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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、“子供が一番欲しいもの”ということについて考えてみました。

ところで皆さんは、自分の小さな子供が何を一番欲しがっているかを考えたことはありますか?オモチャでしょうか?コンピューターゲームでしょうか?それとも美味しいチョコレート?

そうではありません。小さな子供は、お父さんとお母さんと一緒にいることを何よりも欲しているのです。彼らはお父さんとお母さんが傍に居てくれれば、愛されていることを確認し、安心感を覚え、自分が価値のある人間であることを信じるようになります。

ですから、親が子供を愛するということは、時間を使わないで子供が欲しい物を買い与えることではなく、何よりも時間という大切なものを犠牲にして子供と一緒に過ごすことであり、そこに親子が深い絆で結ばれ、同時に、その子供が肯定的な自己像を持つに至る大切な要因があるのです。

そして、その自己像が、いわゆる人生脚本として、その子の一生を支配し、大きく左右していくことを考えれば、子供と過ごす時間の大切さは、どれだけ強調してもし過ぎることはないのです。

ある日、5歳になる娘を持つ父親が、その日も仕事で疲れきって遅く家に帰ってきました。すると、彼の娘がドアのところで待っていたのです。父親は驚いて言いました。

父: まだ起きていたの?もう遅いから早く寝なさい。
娘: パパ。寝る前に聞きたいことがあるんだけど。
父: なんだい?
娘: パパは1時間にいくらお金をかせぐの?
父: そんな事、お前には関係ないことだよ。

仕事で疲れている父親はイライラして言いました。

父: どうして、そんなこと聞くんだ?
娘: どうしても知りたいだけなの。1時間にいくらなの?

女の子は嘆願しました。

父: あまり給料は良くないよ・・・20ドルくらいかな。ただし残業代は無しだ。
娘: わぁ。

女の子は言いました。

娘: ねえ。パパ。私に10ドル貸してくれない?
父: なんだって!

疲れていた父親は怒ってしまいました。

父: お前が何不自由なく暮らせるためにお父さんは働いているんだ。それなのにお金が欲しいだなんて。ダメだ!早く部屋に行って寝なさい!

女の子は、黙って自分の部屋に行きました。しばらくして父親は後悔し始め、少し厳しく叱り過ぎたかも知れない…。きっと娘はどうしても買わなくてはいけないものがあったのだろう…。それに今まで娘は一度も何かをねだったことなどなかった・・・。

父親は娘の部屋に行くとそっとドアを開けて、小さな声で言いました。

父: もう寝ちゃったかい?
娘: ううん。パパ!

娘は少し泣いているようでした。

父: 今日は長いこと働いていたし、ちょっとイライラしてたんだ・・・。ほら。お前の10ドルだよ。

娘はベットから飛び起きて顔を輝かせました。

娘: ありがとう。パパ!

そして、小さな手を枕の下に入れると数枚の硬貨を取り出しました。父親はちょっとびっくりして言いました。

父: おいおい。もういくらか持ってるじゃないか。
娘: だって足りなかったんだもん。でももう足りたよ。

娘はそう答えた。そして10ドル札と硬貨を父親に差しのべて、

娘: パパ!私20ドル持ってるの。これでパパの1時間を買えるよね?

今日の一言: 愛するとは時間を使うこと

平安
鶴田健次

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2013.05.14 21:48 | 鶴田健次牧師より
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5月12日(日)、母の日礼拝が執り行われました。 この母の日礼拝では、直美姉妹によるお証しが持たれました。 直美姉妹は、私たちの教会員の香織姉妹の双子の姉妹であり、7年半前に洗礼を受けられました。お父様のお仕事の都合で、数々の土地に引越しをする幼少時代を過ごされた直美姉妹でしたが、アメリカ留学を経て、香織姉妹のいるラスベガスに来る機会を与えられ、ラスベガス日本人教会で洗礼を受け、その後、カリフォルニアを経て日本に移られました。そんな直美姉妹が今回のラスベガス滞在中に神様に出会ったお証しを語ってくださいました。

姉妹の証しの後、マタイの福音書13:44-52の聖書箇所より「何よりも大切なもの」と題して、鶴田牧師よりメッセージが取り次がれました。(直美姉妹の証しは、来週の水曜日掲載予定!)

