし、もしできなければ、あなたが死を前にしたとき、あなたには希望がありません。

短い命にも、長い命と全く等しい意味を与え、何かができてもできなくても、あなたの存在そのものに無限の価値を見出させ、それを裏付けるものがあるとしたら・・・・

また、すべての人に全く同じ生きる価値と権利と資格を与えるものがあるとしたら・・・

そして、それが70年、80年の人生だけではなく、永続的に意味を成し続けるものであるとしたら・・・

それこそが‘究極の希望’です。

そしてこの‘究極の希望’は、どんな悲劇からもあなたを立ち直らせ、どんな絶望にも明るい光を投げかけ、人間の最後の敵である死に対してすら、胸躍る喜びと期待を与えるのです。

自称クリスチャンのあなた、あなたは本当にこの希望を持って生きておられますか?
この大切な真理を知らない方に、この究極の希望を証しておられますか?
今日は、この問いかけでメッセージを終わります。


今日の一言: 人は誰でも‘究極の希望’を持つ必要がある


鶴田健次

ブログランキングに参加しております。下記2つのアイコンのクリックで応援をお願いいたします。
2015.09.25 09:22 | 鶴田健次牧師より
20150924155638cda.jpg
教会でどのくらいの方が子供ミニストリーに関心を持ってくださっているのでしょうか。教会でも目立つ子、目立たない子がいますが、やはり進学で他の州に行ってしまう事はとても寂しい事であります。

先日、7歳から教会に集っていたマリナ姉が大学進学の為、ラスベガスを去って行きました。姉妹は、私の娘が集っているユースミニストリーの先生をしており、寝る暇を惜しんでは複数の仕事を掛け持っていながらも、水曜日は私が行っている英語の教会でよくかち合ったものです。

「努力家で神様の愛をふんだんに貰っていた」姉妹と言う印象でした。それでも、彼女には幼いながらにも信仰を要する出来事がいくつもあり、私の娘同様、神様を見上げなくてはいけない状況があった事でしょう。

それだからでしょうか、マリナ姉妹の信仰には、私も励まされました。
教会で新しい賛美をしようと練習をしていたところ、彼女が横に座り、ずっと練習に付き合ってくれたのです。それも、一つ一つ丁寧に神様への愛を歌いながら。歌い方も抑揚があり、感情がとてもこもっているのです。そんな様子にとても心をうたれました。彼女を通して、賛美をする事とは神様への愛の讃歌なのだと思いました。感謝です。

初めて会った時はあんなに小さかった姉妹が、こうして成長し、自分の召しの為に一歩を踏み出す姿は何よりもない励ましです。どうか姉妹に最高の祝福が与えられますように。いつでも私たちの教会に帰ってきてください。神様が定められた、あなたの祈りの家です。あなたの魂を勝ち取る教会なのですから。

201509241556419bc.jpg
2015092415564088f.jpg
20150924155643285.jpg
2015.09.23 23:04 | 証し
img043ah.jpg


升崎外彦は明治25年4月、金沢に生まれましたが、難産だった為、母は出産後「外彦を大源寺の跡取りにしてください」と遺言して出産3日後に命がつきました。

母の遺言により外彦は6歳で寺に入り、7歳で読経を始め、10歳で得度しました。しかし、14歳のころから「人生とは何か?」と悩むようになり、夜も寝ず「南無阿弥陀仏」を唱え、哲学に走り、あらゆる宗教書をむさぼり、真宗・臨済宗・曹洞宗などの名僧に教えを請いましたが、道を得られず、金光教・天理教・御嶽教・みそぎ教など父から厳に禁じられていたキリスト教以外のありとあらゆる宗教を転々としました。ついには絶望して自殺を六度も試みましたが、死には至らず、七度めに周到に準備して金岩海岸に向かう途中、救世軍の路傍伝道に鉢合わせをしました。一目散に駆け寄ろうとしたはずみに電柱に頭をぶつけ、よろめき倒れたその時に、「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」の聖書の言葉が耳に飛び込み、思わずそこにいた救世軍士官に「僕は疲れ切っています。背負いきれない重荷で押しつぶされそうです。」と訴えたました。士官は単刀直入、「この方以外には、だれによっても救いはありません」とイエス・キリストの十字架の福音を指し示し、外彦は「おお主イエスよ、わたしは信じます。あなたこそ真の阿弥陀仏、生ける如来様です」と叫んで救われた。外彦が16歳の時でした。

