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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今年のマウントハーモン・キャンプへ行く前、私は参加すべきかどうか迷っていました。私は霊的にとても弱くなっており、何を信じて良いのかわからなくなっていたのです。また私の教会からキャンプへ参加するのは私だけで、キャンプへ行って一人きりになるのが不安でしたし、誰とも話をすることもないのではないかとすら考えていました。

でも、いざキャンプが始まると、そこは私にとってまるで天国のようで、神様がずっと私と共にいてくださるようでした。この世のすべてのわずらわしさから開放されて神様とのすばらしい関係を持つことができました。また、私を支えようとしてくださる神様を心から信じるたくさんの人々との出会いもありました。

さらには、霊の世界の良い事もそうでないことも経験しました。

そのひとつは、私たちが賛美をしていたときに起こりました。悪霊が一人の青年に入り込み、彼を支配してしまったのです。彼は痛みを感じているようで泣き出し、叫び出しました。彼の友人たちが彼のもとへ駆け寄り心配して彼に触れると、彼はさらに激しく泣き叫びました。それはとても恐ろしい光景で、部屋中にいた人々は皆泣き出すか、ショックを受けているようでした。この経験は、この世には本当にサタンがいる事を私やみんなに教えてくれました。

しかし、そんなものよりももっと強い神様がおられます。皆このことで深い悲しみを覚えましたが、神様はそれらをすべて取り去り、代わりに神様の御慈愛で私たちを満たしてくださいました。私たちの主は、このように強く、また全能であられる事を改めて学びました。

また、キャンプでの意味深いひとつのメッセージをご紹介したいと思います。

それは私たちクリスチャンは本当にクリスチャンであるのかというメッセージです。説教をしてくださったユースパスターは、イスカリオテのユダを例として語ってくださいました。ユダはキリストの直弟子として3年もの間寝食を共にした人でしたが、本当にイエス様を信じたのだろうか、ということです。なぜなら彼はイエス様を裏切りました。

私は初め、「イエス様のなされた奇跡の数々をじかに見た人がそれを信じないとは一体どういうことなのだろ」と思いましたが、実は自分もユダと同じなのではないかと考え始めました。外面の私は神様を信じていると言っています。しかし内側の私には「神様が私と共にいてくださるなんて、どうやって知ることが出来るのだろう?」という疑念があるのです。

ユースパスターはこのように語られました。
「信仰を本当にあなたのものにするためには、また神様に本当に忠実であるためには、神様が造り変えて下さった新しいあなたを現していく必要がある。」
このメッセージは、造り変えられた者としての信仰を神様に対して持っていなかった自分に気づかせてくれました。

キャンプを終えて私は神様との関係を新たに築いて行こうと思いました。
最後にこの御言葉でお証しを終わります。

「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右手であなたを守る。」 (イザヤ書41:10)


(証し: マリナ)




2011.07.15 21:00 | 証し
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今日は、友好週間にちなんで、“友達”について考えてみました。
アメリカのある若者の話を紹介します。


僕が高校一年生になって間もない頃のことだった。ある日、同じクラスの男の子が学校から歩いて帰るのを見た。彼の名前はカイル。彼は学校から彼の本を全部持ち帰っているようだった。僕は思った。‘いったい誰が金曜日に自分の本をすべて家に持って帰るだろうか。あいつはきっとガリ勉野郎に違いない。’

僕には週末は色んな計画があった。友達と一緒にパーティーをしたり、フットボールをしたり。僕は肩をすくめて、また歩き出した。歩いていると、突然、たくさんの子供が彼のほうに走り寄るのが見えた。彼らは彼に飛びかかり、彼の腕から本をたたき落とし、彼を地面に倒した。彼の眼鏡は飛んで10フィートほど離れた芝生の上に落ちた。彼が少し上を見上げたとき、言いようのない悲しみを帯びた彼の目が見えた。

僕は急に彼がかわいそうになった。彼が地面を這いながら眼鏡を探し始めたので、僕は急いで彼のもとに駆け寄った。彼の目は涙で一杯になっていた。僕は、彼に眼鏡を渡し、「まったく酷い奴らだ」と言った。すると彼は僕を見て、「やあ、有り難う」と言った。彼の顔には大きな微笑があった。それは本物の感謝を表すときの微笑だった。

僕は本を拾うのを手伝いながら、どこに住んでいるか聞いた。意外と僕の家の近くだった。僕はなぜ今まで会わなかったのだろうと聞いてみた。すると彼は、それまで私立の学校に行っていたからだと言った。僕たちは家まで色んな話をしながら歩いた。

彼はなかなか好感の持てる子だった。僕は彼に僕の友達とフットボールをしたいかどうかを聞いてみた。彼は「うん」と言った。僕たちは週末を一緒に過ごしたが、カイルのことを知れば知るほど、彼のことが好きになった。僕の友達もみんな同じ思いだった。

