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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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ラスベガスには毎年4000万人の観光客が訪れると言われます。北に位置するノースラスベガスと南東に位置するヘンダーソンを含め、人口は195万1269人(今年の1月調べ)にも登るそうです。

そのうちの白人53.6%、ヒスパニック27.1%、黒人8.6%、アジア人7.7%だそうです。その中でもアジア人の人口の伸び率は多く、特に中国人の移住者が多いみたいです。

アメリカではどこの町にもお馴染みなのですが、ラスベガスにもチャイナタウンがございます。そのチャイナタウンで、暑い夏がやってくるラスベガスに最適な、とても美味しい飲み物を発見しました。タピオカの黒いつぶつぶが美味しいボバティーです。

私達が行った場所は、Volcano Cafe。以前からボバミルクティーは知っていましたが、最近店頭では、スムージーの中にボバが入ってる画期的(?)な商品があり、半信半疑で娘と定番のミルクティーと共に ココナッツ風味のピナコラダボバを頼んだところ、とても美味しかったのです。人気ナンバーワンはスイカボバらしいです。

また、チャイナタウンにあるKUMAというフローズンヨーグルト屋さんも美味しく、よく教会の友人と食べに行く避暑地(笑)の一つです。

ほとんど教会で集う若者からの情報ですが、やはり情報の最先端は若者から入ってくる事が多いように思います。こうして世代を超えて交われる場所を感謝です。

(LVJCCブログ制作チーム:Sao)

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2015.08.31 20:03 | 証し
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今日は、‘成熟した人’について考えてみました。


スーパーマーケットで、カートは、4番レジの買い物客の荷物を車まで運ぶようにとの店内放送が聞こえたとき、忙しく倉庫仕事をしていたところでした。彼は、もう少しで作業を終え、外の新鮮な空気を吸いたいと思っていたところだったので、すぐに呼び出しに答えました。

彼がチェックアウトのカウンターに近づくと、優しい微笑が彼の目を引きました。それは新しいチェックアウト係りで、とても美しい女性でした。彼女はたぶん年上(26歳くらい、彼は22歳)で、彼は彼女に一目惚れしてしまいました。

その日の夕方、仕事を終えた彼は、彼女の名前を知ろうとタイムカードを押す休憩室の入り口で待っていました。すると彼女がそこにやって来て、彼に軽く微笑むと、タイムカードを押し、そこを去って行きました。彼女のタイムカードを見ると名前がブレンダとありました。彼は、彼女の歩く後姿を見るために外に出ました。

次の日、仕事が終わると、彼は外で彼女を待ちうけ、家まで送らせて欲しいと願い出ました。彼は害を加える人には見えなかったので、彼女は応じました。彼女を降ろすとき、彼は、控え目に、今度は仕事以外のときに会えるかどうか尋ねました。

彼女は間単に、それは無理だと言いました。彼が再度尋ねると、彼女は二人の子供がいて、ベビーシッターを頼む余裕がないからと説明しました。そこで彼がベビーシッター代を払うからと言うと、彼女はしぶしぶ次の土曜日のデートを了解しました。

土曜日の夕方、彼がアパートに着くと、彼女はドア越しに、一緒に行けなくなったことを伝えます。理由を聞くと、ベビーシッターから電話があり、急に来れなくなったということでした。カートは躊躇わず、「じゃあ、子供たちも一緒に連れて行こうよ」と言いました。

彼女は子供たちを連れて行くことなどできないと言いましたが、彼は上手に彼女を説得し、結局、4人で一緒に行くことにしました。ようやくブレンダは、彼女の子供たちを紹介するために彼を部屋の中に入れました。彼女の上の子は女の子で、カートは、人形のように可愛い子だと思いました。

それから、ブレンダは車椅子に乗った下の息子を奥の部屋から連れて来ました。その息子はダウン症で対麻痺として生まれた子でした。カートはブレンダに聞きました。「子供たちが我々と一緒に来れない理由がまだ解からないけど?」 ブレンダは驚きました。ほとんどの男性は、子供が二人もいると聞いたら、ましてや障害を持った子供がいると知ったら、女性から逃げてしまいます。まさに彼女の最初の夫と子供たちの父親がそうでした。

その夕方、カートとブレンダは、子供たちを連れて食事と映画に行きました。彼女の息子に何か必要があれば、カートはどんな世話もしました。トイレに行くときも、カートは車椅子から彼を抱え上げて連れて行き、また抱えて戻ってきました。子供たちはカートが大好きになりました。夕方の終わりに、ブレンダは、自分が結婚して、生涯を共に過ごす相手はこの人だと思いました。

一年後、彼らは結婚し、カートは彼女の二人の子供たちを養子にしました。そして、彼らにはさらに二人の子供が加えられました。

それで、その後、このスーパーの倉庫係りの青年とチェックアウト係りの女の子に何が起こったでしょう?