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礼拝後には、母の日のために練習をつんだ幼稚園クラスの歌の発表がありました。幼稚園クラスは、ジャズミンとジョナサンの二人での発表だったので、緊張していたのでしょう。二人とも、初めは顔を真っ赤にしてか細い声で歌っていましたが、だんだん声が大きくなり、最後には立派に歌い上げることができました。

ナーセリークラスの愛子ちゃんとありさちゃんの二人からは、母の日のために一生懸命作ったクリップが会衆のお母さまたちに配られました。可愛らしい有志の姿に、私たちも笑みがこぼれました。

その後、ユースクラスからのファンドレイズの昼食がありました。メニューは、ハム、ターキーサンドイッチ、ベジタブルスティック、ご飯、クッキー、ドーナツ、フルーツなどの盛りだくさんメニュー!そして、なんと母の日なので、無料。ハート型でくりぬかれたサンドイッチは、子供たちのアイデアがたくさん詰まった愛情がたっぷりの昼食でした。

ナーセリー、幼稚園、ユースクラスと子供たちの気遣いが嬉しい一日でした。

教会にも多くの“お母さま“がいらっしゃいますが、日頃から影・日向となり、愛餐会などで美味しいお料理を提供してくださったり、たくさんの素晴らしい知恵を教会に与えてくださっていること、心より感謝いたします。母の日を通して、感謝を現す機会を与えられましたこと、主に感謝です。これからも主に用いられるお一人お一人の上に主からの豊かな祝福が降り注ぎますようにお祈りいたします。

(LVJCCブログ制作チーム:Sao)
2013.05.14 21:29 | 特別礼拝 / 集会
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いまから500年ほど前、ドイツのニュールンベルグの町に「デューラー」と「ハンス」という若者がいました。
2人とも貧しい家に生まれ、小さな時から画家になりたいという夢を持っていました。 2人は版画を彫る親方の元で見習いとして働いていましたが、毎日忙しいだけで絵の勉強ができません。

思いきってそこをやめて絵の勉強に専念したいと思いましたが、絵の具やキャンバスを買うお金もままならないほど貧しく、働かずに勉強できるほど余裕はありませんでした。ある時、ハンスがデューラーに1つのことを提案しました。

「このままでは2人とも画家になる夢を捨てなくてはいけない。でも、僕にいい考えがある。2人が一緒に勉強はできないので、1人ずつ交代で勉強しよう。1人が働いてもう1人のためにお金を稼いで助けるんだ。そして1人の勉強が終わったら今度は、別の1人が勉強できるから、もう1人は働いてそれを助けるのだ。」

どちらが先に勉強するのか、2人は譲り合いました。

「デューラー、君が先に勉強してほしい。君の方が僕より絵がうまいから、きっと早く勉強が済むと思う。」

ハンスの言葉に感謝してデューラーはイタリアのベネチアへ絵の勉強に行きました。ハンスはお金がたくさん稼げる鉄工所に勤めることになりました。デューラーは「1日でも早く勉強を終えてハンスと代わりたい」とハンスのことを思い、寝る時間も惜しんで絵の勉強をしました。

一方残ったハンスはデューラーのために早朝から深夜まで重いハンマーを振り上げ、今にも倒れそうになるまで働きお金を送りました。

1年、2年と年月は過ぎていきましたがデューラーの勉強は終わりません。勉強すればするほど深く勉強したくなるからです。ハンスは「自分がよいと思うまでしっかり勉強するように」との手紙を書き、デューラーにお金を送り続けました。

数年後ようやくデューラーはベネチアでも高い評判を受けるようになったので、故郷に戻ることにしました。
デューラーは「よし今度はハンスの番だ」と急いでニュールンベルクの町へ帰りました。

2人は再会を手を取り合って喜びました。ところがデューラーはハンスの手を握りしめたまま呆然としました。
そして、泣きました。なんとハンスの両手は長い間の力仕事でごつごつになり、絵筆がもてない手に変わってしまっていたのでした。

「僕のためにこんな手になってしまって」と言ってデューラーはただ頭を垂れるばかりでした。自分の成功が友達の犠牲の上に成り立っていた。彼の夢を奪い、僕の夢が叶った。その罪悪感に襲われる日々を過ごしていたデューラーは「何か僕に出来ることはないだろうか」「少しでも彼に償いをしたい」という気持ちになり、もう一度、ハンスの家を訪ねました。

ドアを小さくノックしましたが、応答はありません。でも、確かに人がいる気配がします。小さな声も部屋の中から聞こえきます。デューラーは恐る恐るドアを開け、部屋に入りました。するとハンスが静かに祈りを捧げている姿が目に入りました。ハンスは歪んでしまった手を合わせ、一心に祈っていたのです。

「デューラーは私のことで傷つき、苦しんでいます。自分を責めています。神様、どうかデューラーがこれ以上苦しむことがありませんように。そして、私が果たせなかった夢も、彼が叶えてくれますように。あなたのお守りと祝福が、いつもデューラーと共にありますように」

