
LAの旅一日目(ラスベガス観光:番外編「ロサンゼルス①」)を終え、本日2日目。
朝、トーランスのホテルのチェックアウトを済まし、マンハッタンビーチに向かいました。朝風は爽やかで、ほんのりと冷たい空気から潮の香りがしていました。雨が降った後の匂いに似ているので、私は雨の匂いと呼んでいます。カリフォルニアでいつも私が懐かしむのはこの雨の匂いであり、なんとも言えない好きな匂いです。
マンハッタンビーチに行く途中、マクドナルドで朝食を買い、ビーチに座り、海を眺めながら、皆で朝ごはんを食べました。
ロサンゼルスではいつも駐車スペースを探すのに苦労します。それが運良く、駐車場も1番ビーチに近いところに一つ空いており、しかも私の前に車を停めていた方がお金を多めに払ってくださっていた様で、何も苦労せずに駐車スペースを見つけ、お金を払わずにビーチに行けました。神様、感謝!ビーチに繰り出した子供達は大はしゃぎ!ビーチの視界良好!天気良し!青空と海に負けないくらい心は晴れるや〜。
ご飯を終え、海に戯れる子供達を尻目に、私は写真をたくさん撮りましたが、波の音を聞きながら、視界からは真っ青な海と空の景色から頂くものは、やはり写真では収まりきれません。この感動を伝えたいと思っても、写真に収めると、半分以下も伝わってこないと感じます。是非とも、一度はカリフォルニアに足を運び、この感動を味わっていただきたいです。
さて、海で遊び、癒された私達は、マンハッタンビーチを出て、海沿いの道を通り、南に下って行きました。パロスバーデスを通り、ガラスの教会に向かいました。のガラスの教会に向かう途中に見た絶景が、何と素晴らしいことか!!坂道を上がったり下がったりして、道を進みましたが、運転していても、海に吸い込まれそうな感覚を覚えるくらいの興奮でした。遊んで体感するビーチも良かったですが、遠目から見るビーチも圧巻でした。太平洋は広い!世界は広い!
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道に少し迷ったあげく、やっとガラスの教会に着きました。車から降りると、また教会から見えるパロスバーデスのビーチ、太平洋が素敵でした。このガラスの教会は、アメリカを代表するフランク・ロイド・ライトが設計、1949年に創立されました。この教会の壁面は、一面透明なガラス張りで、ガラスを透かして見える周りにそびえる樹木、空、そして海が眺められる自然との調和が生きる、素敵な設計となっております。
そして、教会の隣に建つ石塔は、夜になると美しい燈が灯り、カタリナ海峡を渡る船員たちから「神のキャンドル」と呼ばれ親しまれており、その塔には16個の鐘があり、美しい音色が響きわたるなど、他にもたくさんな親しまれる要素が詰まっているようで、毎日この教会で式を挙げるカップルが後を絶たないようです。

ガラスの教会で少し森林浴をした後、お昼を食べ、ラスベガスの帰路に立ちました。子供達は物心がついてから初めてのロサンゼルスの旅を満喫していました。帰り道では、砂漠に沈む日没がまた綺麗で神様の神秘、偉大さを車で語り合いました。
「主の御名を賛美せよ。主の御名はひとり高く 威光は天地に満ちている。」詩篇148:13
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今日はノートルダム清心学園理事長・渡辺和子先生の講和『ていねいに生きる』をお送りします。
私は命とは『自分がまだ使える時間』のことだと考えています。若い人にはたくさんの時間が残されているでしょうし、お歳を召した方には残された時間は短いと考えるのがあたりまえですが、昨今のような思いがけない災害、事故、事件などがおきますと、必ずしも残された時間が合致するのではないと考えさせられます。明日も明後日も生きる、来年も再来年もあと何十年も生きると考えていらっしゃる方の一日の重みは、あと数ヶ月と告知をお受けになってホスピスでお過ごしになっていらっしゃる方の一日の重みとは同じではありません。
人形師の辻村ジュサブローさんがおっしゃいました。『朝起きるとき、このときが、人生の初めだと考えている。夜眠るときは、このときが、この世の終わりだと考えている。明日があると思えば今日はこれだけでいいやと、心がひるむ。昨日があったと思うと、昨日あれだけやっったから、今日はこれだけでいいと甘えが生じる。ものを創る人間にとって、そのような甘えは許されない。今日一日自分がどう生きるか、ということにすべてがかかっているかのように生きなければならない。』とおっしゃっておりました。たいへん厳しい考え方ですが、毎日をその日しかなかったかのように、ていねいに心をこめて生きるということだと思います。