月曜日の朝になった。また巨大なかたまりの本を運ぶカイルの姿が見えた。僕は彼を止めて言った。「おいおい、君は毎日、この大量の本で筋肉を鍛えてるのかい」。彼は笑いながら、持っていた本を半分、僕に渡した。

それからの4年間、カイルと僕は親友になった。4年生になって、僕たちは大学のことを考え始めた。カイルはジョージタウンに行くことに決め、僕はデュークに行こうとしていた。僕たちはずっと親友だから離れていても問題ないと僕は分かっていた。彼は医者になろうとしていた。僕はフットボールの奨学生でビジネスを目指していた。カイルは卒業生総代になった。彼は卒業式のためにスピーチを準備しなければならなかった。

卒業式の日、僕はカイルを見た。彼はとてもいい感じだった。彼は高校時代に本当の意味で自分を見出せた数少ない一人だった。彼は堂々として、眼鏡がとても似合っていた。彼は僕よりもたくさんデートをし、女の子たちはみんな彼のことが好きだった。

彼はスピーチのことで少し緊張している様子だった。それで僕は彼の背中を叩いて、「おい、大物。きっと素晴らしいスピーチになるぞ」と言った。彼は感謝の眼差しで僕を見ると、微笑みながら、「ありがとう」と言った。

彼は話を始めた。

「卒業は、様々な困難を乗り越えてここまで来るのを助けてくれた人たちに感謝をする時です。私たちの両親、先生、兄弟、そして誰よりも友達。私は今日、誰かの友達であるということがその人に与えることのできる最高の贈り物であることを皆さんに伝えたくてここに立っています。私は皆さんにひとつの話をしたいと思います。」

彼は僕たちが最初に出会った日の話をした。彼は、その週末に自殺をする予定だったのだと言った。彼は、お母さんが後でする必要がないように、ロッカーの本を全部、家に運んだときの様子を話した。彼は真剣な眼差しで僕を見て微笑んだ。そして言った。「感謝なことに、私は救われたのです。私の友達が、取り返しのつかないことを私がすることから救い出してくれたのです」。

僕は、このハンサムで人気者の彼が自分の一番弱いときの話をするのを聞いた群集から驚きの声が上がるのを聞いた。僕は彼の両親が僕のほうを見て、その同じ謝意を表しながら微笑んでいるのを見た。僕は今日のこの瞬間まで、あの時の問題の深さを知らなかった。



感動的な話ですね。私たちは誠意ある親切な行動が持つ力を過小評価してはならないと思います。一つの誠意ある親切が人の人生を変えることもあるのです。神は私たちが互いに影響し合うために、私たちをそれぞれの所に置いておられるのです。

今日の一言: 友達は神からの贈り物

平安
鶴田健次 



2011.07.11 12:44 | 鶴田健次牧師より
2011年7月6日水曜日6時半より、小堀英郎氏のピアノコンサートが当教会で開かれました。
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ピアノは教会員のお一人が貸してくださった趣のあるアップライトのピアノです。持ち主の方はそろそろアンティークの部類に入るかもしれないと仰っていましたが、素晴らしい音色のピアノでした。また、小堀氏の素晴らしいピアノ演奏は聞く人の心をとらえ、それはそれは鳥肌が立つほどの感動を覚えました。
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演奏の合間にフランス留学の時のお話や、怪我をした左手が癒されたお話などをしてくださり、素晴らしいのは演奏だけではなくお話も大変楽しくされ、また癒しのお話は感動で心が震えました。会場のあちらこちらから「アーメン!」という声が聞こえ大きな拍手が沸き上がりました。
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感動の証しは・・・ 小堀氏が音大にオートバイで通っていた時、交通事故に合い、左手首が複雑骨折の重傷を負いました。レントゲンでは砕けた小さい骨が散らばっていたそうです。医者からは絶望的な言葉「再起不能!」と言われ、将来の希望がその言葉で絶たれました。しかし癒し主である神様はその怪我をそのまま放っておくことはなさいませんでした。ギブスを取る日、「きれいにくっついてなかったら手術だ」と医者に言われ、ギブスを取ってレントゲンを写したら、なんと!何事も無かったかのように骨が真っ直ぐつながっていたではありませんか。医者は、「君は奇跡を信じるかね?」と言われたそうです。小堀氏の再起不能といわれた手首は、神様によって完全に癒されたのです。それ以来小堀氏は、「この左手は私の手ではない、神様の素晴らしさを証しするために神様が下さった手だ」というお話をしてくださいました。
どうりで、小堀氏が弾くピアノの音色はいつものピアノの音ではないと感じていたのはそのためだったのだと納得しました。
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この日会場はちらほら席が空いているだけで、ほぼ満席状態でした。その客席に7-8人おられた韓国のお客様に、小堀氏は流暢な韓国語でお話になり、日本語と韓国語で客席の人々をひきつけていました。最後は全員立ち上がり拍手喝采でした。アンコールにも応えてくださいました。
おいでになったお客様も口々に、素晴らしいコンサートだったと仰って、満足したご様子が伺えました。