デューラーはその言葉を聞いて心打たれました。デューラーの成功を妬み恨んでいるに違いないと思っていたハンスが、妬み恨むどころか、自分のことより、デューラーのことを一生懸命祈ってくれていたのです。

ハンスの祈りを静かに聞いていたデューラーは、祈りが終わった後、彼に懇願しました。

「お願いだ。君の手を描かせてくれ。君のこの手で僕は生かされたんだ。君のこの手の祈りで僕は生かされているんだ!」


こうして、1508年、友情と感謝の心がこもった「祈りの手」が生まれました。(100人の1歩より)

(LVJCCブログ制作チーム: 薫)

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2013.05.11 22:41 | 信仰者シリーズ
good is good


今日は、“本物の善”ということを考えてみました。

ところで皆さんは“”をどのように定義されますか? 善に対する定義はかなり相対的で、人によって、国によって、時代によって、また置かれた状況によって、善であることの捕らえ方に違いがあるのが現実かも知れません。またそれは悪についても同様で、その定義はかなり相対的です。

では、いかなる違いによっても変わらない普遍的な善、本物の善というものはないのでしょうか。どの時代の、どの国の、どの人にも適用される、普遍的な善。それによってどんな悪にも勝利し、すべての人間関係に最良の結果をもたらす本物の善というものがあるとしたら、それはどんなものでしょうか。

私たち人間には生まれながらに罪の性質があり、その性質から出てくる行いは、善に対して悪を行い、悪に対して悪で報いる、というもので、そこには関係の破壊がもたらされるばかりで、何の良いものも生まれません。

そういう現実の中で生きている私たちに、聖書はこのような言葉をもって、本物の善がもたらす勝利を指し示しています。

「しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行ないなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。」(ルカ6:27-28)

アメリカの第16代大統領であったアブラハム・リンカーンは偉大な大統領であったと同時に偉大な人物であったと言われています。リンカーンは熱心なクリスチャンでした。彼は小学校もろくに卒業していない人でしたが、神を信じて生きていく過程で、様々な試練を経験しました。苦しい人生を通して、彼は自分の道を捨て、神の道に歩むようになり、そのおかげで大統領になることができたのです。試練や苦難を体験せずには、人は自分の道を捨てようとはしません。苦しい目に会った時に、人は初めて自分の道を捨て、神の道を選ぶようになるのです。

リンカーンが大統領に立候補した時のことです。彼の政敵の一人に、ステントンという人がいました。ステントンは選挙期間中、ずっとリンカーンを中傷し、ありもしないことを捏造して誹謗しました。ある時には、リンカーンの顔形を問題にして、「あの、サルのような顔をした奴・・・」とまで言いました。しかし、そんなことがあったにも拘わらず、リンカーンは大統領に当選した後、ステントンを陸軍大臣という要職に任命したのです。

リンカーンの側近の人たちは、そのことに対して凄く反発しました。しかしリンカーンは、このように説明しました。「彼は私の強敵です。ですから、より強い愛を送らなければなりません。また、たとえ彼が私には敵であったにしても、米国国民には、彼は敵ではないのです。今、南北戦争中です。私たちに必要なのは、ステントンのような有能な人材です。国家・民族のためには、個人的な敵であるとの感情は克服しなければなりません・・・。」

その後、陸軍大臣に任命されたステントンは、リンカーン大統領にはなくてはならない、忠実な大臣になりました。彼は、アメリカの発展に素晴らしい貢献をしました。リンカーンがこの世を去った時に、誰よりも悲しんだのはステントンでありました。彼はリンカーンの葬式の時に棺の前で、「この世で、もっとも偉大な星が去ってしまった」と言いながら、声を出して泣きました。

いかがでしょう。私たちが忘れてはならないことは、「悪に勝つのは、ただ善しかない」という事実です。「敵を愛し、あなたを憎む者に善を行なう」という“本物の善”だけが、悪の輪を断ち切り、問題だらけの人間関係に本当の勝利、本当の和解、本当の平和をもたらすことができるのです。

