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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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2012年1月29日は日英合同礼拝が持たれました。 メッセンジャーは英語部のノーマン長老、通訳は優子姉妹が担当してくださいました。以下がメッセージの要約です。

私たちが今日、礼拝し賛美を捧げるイエス様は、へブル人への手紙3章18節「イエスキリストは、きのうも、きょうも、いつまでも、同じです」とあるように、2000年前も今も同じお方です。

イエス様は愛と憐れみに富む神様ですが、この「宮清め」においては、普段と全く違ったイエス様の姿が見られます。

使徒ヨハネは、この宮清めの出来事をイエス様の公的宣教の最初に置いていますが、このときイエス様は、エルサレム神殿に入るなり、細縄でむちを作り、羊や牛を宮から追い出し、両替人の金を撒き散らし、台を片っ端から倒されたのです。なぜ、イエス様はこのような過激な行動を取られたのでしょうか。

このイエス様の宮清めは、当時の腐敗した神殿礼拝を改革するどころか、形式主義に堕し、実質的意味が失われた犠牲制度全体を否定し廃棄しようとされた出来事だったのです。

1.宮清めによって、イエス様は神の権威を明らかにされました。

イエス様は、「わたしの父の家」という言葉からも分かるように、宮の主として、ご自身こそが礼拝されるべき神であることを明らかにされました。また、その事実を通して、ご自分が堕落した宮を清める権威と権利を持っておられることを示されたのです。イエス様は、その権威に基づく宮清めによって、形骸化した古い礼拝制度を廃止し、人々に真の祝福をもたらす新しい礼拝制度を確立しようとされたのです。

2.宮清めにおいて、イエス様は聖なる怒りを表されました。

イエス様は、当時の腐敗した犠牲制度を廃棄しようとされました。その証拠に、イエス様は両替人や犠牲の動物を売る者たちが法外な手数料を取って、純朴な巡礼者たちを搾取していた不正を責めるよりも、むしろ宮の境内で行われるすべての商売に反対されました。「それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家としてはならない」と言われたイエス様は、そのような宗教的堕落のゆえに、救いの実質的効力のない犠牲制度全体に怒りを表わし、そのために用いられるすべてを宮から追い出されたのです。

3.宮清めによって、イエス様はこれからご自身に起こる神の計画を明らかにされました。

ヨハネ2:19「この神殿を壊してみなさい。わたしは、三日でそれを立てよう」は、身代わりとなった十字架の死と、三日後に起こる勝利の復活を預言するものでした。キリストの十字架の死と復活は、イエス・キリストが神と人類をつなぐ仲介者となられた重要な出来事でありました。

イエス・キリストを信じる者は御霊が宿っている神の宮であり、キリストは信じる者を通して、神を知らない人々の魂に語り掛けられるのです。そのキリストを礼拝する教会、すなわち生きた石で立てられた霊的宮である教会を通して、全人類が神に出会うことができるのです。

故に、イエス様は、あなたが神に立ち返るための扉でありたいと願っておられます。イエス様以外に神のもとに通じる扉はありません。神は、あなたがイエス・キリストを信じ、神との関係の回復の扉をくぐることを切なる思いをもって待っておられるのです。

もしあなたが、イエス・キリストを通して表された憐れみ深い父なる神の愛を知りたいと願われるなら、イエス・キリストを受け入れなければなりません。

あなたは、あなたの心、精神、体が、イエス・キリストが住まわれる宮となることを願いますか? そして、イエス・キリストが住まわれる宮として、主にあって神とこの世に仕える者になることを願いますか?もしあなたが、心からそれを願い、イエス・キリストに委ねるならば、主はあなたの心と思いを清め、あなたのすべてを満たし、人々に恵みをもたらす人生を約束しておられます。

(ブログ制作チーム: Sao)


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2012.01.31 20:18 | 礼拝
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今日は、‘心に描くイメージ’について考えてみました。

幸いな人生を送るための最大の要素は、自分を愛することのできる者になることだとよく言われますが、これはどれだけ強調しても強調し過ぎることのない重要な要素です。なぜなら、私たちは自分自身を見る目と違った行動を取ることは不可能だからです。

その意味で、これまで何度もお伝えしてきた通り、心で自分をどのようにイメージしているかは、あなた自身の人生に計り知れない影響をもたらします。自分を愛することのできる人は、自分が愛される価値のある人間であることを信じているので、愛される人間、価値のある人間というイメージに基づく行動を無意識のうちに起こし、それにふさわしい結果を得るのです。

幸運なことに、人は誰でも、今まで自分のことをどのように心でイメージしてきたかに関係なく、自分の心がけ次第で、今からでも良い方向に変わることを選ぶ‘自由意志’という素晴らしい贈り物が神から与えられています。これは誰にでも無限の可能性とチャンスがあることを意味します。

健全なセルフイメージを作り上げていく際に常に覚えておくべきことは、意識的に、自分の良いイメージを思い浮かべ、言葉にし、その通りに行動することを心がけることです。なぜなら、私たちが与えたイメージを心が完成させるからです。また、心がけによる新しい習慣は、やがて私たちの本質を変えるからです。

例えば、20センチ幅の板を床の上に置いて、その上を歩くのと、同じ板を50階建てのビルの間に渡して歩くのとを想像してみてください。床の上に置いた板の上を歩くのは、安全にその上を歩くイメージを思い描くので簡単に実行できます。一方、ビルの間に渡された板の場合は、そこから落ちる自分を見てしまい、その描かれたイメージを心が完成させるために、あなたの恐怖は現実になるのです。