外彦のキリスト転向は東本願寺派の大問題となり、「下げ渡し」すなわち、僧籍剥奪・寺門追放となりました。一番苦しんだのは父でした。何とか息子をキリストから離すために、真武館で兄弟子たちと共に外彦を打ち叩いて改心を迫しました。外彦はずたずたの体でも絶えず「主よ、私をあわれんでください。」と主に祈りより、信仰を捨てませんでした。 主が外彦と共にいて下さる約束を放さなかったのです。外彦はすきを見て教会に走り金沢教会で受洗、帰って臆せず父に報告をしたのです。父は外彦を裸にし氷上に投げ飛ばしました。外彦は背に血を流しながら、雪を鮮血に染めつつ正座しゆるしを請いました。

外彦は父の前に出て、両手をつき「私が暫く親不孝になりますことをお赦しください。」と言ったのです。父は刀を杖に、床柱を背にしたまま男泣きに泣いていました。 外彦は、父の悲しみを思うと心が張り裂けそうでしたが、信仰の道のために受ける一切をキリストの故に忍び、一礼をして寺を出ました。

外彦は小松市で伝道した後、救世軍士官学校を卒業、仙台小隊に赴任。ここで悪漢にさらわれた少女をかくまったことからならず者150名によって、こん棒・仕込み杖などによる暴行を受け、ついに手ぬぐいに包んで振り回した煉瓦を後頭部に受け昏倒、余命2ヶ月の診断を受けましたが、名医から手当てを受け、一命を取りとめました。

余命の短いことを告げられた外彦は最も伝道困難な地を死に場所にと考え、出雲に就きました。迫害を受け、村には住めず、住んだ場所は山中の洞穴。これが後にまむしの巣とわかりますが、難はまぬがれました。しかし、石打ちや断崖から投げ落とされるなど何度も生死の境をさまよう危機にさらされました。しかし、迫害の首謀者であった郡会議員がこのころコレラにかかって死にますが、だれも恐れて火葬にする者がいない中、外彦がこれを引き受けたところ、遺族は胸を打たれ、一家でキリスト教に入信しました。これらのことがきっかけになり外彦は地域に受け入れられるようになり、彼は村人の共同作業を奨励し、農村副業を教え、信愛産業組合、禁酒会などを起こしました。また、後援者の協力を得て幼稚園、実科女学校、病院を設立。立派な教会を中心に、村は富み、ある新聞はスコットランドの宗教村のようと評したと言います。救世軍から転任の辞令が発令されたときには、郡長と3ヶ村長が連名で救世軍指令官に留任を求めたが認められなかったという話も残されています。

外彦が出雲在任中に、外彦の父は我が子をキリストから取り戻そうとキリスト教の弱点を探すことにしました。聖書を注意深く読んでいたので、最初の4章を読むのに3年かかりましたが、ついに新旧66巻の聖書を何度も読み返し、また救世軍司令官山室軍平の名著「平民の福音」をぼろぼろになるまで読んだのです。父が驚き怪しんだのはイエス・キリストの人格でした。「人にして神、神にして人なるキリスト、我が日夜尊崇しまつる親鸞上人とは比較にならぬ、是は一介の僧侶、彼キリストは正に神の独り子」と悟ったのです。「キリスト神ならば御姿を現したまえ」と父は21日の間、食を断ち、臥竜山鶯滝に水垢離を試みました。厳寒の2月、父65歳の時でした。21日めに滝から上がって岩の上に座し、掌を合わせて念じていると、白衣のキリストが彷彿として現れたと言います。父は外彦を招いて詫び、和解しました。71歳で召される際には、枕頭にいた外彦に「外彦、お前はいいものを見つけたのォー。 外彦、礼を言うぞ、お前は俺を天国の特等席に案内してくれた大の恩人だ。 外彦、礼を言うぞ。」と言いました。2時間後けいれんがを起こると、手を挙げて「外彦、外彦、出雲へ帰れ。 キリストのために働いて死ね。」と叫びつつ安らかに神の御国へと旅立ったのです。

