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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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ラスベガスも夏時間になり、日も長くなりました。陽気はポカポカ暖かくなり、梅の花が咲き始め景色も春らしくなってきました。
長い過酷な夏のラスベガスの春は短く、夏がやって来る前に、ラスベガス快晴なピクニック日和な過ごしやすい日が続きます。
私は自然に足を運びたいと思い、レッドロックキャニオンとバリーオブファイヤーへ行ってきました。
レッドロックキャニオンは、以前にトレイルを歩いたことがあったみどり姉妹に案内していただきました。

ラスベガスストリップから西に向かい215のCharlestonを更に西に進む所に位置するState Parkです。車1台につき10ドルを払い、中に入りました。ビジターセンターも新しく、とても綺麗でした。平日でしかも朝早かったのですが、人は結構いました。

この日は天気が良かったせいか、サイクリングを楽しむ人でも賑わっていました。ストリップから近いため、たくさんの方が運動や自然散策で訪れていました。

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私達は、ビジターセンターを出発し、最初にトレイルに来ました。私達は、初心者だしと言うことで、1時間ちょっとで戻れる短いトレイルを選びました。

ところが、その1時間で戻れるはずのトレイルの途中で道に迷い、あれあれここは何処とばかりに歩きつづけた辺りを見回すと、さすがに少し変だなと思ってきました。その時に、ちょうど目の前に日陰と腰掛けがある角張った岩が出現しました。

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歩いてから1時間、疲れも出て、お腹もすき始めた頃だったので、ちょうど良いとばかりに、二枚岩の影になっている岩まで上り、姉妹と一緒に腰を掛け、持参したお弁当を頬張りました。

道を間違ったのには、少しヒヤヒヤしましたが、迷った所で、偶然にも出会った景色は絶景でお弁当もお茶も何倍も美味しく感じました。

レッドロックキャニオンに来て、改めて神のみわざの凄さを感じた一日でした。

(LVJCCブログ制作チーム:Sao)

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2014.03.19 09:09 | 証し
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ジョン・バンヤンは、1628年11月30日、イギリス中部のベッドフォードの近くにある、小さなエルストウ村で誕生しました。父は貧しい鋳掛屋だったため、小学校の勉強さえあまりさせてもらえず、その上にガキ大将で通っていました。このような腕白な少年時代をすごした彼も、時々ささいないたずらをした後で、激しい罪悪感を覚えることもありました。

その頃のイギリスは清教徒(ピューリタン)が政治力をもっていました。1644年に内戦が起こり、バンヤンも政府軍に入隊して戦いました。翌年には勝利のうちに軍隊は解散となりましたので、家に帰り、2-3年後に信仰心の篤いつつましい女性と結婚しました。この妻は、自分の父の形見として聖書と信仰書の2冊を持ってきました。それで彼はこの書物を熱心に読むうちに、求道心が起り始めました。国教会に出て信仰生活に精進しましたので、いつのまにか「イギリスでは私ほど神に喜ばれる人間はいないだろう」と自負する有様でした。

ある日、彼は鋳掛屋の仕事をしながら、ベッドフォードの町を歩いていると、女性達が数人立ち話をしているのを耳にしました。それは生まれながらの人間は、いかにみじめな者であるかとか、新生することはどんなに素晴らしい喜びであるかとか、魂の内にある神の平安とかいうことでした。

外面ばかりを考えていたバニヤンにとって、これは新しい話でした。それでもう一度真剣に聖書を読み、またその頃知り合ったバプテスト教会の、ギフォドという人からも色々と教えを受けました。自分の内側が神の光に照らされたとき、あまりにも醜いのに気づかされて大変嘆きました。「こんな罪深い人間として生まれるよりも、あの枝の上の小鳥か、池の蛙に生まれたほうが良かった」と思わずにおれませんでした。しかし、ついに主の十字架によって、すべての罪が赦されるのであることがわかりました。地獄だけが自分の行くべき場所だと思っていたので救われた喜びは一通りではありません。

バンヤンは、国教会からギフォドのバプテスト教会に属することになりました。それと共に救いの喜びを伝えずにはおれなくなり、人々の求めもあって、教会で説教しはじめました。彼の話は実際の体験に裏づけられた上に、深い聖書の理解と共に豊かな想像力がともない、誰にでもよくわかりました。