コンサート後は、小堀氏のCDとサインを求める方々や、小堀氏と写真を撮る方々が大勢おられ、どの方々も楽しんでおられました。
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ほとんどの皆様が帰られた後、スタッフと一緒に記念写真。
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(ブログ制作チーム: み)



2011.07.07 23:00 | 教会イベント
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今日は、アメリカの独立記念日ですので、アメリカに独立をもたらした人々のことを思い浮かべながら、‘夢’ということについて考えてみました。

聖書は、神の霊が注がれるとき、「若者たちは幻を見、老人たちは夢を見る」と言っていますが、この「幻(VISION)」と「夢(DREAM)」という言葉は、非常にエキサイティングな言葉ですね。

さて、旧約聖書のヨシュア記14章10-11節に、カレブという人のこんな言葉が記されています。

主がこの言葉をモーセに語られた時からこのかた、イスラエルが荒野に歩んだ45年の間、主は言われたように、わたしを生きながらえさせてくださいました。わたしは今日すでに85歳ですが、今もなお、モーセがわたしをつかわした日のように、健やかです。わたしの今の力は、あの時の力に劣らず、どんな働きにも、戦いにも堪えることができます。(ヨシュア14:10-11)

普通ならば、85歳といえば、生きていても隠居生活をしている歳です。元気な人は、85歳でも、自分で買い物に行き、自分で食事を作って食べるという生活をしておられます。しかし、85歳で何か新しい事にチャレンジをするという人は極めて稀です。

85歳になったカレブは、「私の今の力は、あの時の力に劣らず、どんな働きにも、戦いにも堪えることができます」と言いました。しかし、そうは言っても85歳ですから、たとえ気力はあっても、肉体は45年前と同じという訳にはいきません。では、彼の言葉は年寄りの強がりだったのでしょうか。そうではありません。彼はその次の12節でこう言っています。「主が私とともにいてくだされば、私は彼らを追い払うことができる」。

つまり、カレブは、神が共にいて下さるので何でもできると言っているのです。全能の神が共におられるなら、自分が年老いていることなど問題にならないということです。 「1+無限大」も、「1万+無限大」も、その答えは同じであるように、無限大の力を持たれた神が一緒なら、1の力でも、1万の力でも、結果は同じです。これが神を信じる者の力です。

その意味において、カレブの言葉は私たちに、「あなたはいくつになっても夢を見ることができる」というメッセージを与えてくれます。「いくつになっても」ということは、高齢になってもというだけでなく、若くても、年老いても、さらには健康でも、病気でも、ということです。年齢に制限されず、健康に制限されず、あらゆる違いに制限されず、誰もが夢を見ることができるということです。あなたは、これを信じますか?

東京に聖路加国際病院という病院があります。この病院に『聖ルカ病院』という名前がついているのは、『ルカの福音書』を書いたルカが医者であったからだそうですが、この病院は、医師であり宣教師であったルドルフ・トイスラーによって開設されました。ドクター・トイスラーは、この病院にこういう夢を託しました。「この病院は、クリスチャンの愛が人の苦しみを救うために働くとき、人を変える力となるということを、だれもが確信するようになるための、生きた器官である」。

この創立の精神は今もしっかり引き継がれ、日本で最も進んだ病院として脚光をあびています。この病院をさらに有名にしたのは、日野原重明という人です。日野原先生は1911年生まれですから、今年100歳になられますが、今もお元気で、『人生は75歳から』という持論を持ちながら、この病院にかかげられた夢の実現のために頑張っておられます。

この『人生は75歳から』というのは、おそらく旧約聖書のアブラハムからきていると思いますが、「信仰の父」と言われるアブラハムは75歳になってから、人類を救う神の計画の担い手として、新しい出発を始めました。

モーセがエジプトの奴隷となっていたイスラエルを救うために立ち上がったのは、彼が80歳の時です。それから彼は、120歳で死ぬまでの40年間、イスラエルを約束の地に導くという夢の実現のためにく生きました。

ヨシュアがモーセの後継者となって、約束の地カナンを征服するために歩み出したのは彼が95歳の時です。それから彼は、110歳で死ぬまでの15年間、カナン征服の夢を持ち続けながら、夢の実現に向かって進んで行ったのです。

数年前、世界で大成功を収めた200人の人々に関する研究発表がなされました。その中で、この200人全員に共通するものがありました。それは、彼ら全員が大きな夢を持ち、明確な目標を定め、その目標達成のために歩むことを止めなかったということです。

人は年を重ねるにつれて過去を見、うしろを向きがちになります。しかし聖書は、神の霊が注がれると、「若者は幻を見、老人は夢を見る」と言います。皆さんも聖霊の注ぎを祈り求めて下さい。そして、幻を見、夢を見て、祝福を受け取る人生を生きてください。

今日の一言: 夢をもって生きよう

平安
鶴田健次



2011.07.04 20:51 | 鶴田健次牧師より

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