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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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以前にも私には3人の子供がいることを書きましたが、今回は5歳の双子の男の子ジョナの話を通して与えられた思いをシェアさせて頂きます。

双子の女の子ジャズミンと男の子ジョナは、食べることが大好きなやんちゃな5歳です。ある日、二人が通っているプリスクールの先生とこんなやりとりがありました。いつものように私は

"二人は今日はどうでしたか?おりこうさんでしたか?"と、先生に聞くと先生は、"ええ。今日も元気一杯でしたよ。"とは言わず、いつもとは違い少し渋い顔。次の瞬間、ゆっくりと説明されました。

"ジョナは、最近お友だちの物を勝手にとってポケットにいれるんです。"と先生が仰います。

あらら 覚えがないわけでもない。特に食べ物にはめざとい食いしいん坊ジョナのことだ。きっと食べたい要求が抑えられずにやってしまったんだな、とすぐ思い当たる節が頭を横切りました。

"実は...... 平気で嘘もつくんです。"

すかさず、先生が続けます。

"ジョナは、ジーザスのこと大好きっていつもいってるけど、ジーザスが好きならなんでそんなことをするの?って、彼にも聞いたんですけどね。"

私は、ふむふむと話を聞き、先生たちにお礼を言ってその場を立ち去りました。そして、二人を車に乗せ、運転をしながら、私の頭にひとつの疑問が浮かんだ。"クリスチャンとは、実際どういう人のことを言うのだろうか?"

律法を守り、模範のような生活を送っている人?
教会に毎週かかさず来る人?
奉仕をしてる人?
祈祷会や集会にかかさず参加する人?
聖書に詳しい人?

皆様に5歳の子供がいて、「クリスチャンってどんな人」と聞かれたら、なんと答えますか?私たちは、アダムとイブがおこした罪以来、神との断絶状態である霊的に死んだ状態で、この世に生を受けましたが、イエス・キリストを救い主と受け入れ十字架の恵みを頂くことにより、神との関係を回復することができました。しかし、それでも罪の性質を私達は持っていますから、クリスチャンになったと言っても、「赦された罪人」であり、どんなに気をつけても罪をおかしてしまう事があります。友人と喧嘩して口論してしまう。自分の欲しいものを無理矢理、ほかの人から取ってしまう。両親への反発。意地悪。自分に甘く他人に厳しい。やってはいけない事をついやってしまう。心の中で人を裁く。思い当たることはたくさんあり、これらが罪のサンプルです。

そんな逃れたくても逃れられない罪の性質を持った私達ですが、クリスチャンとして幸いなのは、聖書という間違いのないガイドラインが与えられている事により、毎日をどう歩むかがわかり、イエス様を受け入れたときから、それまでの壊れた神との関係が修復され、神が私達と共にいて下さいますので、私達は平安が与えられています。

私たちは、たくさんの失敗を通して大きなものを得るときが多々あります。子育てでも何回も何回も同じことを子供に言うことの繰り返しですが、、同じ失敗をしてるように見えるその中でも、実は子供はきっと毎回違うことを学び、その親も、ある未来に据えられた大切な主の目的の為に鍛練されている大切な期間なのだと思います。神様はとてつもなく大きな愛で、私たちが何万回 またはそれ以上に、私たちが犯す失敗を愛と忍耐をも持って、子育て以上の長い時間をかけて神の道に導いてくださっている事を思います。それが、十字架の救いであり、また救いの後のクリスチャンの成長である聖化の歩みでもあるのです。

そこで私は思う。このような欠けだらけの土の器の私達だけど、神は命がけで私達を救い、今も毎日私達を愛し続けて下さっているのです、この偉大な神様の愛を一人でも多くの人に伝えよう!苦難の中で苦しんでいるあの人に、あなたが苦手なあの人の為に。きっと神の愛を伝えるために、私たちは今いる場所に遣わされたのだから。ジャズミンとジョナは、教会もジーザスも大好きっ子であるが未だ洗礼を授かる時はきていませんが、最近おきたこの小さな出来事を通して、神様から授かった大事な私の愛する子供たちにイエス様の愛を知ってもらい、キリストの愛、そして罪と十字架の意味の理解が彼らなりに深まるようになってもらいたいと祈ります。そして愛と真とを持って主と共に、一歩一歩 彼らと毎日を送っていきたいと強く思いました。