やがてカート・ワーナーはNFLのセントルイス・ラムズとクォーターバックの契約をし、数々の記録を残し、アメリカンフットボールの花形選手として、その歴史に金字塔を打ち立てるのです。

結婚カウンセリングをするときに、結婚は相手の負債を引き受ける決心をすることだという話をします。この負債とは、お金の負債はもちろんのこと、相手の弱さ、足りなさ、欠点などのことで、それを自分が引き受ける決断をすること、そこに結婚の重要な意味があるという話をします。

カートはブレンダの息子を引き受ける決心をし、それを立派に全うしました。そこに彼の成熟さを見ます。そういう彼の成熟さが、時給5ドル50セントのアルバイト生活からスーパーボウルのMVPにまで駆け上がったシンデレラ・ストーリーのバックボーンになっているような気がします。

今日の一言: 成熟さは豊かな人生の鍵


鶴田健次


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2015.08.28 08:13 | 鶴田健次牧師より
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皆さんこんにちは。
私は美夏と申します。
今日は、皆さんにマウントハーモン、ユースキャンプのお証をさせていただこうと思います。

マウントハーモンでの経験は、とても恵まれたもので、豊かに祝福されたものになりました。毎年、キャンプに参加するたびに、神様が私の心に何かを語られるのですが、今年は賛美を捧げる事を通して語られました。

キャンプに行く以前の私は、何度も何度も繰り返し歌われる賛美に正直うんざりしていました。しかし、今は私が知っている同じ曲が流れても、主のために心を注ぎ、主により満たされた心によって、賛美を捧げる事を神が私の心に示されたので、賛美が大好きになりました。
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今ではその経験を心に留めながら、主にある喜びを持ち、どんな時も賛美を捧げます。

冒頭でも触れたように、今年はとても素晴らしい経験でした。そんな今年のテーマは、「ありのままに」でした。意味は、"私たちがかぶっている仮面を外し、本来の自分を主に見せよう。"と、いうものでした。

また、聖書箇所は詩篇145:18「すべて主を呼ぶ者、誠をもって主を呼ぶ者に主は近いのです。」からでした。

どんな場所にいても神はあなたと共におられるのですが、神様からの答えを頂くには、神様に心を注ぎ、呼び求めなければならない、これがこの箇所の意味です。

この様なメッセージを友人たちと分かち合い、主を賛美しました。友人たちとの再会は、会えなかった空白の1年をあっという間に埋めてしまうほどの楽しい時間でした。

しかし、今年は皆さんもご存知の通り、私たち家族は東海岸に行かねばなりませんでした。私は行きたくありませんでした。案の定、私の心配は的中し、私の乗り継ぎのある飛行機便は遅れました。それでも、最後は泣いては終わりませんでした。

私は、たくさん泣きました。私の頭の中は混乱し、泣きながら、"神様はなんでこんな事が起こる事をお許しになったの?もしかしたら私のもとからいなくなって、もうあなたなんかどうでもいいよと思ってるのかな?マウントハーモンは神様を捧げる場所なのに、どうしてそんな場所でこんな事が起こるの??"と、更に落ち込みパニックになりました。私はこの時、世界の終わりの様な顔をしていたと思います。

キャンプで神様は私に教えてくださいました。
神様は不変であり、私が行くどんな所にも私が神に呼び求める限り、黄泉の国であっても私の声を聞いてくださる。例えそれがどんなに真っ暗闇な一瞬一瞬であっても、どんなに解決口の見えない問題が立ちはだかっても、神は私たちを見捨てず、共におられることを決して忘れてはならないのです。

詩篇27-1:3
27:1主はわたしの光、わたしの救だ、わたしはだれを恐れよう。
主はわたしの命のとりでだ。
わたしはだれをおじ恐れよう。
27:2わたしのあだ、わたしの敵である悪を行う者どもが、襲ってきて、わたしをそしり、わたしを攻めるとき、彼らはつまずき倒れるであろう。
27:3たとい軍勢が陣営を張って、わたしを攻めても、わたしの心は恐れない。たといいくさが起って、わたしを攻めても、なおわたしはみずから頼むところがある。

神様は共におられる、例えどんな時でも。神はあなたの元を去ることはないですし、見捨てることもない。難しいことですが、もし神様が私に試練を与えたのならば、それは私はその試練を乗り越えられるという事なのです。

神がドアを閉めれば、また新しいドアが開かれます。試練は私を馬鹿にする為のものではありません。そればかりか、試練によって神の愛を知り、昨日の私よりも強い私をお作りになってくださっているだけなのです。