農村伝道に使命をもつ外彦はやがて救世軍も去り、盟友賀川豊彦の依頼により昭和2年、紀州南部に赴きました。ここで労祷学園を設立、漁村民と共に生活をして社会教育と伝道活動を行い、生涯をキリストに仕える者として生きました。

(LVJCCブログ制作チーム:kao)

ブログランキングに参加しています。クリックで応援してください。
2015.09.21 00:00 | 信仰者シリーズ
creation+pic_convert_20150919011927.png

今日は、‘人間の起源’について考えてみました。


人間は生まれたくて生まれてきた訳ではなく、自分で選んだわけではない母親から生まれ、自分の意志からではなしにこの世に存在するようになったことは歴然たる事実です。そしてこの事実に対する説明は基本的には二つしかありません。

一つ目は「まったく偶然に、自然発生的に存在するようになった」とする進化論的立場です。つまり、地球ができて何十億年もの時間があれば、誰も見た訳ではないけれど、自然発生的に生物が誕生したのだとする立場です。そしてこの理論によれば、あなたの先祖は猿です。

二つ目は「あなたは誰かによって造られた」とする創造論的立場です。そして、それは人間を始めとして、生物の構造はあまりにも合目的的にデザインされており、このようなものはたとえ数十億年の時間があっても偶然に生まれることなど不可能なことであると考えます。そして、これを造った存在は当然のことながら人間よりも遥かに優れた存在であり、これを「神」と呼びます。それによれば、あなたは猿の子孫などではなく、神が目的を持って造られた尊い存在なのです。

ここでもし、数十年とか数百年、あるいは数千年で進化が起きたと言えば、誰も進化論など信じません。なぜならそんな短期間では何も起こらないことを経験的に知っているからです。つまり進化の過程を明らかな根拠もなく数十億年であるとするところに進化論のもっともらしさが生まれるのです。

聖書では、目に見えない事実を認めることを「信仰」と言います。ですから猿から人間になる過程を見たこともないのに進化論を認めることは、一見、科学的装いをしてはいても、未だに何の証明もされてはいない訳ですから、それを信じることもまた「信仰」なのです。あなたは猿の子孫であることを望みますか?それとも聖書が証言するように、神の愛による最高傑作であることを望みますか?

それからもうひとつ、神の存在に関して言えば、‘神は存在しない’という見解と、‘神は存在する’という二つの見解があります。そこで神無しの世界観に基づけば、あなたは偶然の産物であり、あなたには存在目的も意味も何もないことになります。なぜなら、偶然性の中には意味も目的も存在し得ないからです。

それに対して、神有りの世界観では、あなたは至高者なる神の最高傑作であり、あなたの存在には素晴らしい目的と意味があることになります。なぜなら、神の言葉である聖書がそう証言するからです。

あなたは、どちらを望みますか?

意味も目的もなく偶然に生まれた猿の子孫として生きていくことですか。
それとも素晴らしい意味と目的をもって神に造られた尊い存在として生きていくことですか。


今日の一言: あなたは猿の子孫ではなく神に造られた尊い存在である


鶴田健次  


ブログランキングに参加しております。下記2つのアイコンのクリックで応援をお願いいたします。           
2015.09.18 08:12 | 鶴田健次牧師より

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.