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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今回は、ラスベガスでよく使うスーパーマーケットをご紹介します。ラスベガスには、人口200万人以上が住んでおり、ラティーノとアジア人の割合が高めなインターナショナルな街であります。世界中から集まった人種の人達が買い物を出来る場所に今日は行ってきました。

日本の食品はもちろん、アジアは韓国、中国、台湾、ヨーロッパからは本場のパスタの粉、サラミ等の食品から、鍋や炊飯器、シャンプーなどが手軽な値段で手に入れることができます。年会費の10ドルが必要ですが、一度支払えば好きな時に買い物ができ、買い物の度に5%会員割引になります。

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私は、実はお米にはこだわりがあり、今まで色々なお米を食べくらべてきました。
にしき、コシヒカリ、あきたこまち、ゆめ、玉錦、たまきGOLD等の種類がありますが、その中でも、一番「たまきGOLD」がお気に入りです。味も香りもダントツによく、通常の日本のお米よりも水分量が少ないアメリカ米(アメリカ産の日本米)に比べて、水分量が日本米と同じくらい多く、何よりも一度炊いた炊飯器に長い間置いてもお米の色が変わらないのがこの品種のお米でした。この品種のお米が安く買えるのがここインターナショナルマーケットプレイスなのです。他にも、鶉の卵を茹でて、味付け卵にして、娘のお弁当に入れたりしますが、とても好評です。

写真 3
          (マーケットで購入した品で作った料理の数々)
今年でラスベガスに住み始めて私は10年になります。20年前のラスベガスには日本食=寿司しか知られておらず、30軒ほどであった日本食レストランも今やラーメン、居酒屋などの店の200軒を超える日本食レストランが存在しているのです。そんな数字からも、ラスベガスの日本人コミュニティーのかなりの成長具合が伺えるのです。

過去に「なぜ、私はラスベガスにいるのか」考えた事がありますが、答えは私にはわかりません。ただ神様が備えた良き未来を見ながら、食を楽しみながら、今日も邁進していこうと思います。

「私たちは神の作品であって良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いにあゆむように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。エペソ2:10」

(ブログ制作チーム:Sao)

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2014.04.30 20:56 | 証し
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世界にある赤十字社とその働きの精神とは、主イエスが人々を救うために十字架にその身をかけて死なれた、尊い愛にならうものでしあると言われています。それと共に思い浮かべるのは、ナイチンゲールです。彼女の働きの感化なくして、赤十字の働きは起らなかったかもしれません。

今から約160年前の1820年5月15日、イタリアの花の都とたたえられたフィレンツェで彼女は誕生しました。父は英国の貴族で財力にも教養にも富んだ人でした。それで生活を楽しむために、この都に逗留中に生まれた子なのでフローレンスと名づけたのでした。彼女は幼少の頃より心の優しい性質で、犬や猫などの動物をよく可愛がったので、動物たちは足音を聞いただけで、彼女の足元に飛んできたということです。あるとき、いたずらっ子に足の骨を折られて死にかけていた犬を見て「見離してしまうのは可愛そうよ。私が看病をしてなおしてあげましょう。」と言って、傷口を洗ってやり、自分の衣服を引き裂いて包帯をしてあげました。それから毎日、手当てのために出かけて行き、そのかいあってとうとう犬は元気になりました。また彼女は、近所に子猫が生まれたと聞けば見舞いに行き、散歩のときは胡桃を持って出てリスに食べさせました。近所に病気の人がいると聞いたりすると、まっ先にお見舞いに出かけるのでした。このように幼少の頃から弱いものをかえりみる心が、彼女の天使とも呼ばれる尊い働きへと導いたのです。

彼女は17歳になったとき、「世の人々のために奉仕をしなさい」との神のみ声を聞きました。そこで、自分はどのような形で奉仕をしたらよいのか、その一事を考え祈り求める毎日が続きました。そして当時すでに、監獄改良や貧民学校の働きをして有名だった、あのエリザベス・フライ女史や、盲唖学校を起こして活躍中のサミュエル・ハウ氏に会って、色々と教えや助言を受けました。しかし、彼女の心に最も強く迫ってきたのは病人の姿でした。当時はまだ看護師という職業はなく、病院の治療はとても手荒でおそまつなものだったのです。こうして、病人を看護する道こそ自分に与えられた天来の使命があると信じるに至りました。1851年には、ドイツのカイザースウェールで、初めて実際に看護の経験をすることができました。さらに2年後、今度はその経験を見込まれて、ロンドンのハレー街にある婦人救療院を建てなおす仕事について、見事にこれを成功させました。