ところがその頃、清教徒による共和政治がくずれ、王政復古となりましたので、それまでの厳格な清教主義の反動が起り、あちこちで迫害が開始されました。その一つは、国教会外の、聖職者の資格を持たない者が説教をすることの禁止でした。バンヤンはそのカドで逮捕され牢獄の人となりました。もし説教を二度としないと誓えば、赦してやろうと言われても「私は今日牢獄から出たら明日からまた説教をする」と主張しますので、これがために12年間も獄中で過ごさなければなりませんでした。この間に彼は、徹底的に聖書を読みふけりました。それと共に10冊余りの書物を書き、この中に「溢るる恩寵」という優れた内容の本も含まれていました。

1672年に一度釈放され、しばらくしてまた逮捕され、今度は半年獄中で過ごし、この時に「天路歴程」が書かれたのでした。これはミルトンの「失楽園」と共に、ピューリタン文学の双璧、また英国文学の祖ともたたえられています。獄中という逆境の中で、ひたすら聖書を学びこの大いなる働きをなしとげたのです。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.03.16 22:28 | 証し
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今日は、”霊的成長”ということについて考えてみました。

以前からもそうですが、最近また特に、霊的成長には時間がかかるということをしみじみと考えさせられましたので、その事を皆さんと分かち合いたいと思います。ノンクリスチャンの方には少し解かり難いと思いますので、もしそうであればお許しください。

『あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださることを私は堅く信じているのです。』(ピリピ1:6)

私たちが大人になるには何年もの時間が掛かります。果物も成長して熟するまでには時間が掛かります。同様に、私たちが御霊の実を結ぶのにも時間が掛かるのです。つまりキリストに似た性質を身につけることは急にはできないことで、霊的成長は、体の成長と同じく時間のかかるプロセスです。

もし果物を急速に熟れさせようとしたら風味を失います。アメリカでは、トマトは通常、店に出荷される間に傷が付かないように熟れる前に収穫します。それから、売る前に青いトマトに炭酸ガスをかけて赤くしてから店頭に並べます。炭酸ガスをかけたトマトは、食べられますが、ゆっくり熟した完熟のトマトの風味と比べれば比較にならないほど味気ないものです。

私たちはいかに早く成長するかを気にしますが、神は私たちがいかにしっかりと成長するかに心を配られるのだということを最近はよく考えます。神は私たちの人生を永遠の観点からご覧になり、また永遠のために用いられるので、決して急いだりはなさらないのです。

レイン・アダムスは、第二次世界大戦の際にアメリカの連合軍が南太平洋の島々を解放するために用いた戦略と霊的成長のプロセスを比べています。まず最初に、連合軍は沖合いの軍艦から敵の本拠地に砲弾を浴びせることで敵の抵抗を弱め、島の“軟化政策”を決行します。

次に、海軍の小隊が島に侵入し、彼らが支配できる島の小さな部分に上陸拠点を設置します。いったん上陸拠点を確保できると、彼らは少しずつ島全体を解放させるための長期戦に移るのです。そして、最終的に島全体を管理下に治めるのですが、犠牲の伴う戦いは避けられません。

アダムスはこの事を捉えて霊的原理に当てはめています。回心の時、キリストが私たちの人生に侵入される前に、しばしば私たちに手に負えない問題を生じさせることで、私たちの心の“軟化政策”を決行されることがあるのです。キリストが最初に心のドアをノックされる時、ある人々はそこでドアを開けますが、ほとんどの人々は抵抗します。私たちのこの回心前の経験について、イエス・キリストは、「見よ。わたしは戸の外に立って叩く」(連合軍の戦略で言えば”砲弾を浴びせること”)と言われるのです。

私たちがキリストに心を開いたとき、神は私たちの人生に”上陸拠点“を得られます。その時、私たちは自分の人生をキリストに委ねたと思いがちですが、実は私たちは自分の中にあるどれだけ多くの領土をキリストに明け渡していないかに気付いていません。私たちは自分の中にある明け渡すべき領土に気付いた部分しか明け渡すことができないのです。