キリストが聖書の中で『一日の労苦は一日で足りる。明日の事は明日が思い煩えばいい(マタイ6:34)』とおっしゃったのも、その一日を丁寧に生きたことに対して『一日の労苦は一日で足りる』とおっしゃったのかもしれません。明日の保証というものは、誰にもありません。これも聖書の中の例えですが、一人の金持ちがたくさん収穫しました。小さな蔵では入りきらないので、大きな蔵を建てて、その中に財産も作物も全部入れて、自分は飲んで食べて、楽しんで過ごそうと考えていたら、神様が『愚か者よ。お前の命は今夜取り上げられる。お前が蓄えたものは、誰のものになるのか。自分のために宝を貯めるのではなく、神のために貯めなさい(ルカ6:16-21)』とおっしゃっております。ある方がおっしゃっていました。『一生の終わりに残るのもは、我々が集めたものではなくて、我々が与えたものだ』高価なもの、めずらしいものを集めたとしても、死んだときに持っていけません。私たちが死んだときに持っていけるのは、生きている間に人に与えることができた愛、品物、そういうものの報いなのかもしれません。
私たちの平凡な毎日の生活を非凡にすることができるのは、私たちだけです。ある人が人生に向かって、『どうして私の人生はこんなに平凡でつまらなかったのか』とたずねた時に、人生が『あなたの人生を非凡なものにするのも、平凡に終わらせるのもすべてあなたにかかっていたのですよ。』と答えたと言っております。非凡なことというのは、決して有名になることでも、偉大なことを成し遂げることでもなく、一つ一つあたりまえで平凡なことを『し始めでし納め』という新鮮な気持ちで、感動をもって感謝を忘れずに行うことだと思います。
『明日のことまで思い悩むな。明日のことは、明日自らが思い悩む。その日の労苦はその日だけで十分である。
マタイ6:34』
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今日は、八福の教えの中の”あわれみ深い人は幸いである”ということを考えてみました。
八福の教えの第五番目は、「あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう」というものです。
聖書では、「憐れみ」という言葉はとても大切な言葉です。私たちの神がどんな神であるかといえば、それは憐れみ深い神だからです。
ルカによる福音書に、神の憐れみを教える主イエスのたとえ話があります。「放蕩息子のたとえ話」です。あの放蕩息子は、飢え死にするしかない状態に置かれて初めて自分の間違いに気付くのです。それまでは自分が考える「正しさ」を主張しましたが、それは間違いで、「お父さんの正しさ」が正しかったことを悟り、お父さんのところに帰って行くのです。「今更どの面下げて帰って来たんだ」と言われても仕方のない者でした。
ところが、この放蕩息子のお父さんは、遠くの方から歩いて来るのがいなくなっていた息子だと分かると、憐れに思い、わき目も振らずに泣きながら息子のもとに走り寄り、両手を広げて息子を迎えるのです。
本当ならば、この息子は父のもとに戻ってくる資格のない者でした。ひどい息子でした。「お父さんが死んでから相続する筈の財産を今欲しい」と言って父親から貰い、それを持って外国に行き、放蕩に身を持ち崩して湯水のようにお金を使い果たし、一文無しになってしまったのです。
悪いことは重なるもので、その直後に、その地域一帯が飢饉に見舞われ、食べる物にも窮するようになった彼は豚の餌でも食べられればと豚飼いの仕事にまで身を落とすのです。そこで、ようやく正気に戻った彼は、もはや息子としてではなく雇人の一人として置いてもらおうと、乞食同然の姿で父のもとに帰って行ったのです。
そんな放蕩息子を、お父さんは、なぜ赦したのでしょう? しかも喜んで迎えたのです。それは憐れみです。それだけです。赦される資格など何もない彼に、もし何か赦されるべき要素があるとしたら、それはただお父さんの憐れみだけです。
神は、何一つ救われる資格のない私たちを、一方的に憐れんで下さいました。今日の聖書の御言葉は、「あわれみ深い人たちは幸いである、彼らはあわれみを受けるであろう」と言っています。ここでは、「憐れみを受けるから、憐れみ深い人は幸いだ」と言われていますが、よく考えてみれば、私たちは憐れみ深くなかったのに、神の憐れみを受けたのです。
実は、放蕩息子のたとえ話の表面には出てきませんが、なぜ放蕩息子が父親に憐れまれ、赦されて迎え入れられたかと言えば、そこにはある重大な事実あるからなのです。その重大な事実のもとに、このたとえ話は成り立つのです。それは、イエス・キリストの十字架です。
この話が、もしイエス様ではなく私が話した「たとえ話」であれば、この話には大した意味はありません。単なる作り話です。しかし主イエスの十字架があることによって、これはちゃんとした根拠のある話になるのです。つまり、主イエスの十字架は、まさに私たちを憐れんで下さった神の心の表れなのです。