こうして3人の子育てに忙しい私ですが、子供のある行動から私に投げ掛けられたひとつの質問は、また新たにクリスチャンとしての自覚が与えられた良い機会でありました。

「わたしを強くしてくださるかたによって、何事でもする事ができる」ピリピ4:13

ブログ制作チーム:Sao

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2012.06.29 20:07 | 証し
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(前回のブログの続き)

38歳の時に神社参拝反対の罪で投獄され、5年間獄中にいたソン牧師は、終戦により韓国が日本軍からの開放を受け、釈放となりました。その間、7人の家族はバラバラになりました。子供たちは孤児院に預けられたり、山の中で逃亡生活をしてその間をしのぎ暮らしました。貧しく食べる物にも飢えていましたが、神様に信頼し、信仰に固く立ち、それぞれが祈り、置かれた場所で主への礼拝を守っていたのです。父ソン牧師が釈放され、奇跡的に家族がまた一つになる事ができました。一時は「もう生きた父とはこの世では会えないと思いなさい」と、母は子供達に伝えた事もあったのです。死刑を言い渡されていた父の生還は、神が与えてくださった奇跡と祝福だったのです。

しかし、ソン牧師の釈放から3年後、更なる大きな出来事がおきました。長男と次男の殉教です。その日、息子達が住んでいた町に反乱軍による暴動がおき、無差別な殺人がおきていました。反乱軍に対抗するために警察署と国防警察隊は命をかけて戦いましたが、全員戦死をし、息子達の住んでいた町は無法地帯となり、凄惨な血の海になったのです。反乱軍は、人民軍に反対する人をくまなく探し出すのを目的としていましたが、その中にはクリスチャンも含んでいました。ソン牧師の長男はキリスト者学生会の会長をしていた事もあり、彼らが最も捕らえたかったクリスチャンの一人でした。2人の息子は狂気に満ちた反乱軍に捕まえられた時、死刑場まで連れて行かれる時、銃口を向けられ引き金が引かれるその時まで、主を証し、自分達を殺す者たちへ伝道し祈りを捧げて、主の御元に行く事を喜び、殉教を遂げました。長男25歳、次男19歳の若さでした。

4日後、両親、家族の元に殉教の連絡が入りました。家族中が悲しみにつつまれ、母は何度も気絶をするほどの悲しみでした。しかしその時、特別集会の為に来ていた伝道師が父ソン牧師にかけた言葉で世界が変わりました。「ソン牧師しっかりしてください。私達はかつて監獄で殉教することを願いましたが、神様は私達の殉教を許しませんでした。今日若くして美しい二人の息子を殉教のいけにえとして捧げたことがそんなにおしいですか?悲しむ事ではありません。もっと良い天国に行ったのです。むしろ喜ぶべきです」

埋葬式の日、ソン牧師は挨拶の席で「9つの感謝」を読み上げました。その中の一つが、

「わたしの愛する息子を射殺した敵を悔い改めさせ、私の養子として受け入れる愛の心を与えてくださった神に感謝します」

この感謝の言葉が現実となりました。その後、息子2人を射殺した犯人が捕らえられ、死刑が執行される日に、自分の息子として受け入れたのです。その日、特別集会の御用があり、犯人釈放に出向く事ができなかったソン牧師は中学生の娘をその場に送りました。そこで娘が父の代わり述べた言葉は

「父は2人の兄を殺した人が捕まったら、一度でも殴られないように、殺されないようにと言いました。聖書には敵を愛しなさいと書かれているから、彼を救って息子として受け入れると言いました」

その場にいた人々の目からは、敵であろうと、涙が流れ落ちたのです。

ソン牧師はこの青年を息子として受け入れ、信仰を与え、一生涯愛しぬきました。ソン牧師はこの2年後、北と南の戦いの中、共産軍に連行され、そのまま殉教の死を遂げました。ソン牧師のこの世での最後の説教は「死に至るまで忠実でありなさい」でした。まさに殉教を予感させる説教が与えられていたのです。

「・・・・死ぬ日まで忍耐する力も忠実です。毎日様々な試練にあうときに、忍耐、また忍耐しながら一歩前進する生活が、忠実です。同時に、それが殉教生活です。汗を流しながら働き、涙を流しながら祈り、血を流すまで罪と戦うことが忠実であり、殉教です。だから汗も血も尊いものです。今日の1日が自分の1日であり、今この時間が自分の時間であることを知っている人が、日々忠実に歩む事ができ、一瞬一瞬、殉教の覚悟をすることができます。喜びを持ち感謝しながら、死に至るまで忠実でありましょう・・・」