しかし、いったんキリストに上陸拠点を与えると、キリストはあなたの人生のすべてをご自分のものとされるまで、ますます多くの領土を占拠するための戦闘を始められます。これが聖化のプロセスです。ですから、そこには数々の葛藤や戦いがあります。しかし素晴らしい結果が伴うことは疑いの余地がありません。『あなたがたのうちに良い働きを始められた方は、キリスト・イエスの日が来るまでにそれを完成させてくださる』からです。

今日の一言: 霊的成長は時間のかかるプロセス

平安
鶴田健次

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2014.03.14 10:52 | 牧師室より
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2011年10月7日に、初めてのアガペフェローシップに続いて、第2回目のアガペ・フェローシップが2014年3月14日に持たれ、山口ファミリーを励ます目的で、 御家族で経営されているレストラン“寿司山口”にまたまたお邪魔しました。

山口家のお父さんであるマーク兄弟は2010年3月7日に奥様の愛子姉妹と共に救われ、5歳の愛都(あいと)くんと3歳になる州海(すかい)くんの男の子がいます。

州海くんの方は、生まれつき心臓の疾患があり、生まれたばかりの小さい体が手術に耐えた時期、炎症を起こして安静が必要だった時期、ギブスをはめていた時期などを経て、今、州海くんは元気に3歳になりました。

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この日も子供達は共に笑い遊び、私たち大人たちも楽しい会話でひと時を過ごしました。

注文したお料理の方もとても充実して美味しかったです。私はこのお店を8年以上知っていますが、この日は今まで食べたことのないものをオーダーしました。2つ選べるコンビネーションで、その中からサバとカキフライをチョイスしました。これがとても美味しかったです。隣を見ると、私と同じものをオーダーなされていた兄弟は、ご飯が進んだようで、たくさんおかわりをなさっていました!

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他にも、キムチ豆腐をオーダーしていた姉妹も、美味しいキムチ(マーク兄弟特製の手作りキムチ!?)を皆に一口ずつシェアしてくれたりと、とても和気藹々とした食事会になりました。食べ物は美味しく、更に会話も盛り上がり、素晴らしい時を過ごせました。

これも、アガペフェローシップの上に主が働いてくださり、有志の方11名の参加を可能にしてくださったこと、そして、交わりを充実し祝福してくださったことを心から実感した感謝な夜でした。

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最後に、楽しい交わりの後、手作りメッセンジボードに一人一人のメッセージを書き、山口ファミリーへ送らせていただきました。

山口ファミリーをわたし達の教会に与えてくださったことを主に感謝致します。そしてこのフェローシップを通して、私達も更にあなたの愛の中で兄弟姉妹たちとの交流が深められたこと、感謝いたします。

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「子どもたちよ。私たちは、ことばや口先だけで愛することをせず、行ないと真実をもって愛そうではありませんか。」(ヨハネの第一の手紙 3章18節)

(ブログ制作チーム: Sao)


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2014.03.12 15:14 | 証し
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今日はノートルダム清心学園理事長・渡辺和子先生の講和「善き死のために」をお送りいたします。

神様に造られた被造物としてまた不完全な人間として、私達は様々な条件のもとでしか生きることしかできません。遺伝、環境、その中で各自が自分らしい人格性を作っていきます。生まれつき体が弱い方、のぞまない環境に生まれたかた。これらはみな与えられた条件です。では人間はこのような遺伝、環境の産物なのかと言えば決してそうではありません。ビクターフランクルが言いましたように、人間には遺伝、環境を超えた自由があります。人間の持つ自由は諸条件からの自由ではなく、それら諸条件に対して自分のありかたを決める自由であって、他の動物には与えられていない人間の尊さの由縁です。また人間はその自由を使い、善い事も悪い事もできる自由と言ってもいいかもしれません。

人間がおかれている諸条件の中で誰しにも平等に与えられている一つの条件があります。それはいつか死ななければいけない死、という条件です。死があるから私達は死ぬまでにこれだけはしておかなければいけない、という優先順位をつけることもでき、死はすべて悪いものではありません。私達の教会は11月を「死者の月」と定めて、普段考えようともしない遠ざけようとしている死について、考えさせてくれます。キリスト教では死は必ずしも忌避するもの、嫌なもの、すべてが無になるものではありません。キリスト教では死は新しい命に入ること、キリストが約束してくださった永遠の命への門出でもあります。