私たちは、この神の憐れみによって救われるのです。何の資格もないこの私が神の一方的な憐れみによって救われるのです。この神の憐れみの深さを経験することによって、人は憐れみ深い者に変えられていきます。だから、そういう人は幸いなのです。
今日の一言: あわれみ深い人は幸いである
平安
鶴田健次
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今回は、ネバダ州のお隣に位置するカリフォルニア州のロサンゼルスを紹介します。
ラスベガスからロサンゼルスまでは、車で5時間くらい走ります。ロサンゼルスは、ラスベガスに比べ、人口も交通量もかなり多く、土地も広いので、たくさんのフリーウェイが入り組んでいる大都市であります。西海岸は、車がないとどこにも行くことができない為、一人一自動車を持っている車社会であり、市はそんな大容量の交通量を減らすために、2人以上乗車の場合のみの優先道路、Car Poolもフリーウェイには用意されているほどです。

今回の旅は、まず初めに、ハリウッド通りに位置するチャイニーズシアターに行ってきました。以前から、チャイニーズシアターは観光の名所だということは知ってはいましたが、実は私はこの旅が初めての体験でした。駐車場を見つけ、ハリウッド通りに降り、歩くこと10ブロック(!?)。
もっとシアターがたくさんあるのだろうと思っていた私の想像を裏切り、シアターはあまりなく、それどころか市の建物らしき立派なオフィスビルがあったり、レストラン、マクドナルド、会社など、色々なもので溢れていました。途中、サンタモニカ丘陵のマウント・リーに設立されてあるハリウッドのサインが見え、感激しました!
歩いていく歩道には、たくさんの有名人の名前があり、途中、知っている名前を見ては、立ち止まり、記念撮影をしました。そんなこんなでやっと着いたチャイニーズシアターは、人・人・人!!!中に入ってみると、有名人の直筆のサインと手形、足型が並んでいました。私が探したもので1番古かったものは、シャーリーテンプルのもの。他の有名人と比べても、彼女の手形は人気なようで、訪れたファンの手垢でにじみ、たくさんの方に愛されていることが良く分かるものでした。
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ハリウッドを後にし、サンセット大通りを西に進みながら、ワンブロック先のサンタモニカブルバードを更に西に進むと、ビバリーヒルズ高級住宅街に入りました。ビバリーヒルズの看板と共に、雰囲気がガラッと変わり、一気に洗練された街並みへと変わりました。有名なロデオドライブを通り、大きな家々が建ち並んでおり、皆で大興奮!!「素敵〜♡」の連呼が車に響き渡り10分。満足した私たちが行く次の場合は、お待ちかねのサンタモニカビーチ。
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サンタモニカブルバードを西へ西へと進んだ結果、だんだんと潮の匂いがしてきました。そして、目の前に海の景色が広がりました!到着したのは夕方だったので、海の水は温かく砂浜の砂もそんなに熱くありませんでした。カモメ、海岸沿いの景色、ピア、砂漠に住んでいる私には、何もかもが懐かしく、昔アメリカに始めて来た頃を思い出しました。
私は19歳の時に、初めてアメリカに来て、アムトラック(アメリカの公共交通機関の列車)とバスに乗って、LAのハンティントンビーチ-サンタモニカビーチ-パシフィックビーチ(サンディエゴ)の旅をしました。当時は、英語も話せず、神様も知らず、ただただ楽しい旅をしていましたが、思い出してみると道に迷った時に、教会があり、教会のメンバーの方が、目的地まで送ってくださったことを覚えています。今考えると、そんな時も神様は備えを用意してくださっていたのだと、心が温かくなりました。
そんな思い出を思いながら、久しぶりのビーチではしゃいだ後は、ホテルに向かいました。
カリフォルニア②に続く----
(LVJCCブログ制作チーム: Sao)
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昨日の礼拝で、当教会のユースに所属するミカ・スティンソン姉が6月に参加したマウントハーモンキャンプのお証をしてくださいました。その内容を今日はブログにて紹介させて頂きます。
私の名前は、スティンソン美夏です。皆さんは、私がいいクリスチャンであると思われたことと思いますが、実際は、そうではなく、いつも神様を賛美していた訳ではなく、祈りが足りず、時間があれば聖書を読むべきとは知りつつ、結局聖書を読んでいないというのが事実です。