私がこれを知っている理由は、神はどんな時も私を愛してくださっている事を学んだからです。私をどんな時も愛し、それを止めない初めてのお方は、神様でした。

マウントハーモンは、この様な素晴らしいキャンプです。私にとって、マウントハーモンは私の世界観そのものです。更に神様へ近づける経験かできます。

マウントハーモンは、キリストの名で繋がった兄弟姉妹です。マウントハーモンは、唯一 私が周りを気にせず、目を閉じ 手を上げ礼拝できる場所です。それは、神様は私たちの礼拝する姿勢を見られる事を知っているからです。
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マウントハーモンに毎年参加する事は私の目標です。その後は、キャビンリーダーになり、クリスチャンとして相応しい模範を示します。皆さんのお祈りとサポートを心から感謝します。

(LVJCC Youth Ministry: Mika)

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2015.08.26 16:05 | 証し
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私が20歳になった頃インターネットで成人式に参加している日本の同級生の写真を見かけ、その日から自分は作れるはずの思い出も作れなかったと落ち込むようになりました。修学旅行、文化祭、成人式、同級生と楽しく語り合い青春を謳歌する日々。これ等の行事や思い出は日本に居たならば当たり前のように経験出来たはずでした。遥々アメリカに来てまで心の傷を負うばかりで何が良いのか!その時から私を取り巻くあらゆるものに対する反発を強めていきました。さらに緑内障という不治の眼の病にもかかってしまい、私はさらに落ち込んでしまいました。何故他の若者は楽しい想いをして私だけがこんなに苦しい想いをしなくてはならないのか。そんな悔しい気持ちは私をさらなる暗闇のどん底へと誘うばかりでした。

そして24歳になった年、私は再び人生の節目を迎える事になったのです。それまでどんなに孤独であろうとも動じなかった私が,ある日突然とてつもない恐怖に襲われたのです。誰からも理解されず、一向に心の傷は癒えず、ずっと孤独で全く楽しみも明るい未来も見えない人生。もしかしたら私はこの先もずっとこのままなのではないだろうか。そう思うと全身が震え、毎晩のように声を上げて泣く様になりました。

私は毎週教会に通っていましたがろくにお祈りもせず、信仰のかけらもありませんでした。それは、私にはあまりに罪が多過ぎて主に対して顔向けが出来ず、また苦しい時にだけ主に頼るような身勝手な事をしたくはなかったからです。だからといって自分の罪を認めようともせず、私はもがき苦しむばかりでした。しかしとことん追い詰められた時、あれだけ頑だった私は主に助けを求めるようになりました。一刻も早く答えが欲しくて、お祈りだけでなく長らく行っていなかった祈祷会や聖書勉強会にも自ら進んで参加する様になりました。とにかくこの苦しみから逃れたいがために、ありとあらゆる方法で主を求めたのです。 

私の行動を顧みて下さったのか、主は私の心を開かせ幾つかの答えを下さいました。まず根本的な問題は閉ざした心とアメリカへの拒絶反応です。私には将来医者になって日本へ帰るという計画がありましたが、医者になるまではどうしてもアメリカに居なくてはならず、その間の苦しみを自分一人の力でぬぐい去る事は難しい事でした。それに医者になった後少しの間この国で働く事になるのでどのみちアメリカを受け入れなくてはなりません。そこで主が私に与えて下さった答えは、アメリカの人々との交流を深める事でした。私は今までアメリカ人と付き合う事を拒絶してきましたが、やはりこの道しかありません。願わくばアメリカ人の妻を見つけられたら幸いです。さらに主は私にかつて交流をもっていた友人と再び交流を持つ事を薦められました。さっそく連絡を取ると彼らは喜んで私を迎え入れてくれました。このようにして私の心は次第に開くようになり、改めて友人の大切さを教わりました。

次に私は心身を回復させる事も始めました。ソルトレイクシティでのダメージは想像を遥に超えており、この12年間自分が胃下垂である事を知らずに過ごしてきました。専門医に調合してもらった漢方を飲んでから私の胃はみるみる回復していき、食欲は未だかつてない程に増え、栄養が上手く行き届くと頭も冴えてきました。さらに私は身体を鍛えるために筋肉トレーニングも始めました。運動を通して私の気持ちも前向きになっていき、日本にいた頃のような明るい自分を取り戻せる気がしました。 

主はこんなにも出来損ないで罪深い私にすら救いの手を差し伸べて下さいました。その中で私が平安でいられるのは主が共にいて下さる時だけであり、だからこそ私は主にしがみついてでも信仰を維持していかなければならないと学びました。これまでの苦悩の12年間はそこに辿り着かせるために主によって与えられた過程だったのです。そしてそれは今後を生きていくための糧にもなると確信しています。

『苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたの掟を学ばせてくださいました』 (詩編119:71)

私だけが見捨てられたのではなく、私だけを苦しめたのではなく、またその苦しみは主を証するために、さらには同じ苦しみに遭っている人々の気持ちを理解し助け人となるために、主は他の誰でもなく私を選んで下さったのです。その事に気づけた時、私は何ともいえぬ幸せに満たされました。苦悩の12年間が終わり、私は今新たな12年の人生を歩み出しました。今では不思議と恐れや不安はなく、主が全て備えて下さると確信を持つことが出来ます。私を常に支えて下さる主に応えるためにも、私はもっと主に愛される人間になりたいと願います。これが苦悩の12年間で得た私の答えです。主に感謝します。ハレルヤ!

