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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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「神よ、この幼いジム(ジェームズ)をお守りください。」やもめのガーフィールドは祈った。年上の子供たち3人は、小声でアーメンと言ったが、3歳に近いジムだけは歯を見せてニコリとうなずいただけであった。幼いのでよく理解できないにしても、毎晩その祈りは暖かな安心感を与えてくれたのである。

ガーフィールドの父は1年前に亡くなっていた。そこで母は、家族を養うべく、オハイオ州オレンジの近くにある辺境の農地を耕さなければならなかった。しかし、神の助けと子供たちの協力のおかげて、なんとか母はそれをまかなっていた。ジェームズは12歳にならないうちに、もう、薪を切ったり、作物を植え付けたり、とうもろこし畑を耕したり、小麦を刈ったり、そんな大人の仕事をしていたのである。

16歳になると、ジェームズは職を求めてクリーブランドに行った。そのおり、彼の耳に絶えず聞こえていたのは、「神よ、ジムをお守りください」という母親の祈りであった。エリー運河船の船長をしてたジムのいとこが、船荷係りの水夫の職を与えてくれた。ジムが初めて船でピッツバーグへ行くまで、実に14回も運河の中に落ちたのである。2度目の航海のときに、一人の大柄な船荷水夫を謝ってさおで突いてしまった。ジムの年齢の倍もあるその水夫は叫びながら、ジムのほうに突進してきた。ジムはサッと身をかわして、その男の耳のうしろをなぐりつけ、床に打ち倒した。大男はおとなしくなったが、ジムの苦難は終わったわけではなかった。

それから2,3週間後、彼の乗っていたイブニング・スター号が憩潮の水域から外へ脱出しようとしていた。そのとき、はらみ網がデッキの端の割れ目にからまってしまった。ジムが引っ張り出そうと努めると、突然、網が緩んで、そのはずみで水中に投げ出されてしまった。重い油布の服を着ていたので、ぐんぐん底のほうへ引き込まれていった。船が頭上をすべるように通り過ぎるのがわかった。乗組員はみんな眠っていた。しかも、ジムは泳ぐことができなかったのだ。その時、もがいていた手がぶらさがっている網に触れた。必死でそれをつかみ、やっとの思いで甲板にはい上がる事ができたのである。ずぶぬれで立っていたジムは、網が再び割れ目に引っかかっているのを発見した。なんと彼を水中に落とした網が命の綱となったのである。身震いして、彼は網をその割れ目に600回も投げてみたが、引っかからなかった。しまいに彼はこう言った。「神様だけが網をそこに引っ掛けることがおできになったのだ。神は運河の仕事よりも何かもっとよいことをさせようとして、ぼくを救い出してくださったに違いがない。」

ところが、家に帰るとジムはマラリヤの発作に襲われた。6ヶ月間闘病生活を続けたが、その間もやもめの母は、「神様、ジムをお助けください」と祈っていた。ジムはマラリヤから回復するすると、教師になるつもりで、ジオガ・アカデミーに入学した。しかも、大工の助手として働いて学費を払い、家にいる母にも必要なだけ仕送りをした。
3学期学んでから、ジムは自分の丸太小屋の近くで、一時的な教職を得た。この若い教師は、悪い生徒達を手なずける腕にたけていたばかりでなく、規則正しく教会に出席することでも知られていた。その地域のディサイプル教会がリバイバル集会を開いたとき、ジムも出席していた。1850年3月4日、彼は説教者の招きに応じてキリストを救い主として受け入れたのである。6日後、彼はこんな事を書いた。「神のみわざは栄えている。この場所で17人が信仰を告白し、永遠の命の希望に燃えている。神のいつくしみは感謝すべきかな。神の助けによって、私は生きているかぎり、私の造り主を褒め称えよう。」

2,3ヵ月後、未来の大統領である彼は「私がこれまでの人生を考えるとき、神の摂理がはっきりと働いていることを認めることができる。2年前、私は破滅の寸前にあった。運河船で働いていたときに、あらゆるたぐいの悪徳にふけろうとしていた。。。。私は病気になり、働けなかった。その後、2学期間学校へ行った。。。。冬季には学校で教えた。そして、これは最もすばらしいことだが、福音に従った。こうして、神の摂理により、私は現在の私となったのである。。。私は神に感謝する。」と書いた。

回心してから、ジムは急速な成長を遂げた。マサチューセッツのウィリアム・カレッジに入り、有名なマーク・ホプキンズのもとで学んで、卒業後は、ヒラム・カレッジの教授のポストを与えられ、1年後、26歳の若さでこの学校の学長になったのである。週末には、信徒説教者として、近くの教会で奉仕をした。
28歳のとき、彼はオハイオ州議会の最年少の上院議員となった。南北戦争で輝かしい働きをしたので、リンカーン大統領は彼を陸軍少尉にした。次いで1879年、合衆国の上院議員になった。しかも、その任期前に、合衆国最高の地位である大統領候補に指名されたのである。

その少し前に、ガーフィールドは教会に出席するために、政治上の大会に欠席した事があった。彼はある友人に語ったものである。「そうです。今は、不安な時代です。しかし、また、祈りの時代でもあります。ですから、私はこの大会でさかんに行われているあらゆる駆け引きよりも、クリスチャンの心から立ち上る祈りのほうに信頼を置いているのです」。

ところが、彼の属する党の指導者たちは、彼に背を向けるようになった。それはガーフィールドが、資格なしと考えた政治家は官僚に就かせるのを拒否したからであった。ガーフィールドは功績に応じた官吏の昇進制度に積極的な関心を持った。これが後に文官任用試験制度となったのである。