しかし、マウントハーモンにいってから、私は変わりました。マウントハーモンでお世話になった牧師先生の導きの中、心を打たれ、再度イエス様に私の人生を捧げる決心へと導かれました。
今回のマウントハーモンをきっかけに、私は、神様にもっともっと近づいた気がします。
実は、本音を言うと、私は、友達も一人知らないマウントハーモンにたった一人で参加するのが、とても怖い思いでいっぱいでした。でも、この機会を逃したら、過去にマウントハーモンに参加したことのある、みち姉やまりな姉のようなすばらしい経験を私もすることはできないと気がつき、いく決心をしました。
マウントハーモンで、一番心に残り、私をかえるきっかけとなったことは、牧師先生が語る説教でした。すべての説教が心に響きましたが、中でも、木曜日、金曜日、土曜日の説教が非常に印象的で、私の信仰生活もすばらしい影響を与えました。
木曜日の説教は、互いに愛し合うこと、また愛は決して絶えることがないことを学びました。
それは、神様の愛は、絶えることがないからです。
金曜日の説教は、赦しについてでした。互いに赦し合うこと、なぜなら、神様が私たちを赦してくださったから。
私たちは、神様に大きな大きな負債を負っています。その負債は、私たちがどんなに努力しても、支払うことのできない負債でありますが、慈しみ深い神様は、私たちの負債を帳消しにするために、一人子イエス様を送ってくださいました。だからこそ、神様が私たちの大きな大きな負債を帳消しにしてくださったように、わたしたちもまた、お互いの小さな負債を赦し合ってゆくべきなのです。
土曜日は、マウントハーモンが終わっても、イエス様に従うとはどういうことかについて学びました。物事がどのように始まったかが重要ではなく、どのように終わるかが重要であることを学びました。
キャンプにいる間は、イエス様に従うことはとても簡単ですが、本当のチャレンジは、キャンプから戻ったときに始まります。イエス様とともに歩む道は、短距離競走ではなく、マラソンのようです。
3日間の説教からたくさんのことを学び、もっとクリスチャンとして成長し、マウントハーモンが終わった今も、毎日イエス様に従うことができます。
まず始めに、私たちの人生は、「汽車ぽっぽ」に例えることができますが、列車は、線路なくしてどこにも行くことができません。私たちは、すばらしい賛美や祈りに浸ることができますが、神の御言葉、聖書なくして私たちの信仰はどこへも行かず、成長できません。
それからもう一つ、私たちが、神様から隠れようとしたとき、私たちは、悪魔の遊び場のただ中にいるということです。しかし、私たちが、私たちのすべてを神に捧げるとき、すべてが変わります。
最後に、私たちは、常に飢え渇きを覚えますが、正しいことに飢え渇きを覚えなければなりません。例えば、賛美、祈り、聖書の学びなどです。
マウントハーモンでは、数多くの楽しい思い出もできました。プールで泳いだり、キャビンでリラックスしたり、輪ゴムでジュエリーを作ったり、手作りランプを作ったり、友情をシンボルとした石を集めたりと、本当に盛りだくさんでした。
食事は、特にこれといって特別ではありませんでしたが、毎回おいしく頂きました。
キャンプで印象に残っていることの一つが、歌って踊る賛美です。私たちのために一生懸命奉仕してくれたキャビンリーダーに、私たちキャビンメートが歌をプレゼントする機会も与えられました。今でも、時折教会で、その歌を口ずさんでいることがよくあります。
キャビンタイムは、その日に学んだことをキャビンメートと一緒に学ぶ時間です。クワイエットタイム(静思の時)は、キャビンタイムとほぼ同じですが、ディボーションのときを個人で持ったり、グループで時間を持ったりすることができます。
ビクトリーサークルでは、キャンプファイヤーを囲んで、希望者が前に出て、マウントハーモンに参加する前の信仰と、キャンプに参加したことによってどのようにかえられていったかなどをシェアしました。
星空の下での賛美も印象的でした。とても寒かったけど、神様の創造された星空の下で、賛美をするという経験もとてもよかったです。最後には、キャビンリーダーが祈ってくれました。
マウントハーモンで、このようなすばらしい経験をできたのも、家族を始め教会の皆さんのサポートのおかげです。また来年も参加したいと思います。

最後になりましたが、サポートしてくださった皆さんに心から感謝します。このマウントハーモンユースキャンプを、もっと多くの人に知っていただきたいと思いますので、皆さんも是非このキャンプについて、多くの人とシェアしていただければと思います。
ご精読ありがとうございました。
(LVJCCユース/スティンソン 美夏)
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