この説教の16日後、ソン牧師は射殺され、殉教されました。最後の最後まで、共に連行されていた隣人に「イエスを信じ、悔い改めれば永遠の命が与えられる」と伝道したのです。連行されてきた人々が次々と射殺される中、ソン牧師が最後に兄弟に残した言葉です。

「兄弟、祈ってくれ。どんな瞬間にも祈りを忘れてはいけない。神が力を与えてくださる。さあ、天国で会おう」


(LVJCCブログ制作チーム:薫)

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2012.06.26 20:20 | 信仰者シリーズ
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今日は、‘役に立つ生き方’ということについて考えてみました。

ある雑誌に、子供の生命観についてのアンケートがありました。そのアンケートの中で、「生きているということはどういうことですか?」という質問に対する子供たちの答えの中に、「生きているということは役に立つことだ」というのがありました。何か心を探られる言葉ですね。

私たちはどうでしょう? 誰かのために役に立っているでしょうか。誰かの役に立つよりも、誰かが自分の役に立ってくれることばかりを望んではいないでしょうか。人が自分の思うようにしてくれない、と不満ばかりを言ってはいないでしょうか。

イエス・キリストは「受けるよりは与えるほうが幸いである」と言われました。人に何かを求めてばかりいる生き方ではなく、人に何かを与え、人の役に立つ生き方こそが本当の幸せを味わう道であるということです。

ある年のクリスマスイブのこと、ポールはお兄さんからクリスマスに新車をプレゼントされました。彼がオフィスから出てくると、よく見かける少年が、そのピカピカの新車のまわりを歩き回っていました。よほどその車が気に入ったらしく、ポールに話し掛けてきました。

「これ、おじさんの車?」
「ああ、兄からのクリスマスプレゼントさ」とポールは答えました。
「えっ? おじさんのお兄さんがくれたの? おじさんは全然お金を払わなくてよかったの? うわあっ、すごいな! ぼく……」と、少年は何かを言いかけたまま、口をつぐんでしまいました。

ポールは、この少年が「ぼくにも、そんなお兄さんがいたらなあ」と言いたかったのだろうと思いました。ところが、少年の口から出た言葉にポールは驚きました。
「ぼくね、おじさんのお兄さんみたいになりたいなって思ったんだ」

ポールは、じっと少年の顔を見ていると、無意識に、
「この車に乗ってみるかい?」という言葉が出てきました。
少年は、二つ返事で車に乗り、目を輝かせながら言いました。
「おじさん、ぼくの家の前まで乗せてくれる?」

ポールは思わずニヤッとしながら、きっとこんな大きな車で帰ってくるところを近所の人たちに見せて、自慢したいのだろうと思いました。しかし、その憶測はまたもや違ってました。

「あそこに階段がついている家が見えるでしょう? そこで少し待っててくれる?」
少年はそう言うなり、車を降り、走って家に入っていきました。しばらくすると家の中から、ゆっくりとした足音が聞こえ、少年が体の不自由な弟を背負って出てきたのです。少年は、弟を階段の一番下に座らせ、弟の体を倒れないように支えながら言いました。

「見てごらん。さっき言ったとおり、すごい車だろ。そこにいるおじさんのお兄さんがクリスマスプレゼントにくれたんだって。お前も、待ってなよ。兄ちゃんが、いつかきっとあんな車をお前に買ってやるからな。そしたら、いつも話してるクリスマスのきれいな飾りを、その車で見に行こう」

それを聞いたポールは、何も言わずに車を降りると、少年の弟を抱き上げ、車に乗せ、少年と三人でドライブに出かけました。ポールは、二人の少年のうれしそうな顔を見ながら、久々に、何とも言えない喜びと満足を感じずにはいられませんでした。 

またこの少年がクリスチャンであることを知り、ポールは、少年の生き生きした態度、そして輝いている目を見ながら、キリストの愛のゆえに、誰かの役に立とうとする生き方の素晴らしさを、生まれて初めて体験的に知ったそうです。

私たちの多くの親切は、しばしば自分を満足させるためのものである場合があります。しかし、そういう動機の親切は、相手が自分の思い通りに反応をしてくれなければ力尽きてしまい、挙句の果てに不満の思いにすら変わることがあります。その親切が本当の愛に根ざしていないことが明らかになる瞬間です。

ところが、本当の意味で役に立つ生き方を知らなかった私たちがキリストの愛を経験するなら、義理や体裁ではなく、本当の意味で、誰かの役に立つ生き方をする者に変えられるのです。


今日の一言: 誰かの役に立とう


平安
鶴田健次

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2012.06.25 16:32 | お知らせ

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