大統領になってわずか6ヶ月後、彼は猟官運動に失敗した精神錯乱者に撃たれた。死期がせまったとき、彼は医師にこうささやいた。「みこころがなりますように。私は時が来れば、行く備えができています」。

(LVJCCブログ制作チーム: 薫)

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2013.04.29 23:40 | 信仰者シリーズ
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今日は、“無の重さ”ということを考えてみました。

Small is beautiful.(小なるものは美しい)という諺(ことわざ)がありますが、この諺は、小さなものが無視されやすい世の中にあって、小さなものの価値を強調する言葉です。

また、イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの詩の一節に、「一粒の砂の中に世界を見、一本の野生の花の中に天国を見る」というものがありますが、この句は、一粒の砂や一本の花は、それが何か他のものに役立つから価値があるというのではなく、それ自身がかけがえのない存在であり、そこには宇宙や神の意志が実現されているから価値があるという意味です。

また、こんな諺もあります。
Great oaks from little acorns grow.(大きなカシの木も小さなドングリから育つ) これは、物事の始まりはすべて小さなものでも、それは次第に大きくなるので、今の小ささに引け目を感じる必要はないという意味が込められています。今は小さくても、将来に自信を持てばよいのです。

諺というのは世の知恵ですから、ブレイクの詩のように、小さいものの中に価値を見い出すものは少なく、諺のほとんどは、小さなものの価値を、それが次第に大きくなることの中に見い出そうとします。

どんな小さなものでも集まれば大きくなるし、どんなわずかなことでも繰り返せば大きな力になります。ですから、私たちは日頃から、小さなもの、わずかなことを軽視しないようにしたいと思います。

こんな話があります。

ある日、ねずみが野ばとにたずねた。
「雪のひと粒、あのひと粒の結晶の重さがどの位あるか知ってるかい?」
「雪の結晶の重さ?重さなんてなにもないさ」野ばとが答えた。
「それじゃ、すばらしい話を聞かせなくっちゃ」とねずみは得意そうに話し始めた。

「あれは寒い冬のことだった。もみの木の枝、しかもその木の幹のそばに座っていたら雪が降り始めた。吹雪のように激しい降りかたじゃなくて、夢を見ているように、ゆっくり、優しく降り始めた。そのとき僕は、特にすることもなかったので座っていた枝の、小枝の先に積もっていく雪の結晶を数えてみたんだ。ひとつ、ふたつ、みっつ・・・・・ってね。だいぶたってから結晶はちょうど3,741,952粒になった。

ところが次のひと粒、君が「重さなんてなにもないさ」と言った3,741,953目、そのひと粒が枝の上に積もったとたんに、枝が折れた!」 こう話し終えると、ねずみは行ってしまった。

ノアの時代から平和のことに詳しい鳩は、ねずみから聞いたこの話をしばらく考えてから、ひとりでつぶやいた。「もしかしたらこの世界に平和が実現するために足りないのは、たった一人の人の声じゃないだろうか?」

いろいろ考えさせられる話ですね。

今、世界の人口は70億人です。それからすれば、一人の人間の存在など無に等しくいと考えやすいかも知れません。しかし、私たちの存在は単なる70億分の1ではないのです。それぞれの立場からすれば、自分一人の価値は70億人全体の価値よりも尊いのではないでしょうか。

事実、神様の目にも、あなたの存在は高価で尊く、まるでこの世界にあなたひとりしかいないかのように、あなたをご覧になり、あなたがその“無の重さ”に気づくことを待っておられるのです。

今日の一言: あなたはかけがえのない存在

平安
鶴田健次

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2013.04.26 13:14 | 鶴田健次牧師より
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ラスベガスも気温が30度を超える日があり、春まっさかりの陽気です。今年の4月も恵み一杯の月であります。

第一聖日礼拝後には、4月の誕生者をお祝いしました。誕生者の一人に、落合ザカリア君がおられましたが、今年で1歳の誕生日を迎えました。あの小さなザカリア君が神のお守りの中で1歳を無事迎えられたことを本当に感謝いたしました。まだ1歳ですが好き嫌いもなく、食欲旺盛、ハッピーベイビーな彼の笑顔に私達も癒されています。(2012年4月27日記事参照「イレイナ姉妹出産!」 
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第三聖日礼拝では、アキエ姉が洗礼を受けられました。アキエ姉は教会員であるミキ姉を訪問なさっていた時に、ミキ姉のすすめで鶴田牧師の入門者クラスを受け、洗礼の運びとなったのです。アキエ姉妹はラスベガス日本人教会で救われた92人目のクリスチャンです。ハレルヤ!

また同日、小田ケイナ姉妹の特別賛美も催されました。特別賛美は、ケイ姉妹の伴奏で、賛美歌532番「ひとたびは死にし身も」を賛美していただきました。ちょうど1年前にケイナ姉による特別賛美の時がもたれましたが、その時は、花岡渚姉妹伴奏で、コンサートが行われました。前回同様、フレンドリーで物腰の柔らかいケイナ姉妹に親しみを感じた教会員もたくさんいました。こうして、私たちのラスベガス教会に親しみを感じて、足を運んでくださる方々がいるということはとても祝福なことであります。遠い中、足を運んでくださったケイナ姉妹に感謝いたします。
(2012年4月17日記事参照「”ソプラノコンサート”小田けいな姉妹をお迎えして」 )
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当教会では毎月こうして様々な主にあるイベントが設けられ、共に喜び合える兄弟姉妹が与えられていることを感謝いたします。

また、来月の5月19日には、映画鑑賞会「塩狩峠」がもたれます。ぜひお友達をお誘いあわせ、お越しください。

「これは、主が設けられた日である。この日を楽しみ喜ぼう。」詩篇118:24

(LVJCCブログ制作チーム: Sao)

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2013.04.24 20:54 | 教会イベント

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