1854年3月、大国ロシアがトルコを占領するため戦争となりました。フランスとイギリスはトルコを支援したので、大戦争に発展しました。イギリスの兵士は負傷者も続出し、野戦病院は満員の状態でした。手当も受けれずに死にかけている者、苦しみ呻いている者など、この悲惨な様子がタイムズの特派員によって報道されると、フローレンスはじっとしておれなくなりました。そこで彼女は陸軍大臣に手紙を出し、「私が看護婦として出かけましょう」と申し出ました。実は陸軍大臣のシドニー・ハーバートも、これはフローレンスの他に適任者はいないと考えて、依頼の手紙を出したのでしたが、ちょうど行き違いになったのでした。そのため、これはやはり神のお導きであると確信に立ち、その年の10月21日、みずから看護婦長となり38人の看護婦を連れてクリミアに出発しました。

彼女はお嬢さん育ちで、その上体質も弱い方でしたが、負傷兵の苦しみを見てはじっとしておられず、朝早くから夜遅くまで働き続け、あるときなどは1日20時間以上も立ち続けていました。こうして1ヶ月間に、実に5千人以上の兵士たちを看護したのです。夜も十分眠れない中で、時には死にかけた兵士が一目彼女に会いたいと言いますので、夜中の2時、3時に起き出て、その遺言を聞いてあげたり、慰めの言葉をかけたりしました。このような心のこもった看護の姿に接して、兵士たちの間で誰ということもなく「クリミアの天使」といわれるようになりました。

2年ばかりで戦争は終わり、軍人たちは故国へ飛ぶように帰って行きます。イギリスでは敵味方の別なく救援看護を続けたナイチンゲールを、今や遅しと待ち続けました。そして彼女を大英雄を迎えるように、熱狂的な感謝を国民挙げてささげる手はずでした。そのしるしとして、当時のお金で4万5千ポンドという大金を寄贈しました。人々の賞賛を避け、そっと1人で帰国した彼女は、1860年7月、そのお金を基にして聖トマス病院にナイチンゲール看護学校を開設しました。近代看護というのは、実にこの時から始まったともいえるのです。彼女の働きは実際的な病人看護と共に保健衛生の向上や、病院管理といったことにまで及びました。

「たとい、私が人の異言や、御使いの言葉で話しても、愛がないなら、やかましいどらや、うるさいシンバルと同じです。また、たとい私が持っている物の全部を貧しい人たちに分け与え、また私のからだを焼かれるために渡しても、愛がなければ、何の役にも立ちません。第一コリント13:1、3)

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.04.27 19:20 | 信仰者シリーズ
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今日は、”復活”について考えてみました。

去る4月20日の日曜日はイースターでしたが、イエス・キリストの復活を世界中が祝ったことでしょう。日本人にとってイースターはクリスマスのように馴染みのあるものではありませんが、キリスト教信仰におけるイースターの意義はクリスマス以上のものがあると言っても過言ではありません。

ところで、”復活”と一言で言っても、それはイエス・キリストの復活だけではなく、聖書には幾つもの復活に関する言及があります。そのうちの幾つかは既に起こったものですが、他のものはこれから起こることになっている復活です。

つまり、聖書はすべての人が、それぞれの立場に基づいて、幾つかの定められた時と場所で死から復活し、その存在は永遠に続いていくことをはっきりと教えているのです。

それでは、いったいどういう復活の記述が聖書にはあるのでしょうか?

1.イエス・キリストの復活

聖書に記されている最初の復活は、イエス・キリストの復活であり、旧約聖書では預言として書かれ、新約聖書では歴史的事実として(福音書)記録されたり、神学的観点から(使徒行伝、書簡)扱われています。キリストの復活は、キリスト教を支える大黒柱であり、コリント人への第一の手紙15 章に示されているように、キリスト教の信仰と希望のすべてがそれにかかっています。

2.エルサレムの聖徒たちの復活

マタイの福音書27:52-53によれば、キリストの復活の際に、「墓が開いて、眠っていた多くの聖徒たちのからだが生き返った」と記録されています。これは死に対するイエス・キリストの復活の偉大な勝利を証明する出来事であり、またそのしるしであったと言えます。