ところが、最初は怖くても、十分な注意を払いながら、高い所での作業を続けていると、やがてそういう所でも平気で動き回れる自分が見えるようになり、そのイメージを心が完成させるために、板の上を歩くことすらもできるようになるのです。

ボールを池に打ち込んだゴルファーが、「そうなる気がした」とつぶやくことがあります。それは描いたイメージを心が完成させ、それを体が行動によって実現させたのです。しかし、前向きなゴルファーは、打つ前にボールがホールに入るイメージを描きます。また、成功するセールスマンは、訪問する前に客が買ってくれるところをイメージします。そして、本当にイメージできたことが現実になるのです。

あなたは自分自身を、また自分の将来をどのようにイメージしておられますか。こういう事を考えたことがない方でも、今のあなたの現実は、実はあなたが無意識のうちにイメージしてきたことの結果であるということが理解できれば、心に描くイメージの大切さがお分かりになれると思います。

あなたは愛されるべき人です。あなたは価値のある人です。そんなあなたの将来は、幸せと希望に満ちたものなのです。ですから、これからはそんな自分、そんな将来をイメージし、そのような人生を生きていきましょう。


今日の一言: いつも幸せをイメージして生きよう

平安
鶴田健次



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2012.01.30 17:15 | 鶴田健次牧師より
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「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです」ヨハネの福音書15章5節

洗礼を受けた後、「クリスチャン成長の5原則」を教会の聖書クラスを通して、教えて頂きました。その5原則は

1、 祈り
2、 御言葉の学び
3、 交わり
4、 証し(伝道)
5、 主に対する明け渡し

当教会にはさまざまな集会行事がありますが、この「クリスチャン成長の5原則」が、個人の信仰生活また教会生活においてバランス良くなされていく中で、クリスチャンの成長をもたらすものであると思います。

‘祈り’にしても個人だけの祈りの時間だけではなく、教会において互いに祈り合うことによって、大きな力が与えられ、励まされます。他の方から祈られたことのあるクリスチャンであれば、祈りの力をすでに体験されていることと思います。祈りは神様との会話ですので、祈りが生活から失われてしまうと、神様との会話が失われてしまい、自分の生活の中から、神様のことを考え、礼拝する思いは失われ、自分の考えに頼る生活に陥りがちになってしまいます。

‘御言葉の学び’も、各聖書クラスに参加する際に、まず自分で予習をすることが何よりも自分の身に付く良い学びになり、その自分で学んだことを教会の聖書クラスの際に確認し、またさらに深い学びに繋げることができます。また、聖書の学びは簡単にスラスラできる事ではないので、一人だけで学びを継続していくことは大変難しく、やはり、聖書クラスでの学びによって、継続した学びが続けていけると思います。

‘交わり’は一人の信仰生活ではする事ができません。私達は完全な人間ではなく、また、一人ひとりが違う為、たとえクリスチャン同士であっても、自分と人との違いを感じる時に、平和な関係を維持する事が難しく思えることもあるかも知れませんし、他の人との関係を疎ましく思うこともあるかも知れません。イエス様は12人の弟子と寝食を共にされましたが、弟子達がイエス様から受けた訓練の中には、弟子同士が共に暮らす中で成長できたものが多くあったち違いありません。交わりを通して、ありのままのお互いを受け入れ合う事ができたら、素晴らしいと思いますし、その訓練の場が教会(クリスチャンの集まり)であると思います。

クリスチャンになり天国が約束された後、家族や友達にもキリストの福音を伝えたいという思いが与えられると思います。時間のかかる‘伝道’において、共に祈り、励ましあうのは大きな支えであり、その事をお互いにできる事が教会の素晴らしさであると思います。新しいクリスチャンが誕生し、その背後におられるご家族などの救いを思うときに、神様の救いの計画が進んでいる事は喜びです。救われた後も、神様が私達をこの地上に残されえている意味を思うとき、自分の生きる目的が変わっていきます。人類の救いの為に死なれたイエス様が私達に託しておられることが何なのかは、聖書を通してでしか知ることができません。ですから、伝道においても、神様に従い、聖霊様の助けを頂き、教会を通して神様は救いの業を進めていかれるのだと思います。

聖書を読み、神様の御心を知ると、‘神様に対する明け渡し’ということが勝利の信仰生活の鍵であることに気づかされます。その時に、自分の思いにしがみつけば、神様(御言葉)には従えません。ですから、主に対して自分を明け渡し、主に自分の心の王座をお譲りする時に、御言葉の約束が実現します。

船に自分とイエス様が乗っていたとします。大変な嵐になり、船の舵も重く、目の前も嵐で見通しがききません。その時に、イエス様が「私が舵を取ってあげるから、あなたはこちらに来なさい」と言われたときに、それでもがんばって自分で舵を取ったばかりに、船はいつまでも嵐の中に留まるということになってしまいます。しかし、自分の舵取りよりもイエス様のほうが良いと信じて、その言葉に信頼し舵取りをゆだねると・・船はバランスを取り戻し、嵐を過ぎて、安全な場所にたどりつくことができるのです。イエス様への信頼と明け渡しを主は今日も導いておられます。

クリスチャンの成長の5原則はイエス様が、私達のかしらであられることが常に大事な要素です。どうぞクリスチャンの成長の5原則を皆様の生活に取り入れてみてください。

「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです」エペソ人への手紙1章23節

(ブログ制作チーム:薫)

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2012.01.26 22:08 | その他

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