使命という言葉があります。わたしたち一人一人、使命をいただいて生まれてきました。「命を使う」と書きますが、私達の人生が苦しみ、悲しみ、成功、失敗、いろいろなことに満ちていようとも、私なりに自分の命をつかったときに、私は私の使命を果たして、神様の御許へ旅立っていく。英語で「Going home to God」という言葉で表しているように、私達の魂の故郷である天国へ神様の御許へ永遠の命へと旅立っていく、それがキリスト教の死であります。自分がいつ、どこで、どのような死に方をするかは、誰にもわかっていません。いつ死がおとずれてもいいように、「死者の月」というのが設けられて、私たちにその準備をさせてくれます。キリストは生きていらっしゃる間に、たびたび死について、遠いところに旅立った主人が思いがけないときに帰ってきたという喩えで語っていらっしゃいます。帰ってきた主人が留守中の僕たちの仕事ぶりや生きかたを評価・査定するのです。ですから私たちは死がいつおとずれても慌てないですむように、準備していなければいけないのです。

アロイジロという聖人がいました。若くして亡くなった修道者でしたが、まだ16歳くらいだったころ、友達と遊んでいると先生が来て「今から30分後に死ななければならないとしたらどうする?」とたずねました。少年たちが口々に「母にさよならを言いに行く」「部屋を掃除してくる」「チャペルにお祈りをしに行く」と言う中でアロイジロだけは平然と「僕は今のまま続けています」と言った話があります。このようにいつ死がおとずれても慌てふためなくてもいい自分でありたいと思いますが、なかなか難しいことです。
私は大きな死のリハーサルとして小さな死を自分の生活の中で実行しようとしています。嫌なこと、辛いこと、したくないこと、つまり自分にとって死と思える小さなことを喜んで、口のなかで「小さな死」とつぶやいて、笑顔ですること、それが大きな死を迎えるリハーサルないではないかと思っています。

私は18歳の時に洗礼を受けて、祈りを習いました。そのお祈りの中で「罪深い私達のために今も、死を迎えるときも、祈ってください。」という言葉がありました。若い時の私は、臨終の時も祈ってくださいと、なぜ今から頼まなければいけないのか不思議に思ったことがありました。しかし歳をとって、死を身近に感じるようになり、自分にとっていちばん大切な瞬間は死を迎える瞬間であり、その時にこそ先のお祈りを必要とするのだとしみじみ感じております。「人は生きたように死ぬものだ」という言葉がありますが、私は必ずしも生きたように平安なうちにお亡くなりになった方ばかりを見てきませんでした。私の父にしても、決して悪い生活をした人ではないと思いますが、43発の弾を受けて血みどろで死にました。

キリストがゴルゴタの丘で十字架でつけられた時にその傍らに二人の盗賊が十字架につけられていました。一人の盗賊は最後までキリストの悪口を言い、口汚く罵っていました。もう一人の盗賊は回心して、キリストに向かって「あなたが御国においでになるときは私は思い出してください」と頼みます。苦しい息の下でキリストは「はっきり言っておく今日あなたは私と共に楽園にいる」とお約束なさいました。十字架につけられるほど悪行を重ねた盗賊です。それが回心することによって「今日わたしとともに楽園にいる」という約束を頂いています。私達が外から見て「ずいぶん惨たらしい死だ。必ずしも生きたように死ななかった」と言っても、私達が知らない、神様とその人との約束があるのだと思います。十字架につけられた人々を遠巻きに眺めていた群集たち、その人たちの目にはまことに惨たらしい情景にしか映らなかったと思います。しかしその中で交わされたキリストと善き盗賊との会話は誰も知らなかったのです。

私たちも考えたくない死かもしれませんが、いつおとずれるかわからない死の準備をアロイジロのようにできなくても、しておきたい死のリハーサルとして小さな死を日々実行したい。そして「今も、死を迎えるときも、祈ってください」という祈りを唱えて善き死を迎えたいと思います。

(LVJCCブログ制作チーム:Kao)

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2014.03.09 22:33 | 証し

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