53節を見れば明らかですが、この人たちは、キリストの死の際に墓は開かれましたが、キリストご自身が復活されるまでは復活しませんでした。なぜなら、聖書はキリストの復活を初穂としているからです。また、この復活は明らかにラザロたちの復活とは違ったものです。彼らは死から生き返りましたが、また死んで墓に葬られました。しかし、ここで復活した人たちは二度と墓には戻ることはありませんでした。

3.教会の復活

キリストにあって死んだ人々は、携挙の際に死からよみがえり、生きているクリスチャンたちと共に一挙に引き上げられ、空中で主とお会いし、天に行くことになっています(第一テサロニケ4:13-18)。この時、携挙された人々はみな永遠に朽ちない栄光の体(復活の体)を与えられ、肉体の贖いが完成し、もはや自分の中に罪の性質がないことを自覚的に知るのです。

4.旧約聖書の聖徒たちの復活

ダニエル書12:1-2によれば、患難時代の後、つまり千年王国設立の前に旧約聖書の聖徒たちの復活があるように記されています。また、イザヤ書26:19-21では、彼らの復活はキリストが世をさばくために来られる時、つまりキリストの地上再臨と関連して記されています。

5.患難時代の聖徒の復活

黙示録20:4-5によれば、患難時代に殉教者として死んだ人たちが千年王国設立の前に死から生き返り、キリストと共に千年王国を治めることになっています。

6.不信者の復活

黙示録20:4-15によれば、キリストによる救いを拒否した人々が白い御座のさばき(最後の審判)の前に立つために死から復活することが記されています。彼らは、この厳粛なさばきを受けるために復活し、肉体をもって永遠のさばき(地獄)に入れられるのです。

このように、復活は信者と不信者に関係なく、すべての人が経験する重大な出来事です。信者にとっては永遠の希望であり、輝かしい復活も、不信者にとっては永遠の滅びに至る恐ろしい出来事です。人は誰でもこの厳粛な事実を軽く受け止めず、もっと真剣に耳を傾けるべきです。

かつて英国の首相であったグラッドストンは、「私はこの時代に、偉人と呼ばれる95人の人を知っているが、その中の87人は聖書を奉ずる人であった」と言っています。

たとえ非現実的なものに思えても、自分を知者だと思わず、世界の三分の一の人々が信じ、世界の多くの優秀な人々が信じている復活の事実に、あなたも一度、向き合ってみませんか?

今日の一言: 多くを知れば知るほど、イエス・キリストの復活を疑う余地がなくなる。


平安
鶴田健次


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2014.04.25 11:18 | 鶴田健次牧師より
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4月20日(日)は、イースター日英合同礼拝が執り行われました。今年のイースターは、例年よりも暖かい陽気で、日本語を話す方だけでなく英語圏の方も多くの方が教会に足を運ばれました。

今年のキリストの復活祭イースターには、りえ子姉妹の洗礼式が行われ、また1人の魂の救いがなされました。りえ子姉妹は、数年前から踊りを初め、教会に来てくださっており、ポットラックの時もおいしいお料理を持ってきてくださったりし、仲良く交わりをさせていただいていました。そんな姉妹は、ネリスのスモールグループの集会に毎週集い、いつの日からか、イエス様の存在を考え始め、信じるに至り、このイースターという良き日に洗礼の実を結ぶ恵みを受け取ったのです。洗礼式の約1週間前に信仰告白もしっかりとなさり、洗礼式では姉妹のこれからのクリスチャンとしての硬い決意が現れるている様でした。

洗礼式の後には、子供達の劇の発表もありました。イエス様の空のお墓を発見したところから始まり、子供達がイエス様が仰られた御言葉を暗記して、発表しました。

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「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」「わたしは道であり、真理であり、命である。」「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」「互いに愛し合うのであれば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」「わたしは世の終まで、いつもあなたがたと共にいる。」

下は4歳から上は9歳までの子達が劇には参加し、日常ではあまり使わない聖書のみことばを日本語で一生懸命に覚えました。その中で、長いセリフを覚えた大きなお兄ちゃんお姉ちゃんも、本当に素晴らしかったです。この暗記した御言葉とサンデースクールで聖書を通して学んだことが軸となり、将来子供達の人生の中で輝くことができるように、私も劇を見終え、強く願う親の一人でした。

そして、皆が待ってた(!)LVJCCゴスペルフラが催されました。フラダンスの先生のジョアンの穏やかな声と共に始まったフラの音楽。音楽に乗り、華やかな衣装に身を包んだゴスペルフラの皆様が登場しました。