悪で悪の輪を断ち切ることはできません。善で悪に勝たなければならないのです。そのためにも、私たちは人の道ではなく、神の道を歩まなければならないのです。

今日の一言: 悪に勝つのは、ただ善しかない

平安

鶴田健次

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2013.05.10 13:10 | お知らせ
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先週 5/1http://lvjcc0822.blog60.fc2.com/blog-entry-541.htmlの続き、最後の部分のリピート: 
本当に深い神聖な祈りで、そのあと私もお祈りをしました。その時、天から黄金の強い光がまっすぐ自分の頭から心、全身へ降りてくるのを感じ、いや 感じただけではなく目をつぶっていた中にはっきりと見たのです。その光は太く熱を帯び、魂を心から熱くさせるようなものでした。それをしばらく浴びて、お祈りが終わった後、動こうとすると何かの力にとらわれているかのように動けなかったのです。立とうとしても立てず、全身にその力が残っている感じでした。「これは間違いなく神である、それ以外の何者でもない。」と、私が神様の存在を100%確信した瞬間でした。


―それは、凄い神体験ですね。

はい。あまりにも強すぎる霊体験だったので、今思うとそれは夢だったのではないかと思うときもありますが、この体験をすぐ、私をおうちにステイさせてくださった彼女や直人兄にも話しましたし、この霊体験によって、私はこれは神様によって導かれている、神様のことを学ばなければいけないと強く思ったのです。

―なるほど。

それも、ラスベガスに帰って船田先生の親友である鶴田先生のところで学ばないとと思ったのが、私がこのラスベガス日本人教会に本格的に通い、入門クラスを受けるようになったきっかけです。

―思いが与えられたのですね。

はい。これが、私が神様を確信した時です。今思うと「あの時この時、私を守ってくれていた絶対的権力の存在も、あなただったのですね。」と、感謝をせずにはいられません。神は私を、私が気づく前から愛してくれていたのです。神様は私たち一人ひとりをノンクリスチャンでも平等に愛してくれているんです。神は愛です。ハレルヤ!

―ハレルヤ!主のみなを賛美いたします。みずきさんは、今後どのような信仰生活を送っていきたいと思っていますか?

今後は、できるだけ多くクリスチャンの交わりの場に足を運び、霊的に成長していきたいです。今は日曜の礼拝の他に、水曜日の祈祷会には必ず出ています。この祈祷会は、私のクリスチャンの歩みにおいても重要な意義を持っていまして、皆様が私の救いの為に真剣にお祈りして頂いたように、私も真剣にまだ救われていない人々、神様の癒しが必要な人々の為にお祈りをしています。

また、少し難しいのですが、月曜の聖書クラスと金曜のスモールグループも積極的に参加しています。松岡さんはいつも聖霊さまの働きによって神様の御言葉を私たちにわかり易く教えてくださいます。

―スモールグループに参加なされて、どうですか?

スモールグループは少人数で神様について学び、意見交換もでき、霊的に成長するには非常によい場なので、皆様にも積極的に参加していただきたいです!また聖書を毎日少しずつでも読むようにしています。今は、旧約聖書を読んでいて、全ページ朗読し終わることをまず目標としています。そして、お祈り!!

―クリスチャンライフには、欠けてはいけない祈りですね。

はい。お祈りは、眠る前に神様が与えてくださった日に感謝して、毎日行うようにしているのですが、精神的に疲れていると忘れて寝てしまうことがあるので、しっかりと意識をしてやっていかなければと思います。

―日々、大切にしている御言葉はありますか?

私が大切にしている御言葉は、「いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって、神があなたがたに求めておられることです。」第一テサロニケ5:16-18

まず神が与えてくれる日用の糧に感謝して、一日一日神が与えてくれることに喜びを見出しそれを感じること。そして、その喜びと感謝を神にお祈りすること。この御言葉を常に胸に刻み、日常生活に反映させることで、神の愛と霊に満たされた生活を送りたいです。そして、できるだけ教会に奉仕をして神様が望まれるクリスチャンへと成長していきたいです。

―最後に、伝えたいことはありますか?

本当に神様のもとに導いてくれた方々、一人ひとりに感謝をいたします。

一人でも欠けていたら、私はここにいなかっただろうし、神によって与えられた人生がこんなに素晴らしいものだと実感することはなかったでしょう。何より大きな変化は、クリスチャンになってかけがえのない神様の愛の存在を知ったことです。クリスチャンになる前を愛という事に対して、あまり深く考えたことはなかったのですが、今はいつでもどこでも、変わる事のない何よりも深い愛を神様が与えてくれたことを知ったのです。イエス様が私たちのために罪をかぶり、十字架にかけられたことが、それを証明することに気がついたのです。私は、今後それを常に心に留め、神様を愛し、神様が私たちに望まれるように生き、愛と喜び、感謝に溢れる人生を送っていきたいです。神は愛なり。ハレルヤ!


(ブログ制作チーム: Sao)

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2013.05.08 00:23 | 証し

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