(LVJCC/TAKA)

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2015.08.24 12:18 | 証し
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今日は、‘オンリー1の素晴らしさ’について考えてみました。

「もし障害児が生まれてきたら殺そう。」

これは、ある障害を持ったAさんという男性が小学5年生の時に心に固く決意したことです。沖縄で生まれ育った彼は、小学3年生の時、大阪にある、障害者等の差別に取り組む学校に転校しました。



彼のクラスにS君という知的障害児がいました。S君は虫の好きな優しい子供でしたが、そのクラスでいじめを受けていました。そして、このAさんも、その時、S君をいじめる仲間の一人でした。S君が鼻くそをほじっていると、Aさんたちは面白がってそれを食べるように強要しました。何か腹が立つことがあるとS君を殴りました。殴られたS君は男の子たちに刃向かう事ができないので女の子に殴りかかり、大騒ぎになって先生が駆けつけると、みんな口を揃えて、「S君が急に暴れ出した」と言います。もちろん、S君はきちんと喋れないので弁解ができません。そこで、先生はS君を叱る。この状況をイメージできますね。



その学校は差別を知らないわけではなく、むしろ他のどの学校よりもその問題を真剣に捉え、それに向き合い、このいじめをなくそうと取り組んでいる学校でした。しかし、そこにあったのは弱い者による、より弱い者へのいじめだったのです。この学校でさえこんな状況なら、他の所はどんなに悲惨でしょう。ましてや社会はどんなに過酷な所であることか。そんないきさつの中で、Aさんは、小学五年生にして、「もし、自分に将来、障害児が生まれてきたらその子を殺そう」と決意したのです。



そんなAさんが、見違えるほどに変わったのは、大人になってからの、エドナ・マッシミラの『天国の特別な子ども』という詩との出会いからでした。その詩は次のようなものでした。

会議が開かれた。
地球からはるか遠くで。

「次の赤ちゃんの誕生の時間ですよ。」

天においでになる神様に向かって、天使たちは言いました。

「この子は特別の赤ちゃんで、たくさんの愛情が必要でしょう。

この子の成長はとてもゆっくりに見えるかも知れません。

もしかして一人前にはなれないかも知れません。

だからこの子は下界で出会う人々に、

とくに気をつけてもらわなければならないのです。

もしかしてこの子の思うことはなかなか分かってもらえないかも知れません。

何をやっても上手くいかないかも知れません。

ですから私たちは、この子がどこに生まれるか、
注意深く選ばなければならないのです。

この子の生涯が、幸せなものとなるように。

どうぞ神様、この子のために素晴らしい両親をさがしてあげて下さい。

神様のために特別な任務をひきうけてくれるような両親を…

その二人は、自分たちに求められている特別な役割を、すぐには気がつかないかも知れません。

けれども天から授けられたこの子によって、やがて二人は、ますます強い信仰と

豊かな愛をいだくようになることでしょう。

そして、自分たちに与えられた特別の神の思召しを悟るようになるでしよう。

神から贈られたこの子を育てることによって、柔和でおだやかな

この尊い授かりものこそ、天から授かった特別な子どもなのです。」

Aさんは、胸が震え、涙が止まりませんでした。彼は、自分がいかに汚い心を持っていたかを痛感しました。障害者は邪魔者でも迷惑な存在でもない。尊い存在だということが初めて分かったのです。そして、Aさんは、その時、「もし自分に障害児が生まれてきても、その子と共に歩もう。その子を愛そう」と心の底から思うのです。


それから、数年後、彼に長女が生まれ、その子が障害児と判定されます。Aさんはショックを受けなかった訳ではありませんが、心に平安がありました。クリスチャンに導かれた彼は、「むしろ、体のうちで他よりも弱く見える部分が、かえって必要なのである」という聖書の言葉を与えられ、弱い存在の尊さを体験的に理解できたのです。

家庭の中に弱い存在がいると、その家庭は健全になります。本当に大切な事を考え、大事なものを見つめ、人と比較してではなく、その子をその子として見つめるようになるからです。競争社会の今日においてナンバー1ではなくオンリー1としての価値を見出すことが大切なのです。

今日の一言: ナンバー1ではなくオンリー1としての価値を見出そう


鶴田健次


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2015.08.21 08:04 | 鶴田健次牧師より

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