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この日に洗礼を受けたりえ子姉妹もメンバーのお一人です。踊っている皆様の表情、しなやかな動きが、見ているわたし達の目と耳と共に、安らかな心にしてくださいました。合計3曲を発表してくださいましたが、この練習を積まれた皆様の努力と、情熱に感謝いたします。

このイースター礼拝を通じてイエス様が仰られた「私を信じるものは死んでも生きる」というメッセージを頂きました。私達は罪人であるが故に、弱さや裏切りや愛をもてない時もあります。また罪のゆえにいずれ死も迎えることになってしまいますが、イエスを信じることで、イエスが甦られたように自分も永遠の命を持てると聖書に書いてあるのです。

イエス様が死ななければならなかったのも、私の中にある罪の為であり、それ以外に私達を罪から救う方法はなくかったからです。また、世界中の誰一人ともこぼれる事なく、救いの道に進むことを神様が望んだからなのです。その大きな大きな犠牲が十字架の出来事であり、死からの復活による究極の希望を改めて心に刻んだイースターとなりました。

「わたしはよみがえりであり、命である。わたしを信じる者は、たとい死んでも生きる」

(LVJCCブログ制作チーム:Sao)

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2014.04.23 13:28 | 特別礼拝 / 集会
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今日は、”天職を見出す生き方”について考えてみました。

先日、旧約聖書のルツ記を読みながら、以前にも教えられたことのある”天職を見出す生き方”について改めて考える機会を得ました。

ルツ記というのは、イスラエル史において敗北の時代とも言える士師時代の初期の頃に生きた、ルツという異邦人の女性の物語です。彼女はモアブという地の出身で、結婚前は神を知らない女性でした。ところが、イスラエル人である夫や姑を通して真の神を信じ、素晴らしい信仰の人になるのです。

士師時代というイスラエルの暗黒時代の中で、どんな苦境の中にあっても神と人とに忠実に仕えるルツの生涯は、まさに砂漠にわき出るオアシスのように、この書を読む者の心を慰めてくれます。

若くして夫に先立たれたルツは、自分の国に帰って幸せに生きるようにという姑ナオミの心遣いにもかかわらず、ナオミに仕えて生きることを決意し、ナオミと共に夫の故郷ベツレヘムにやって来ました。ルツはベツレヘムで、裕福なナオミの親戚であるボアズの畑で落ち穂を拾って生活をするようになります。ナオミはルツとボアズの結婚を願い、ルツにプロポーズの仕方を教えます。そこで、ルツはその事を実行し、ボアズは正式な手続きを経て、ルツと結婚をする、というのがルツ記の物語のあらすじです。

「彼女ははからずもエリメレクの一族であるボアズの畑の部分にきた。」(ルツ記2:3b)

この言葉は、ルツ記を代表する言葉で、ルツの人生に転機をもたらしたものです。姑ナオミの故郷ベツレヘムにナオミと共に帰って来たルツでしたが、彼女たちの生きる道はまさに前途多難でした。特にルツにとっては右も左も分からない初めての土地でどうやって生きていけばよいのかも分からない中、姑ナオミの親戚に助けを求めるのでなく、ただイスラエルの神に信頼し、自分にできることを一生懸命にしました。それは誰かの畑に行って落ち穂を拾い集めることでした。

もちろん彼女には生きる道がはっきりと見えていたわけではありませんが、落胆せずに、今自分にできることを探し実行したのです。体裁を気にせず、熱心に自分にできることをして働きました。そして、それが契機となって彼女ははからずもナオミの親戚であるボアズという有力者に出会うのです。しかしそれは神が摂理の中で導かれたことでした。

ルツがボアズの畑に行った時、ちょうどボアズがその畑にいました。ボアズは熱心に働くルツに関心を持ち、彼女がナオミの息子嫁のルツであることを知ると、彼女の食糧のためにその畑で思う存分落ち穂を拾い集められるようにしました。

ルツがこのようにボアズから好意を受けるようになったのは彼女のうわべが美しかったからではなく、彼女が夫が死んだ後その姑に行なったすべてのことと、主の翼の下に避け所を求めて来た信仰に深い感銘を受けたからでした。

やがてルツはボアズと結婚しオベデが生まれ、オベデからエッサイが生まれ、エッサイからダビデが生まれ、異邦人の女であったにも拘わらず、イエス・キリストを生み出す家系の一員とされるという光栄にあずかるのです。

今日の一言: 今できる事を一生懸命にすることが天職を見出す道である

平安
鶴田牧師

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2014.04.18 09:03 | 鶴田健次牧師より

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