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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

イースター

4月24日、サンデースクールによるイースターさんび・みことば発表会が行なわれました。このイースターの日によみがえって今も生きて愛してくださっているイエス様に喜んでいただくため、子どもたちが一生懸命、何度も練習し、発表しました。

今回の発表会には、ナースリーから小学生まで合わせて13名の子どもたちが参加しました。練習は日曜日のサンデースクールや水曜日、親御さんが祈祷会に来られている間を利用して、約2か月行なわれました。また、各家庭でさんびやダンスの練習ができるよう、CDやウエブサイトを利用して、車の移動中に聞いたり、朝の目覚まし時計代わりに毎朝聞き、ダンスを覚えたり、工夫しながら使っていただきました。

発表会の内容は、3曲の日本語によるさんび、1曲の英語のさんび、8つのみことばを子どもたちに割当て、暗記し発表するということをしました。普段は英語を使って生活している子どもたちなので、日本語で発表すること自体大変だったと思いますが、一人一人大変頑張ってくれました。

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          ナレーターの夕紀子姉妹

私の手違いで、ふたりの子どもたちが同じみ言葉を覚えていることに前日まで気づかず、みかちゃんに急きょ別のみことばを覚えてもらうようになって、みかちゃんには本当に悪いことをしたと思っています。長いみ言葉を素直に引き受けてくれた子供の優しさ、たくましさを見て、大人の私が励まされました。

当日、こどもたちはかわいいドレス、スーツを身にまとい、イエス様にさんびやダンス、みことばをお捧げしました。子どもたち一人一人が一生懸命みことばを覚え、「みことば覚えたよ!」と報告してくれる子どもたちはとても輝いていました。

純粋無垢な子どもたちとともに学び、賛美できることは何という特権でしょう!
この発表会を通して、私が一番勉強させていただきました。

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さんび・みことば発表会のひとコマ

また、子どもたちの日々の努力や親御さんの陰の支え、サンデースクールのゆきこ姉、ミスビビアン、治美姉の毎週のご奉仕、ビデオマンをしてくださったみどり姉、カメラマンのショーン兄、音響を担当してくださった田尻兄、韓国語の歌を日本語で歌い直してくださり、ピアノを弾いてくださったさおり姉、英語翻訳をしてくださった優子姉、ミスヴィヴィアン、背景作りをしてくださったあや姉、CDを作ってくださったゆきマイヤー姉、田上兄、リハーサル日に子どもたちへのご褒美をくださったけい姉、照明を担当してくださった松岡兄、多くの方々のお祈りの支え、本当にありがとうございました。

そして何よりも、 イエス様の導き、聖霊様の助けによってすべてがなされたことを感謝し、神様に栄光をお返しいたします。

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          全て終わった後は、お楽しみのエッグハンティング

『(あの方は)ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。』     (マルコの福音書28章6節)

『「子どもたちを、わたしのところに来させなさい。」止めてはいけません。神の国は、このような者たちのものです。』 (マルコの福音書10章14節)

(子供ミニストリー: 香織)



2011.04.28 00:00 | 子供ミニストリー
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皆さん、ハッピー・イースター!

日本への伝道旅行のために“牧師室より”のメールメッセージをしばらく休んでおりました。お陰さまで無事に伝道旅行から戻ることができました。皆さんのお祈りを感謝します。

今朝はイースターのせいか、時差ぼけ(?)のせいか、4時に目が覚め、これからの歩みを祈り求めながら主の復活にまつわる四福音書の御言葉を読んでみました。

この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。・・・・・(マタイ28:5-6)

イースターは、イエス様が私たちに自由を得させるために死に勝利されたことを祝うものです。主は、私たちが天の御国に加わることをどれだけ切に願っておられることでしょうか。

主が私たちに与えておられる贈り物、つまり罪の赦しと永遠の命の贈り物をただ受け取るだけで得られるこの恵みを感謝します。しかし、こんな有り難すぎる無償の贈り物の背後には、神の子の命という大きな犠牲があることを忘れてはならないことを思います。すると自然にこんな祈りが心から湧き上がりました。

「主よ、あなたの赦しの贈り物と永遠の命の贈り物を感謝していただきます。私が生きるようにとあなたが備えて下さった人生を私は生きたいです。主よ、私をこんなに愛してくださり感謝します。」

これは非常に簡単ですが、すべてを変える祈りです。私たちが、「主イエスの血によって私の罪が赦されたことを信じます」と言うとき、私たちの人生のすべてが変わるのです。私たち自身が、そして私たちの永遠が変わるのです。主の十字架と復活には、なんと偉大な力があることでしょう。

「主よ、あなたをほめたたえます。あなたの愛を感謝します。イースターを感謝します。たとえどんなに落胆することがあっても、私たちの将来には良い事があることを感謝します。たとえ人が何を言おうが、あなたは私を愛していると言って下さることを感謝します。たとえ私の人生にどんな事があっても、あなたの所に来るありのままの私を受け入れて下さることを感謝します。あなたの愛の贈り物を感謝します。自由の約束を感謝します。御名によって祈ります。アーメン!」

朝の瞑想の中で、

平安
鶴田牧師




2011.04.24 23:15 | 鶴田健次牧師より
WN & KS
(ノーマン長老と通訳の和美姉妹)

先週に引続き4月17日の礼拝もノーマン長老が日英合同礼拝を執り行ってくださいました。通訳は同じく和美姉妹です。今日は、『復活の喜び』と題して メッセージを取り継いで頂きました。 聖書箇所は第一コリント15章58節です。「だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。」

第一コリント15章は、キリストの復活が確かである事を証明している章です。この章全体を通して「復活の喜び」につながるキリストの復活と、キリスト者の責任ある生き方などについてお話していただきました。このパウロによる福音のメッセージはコリントの人々に向けて語られました。

著者パウロは、「キリストは死人の中からよみがえったのだと宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死人の復活などはないと言っているのは、どうしたことか。」と12節で仰っておられます。コリントの人々の中にはそう思っている人々もいました。イエスの復活がもし偽りであったり、復活が無かったのであれば、私達の信仰も、罪の贖いも何の根拠も無くなってしましまいます。そして、私達がキリストの再臨の時に上げられる携挙の約束も何もかも崩れてしまいます。

イエスは3日目に甦り、「ケパに現れ、次に、十二人に現れたことである。そののち、五百人以上の兄弟たちに、同時に現れた。その中にはすでに眠った者たちもいるが、大多数はいまなお生存している。」(1コリ15:5-6)と仰られ、揺るがない確かな証言を示しています。聖書の預言は、未だかつて外れたことがありません。救い主が現れること、キリストの死、キリストの復活、 全てが聖書預言の中で成就しました。

パウロもまた復活した主の御声を聞いています。パウロはユダヤ教に対する熱心さから神の教会やキリスト者を迫害し、外国へ逃げるキリスト者を追いかけ、そのダマスコ途上で『私が主だ』という主の声を聞きました。パウロは神の大いなる恵みにより回心に導かれ真実を知り、ついには異邦人の使徒とされるに至ったのです。

私達はキリストを未だかつて見たことはありません。ですがその存在を信じています。それは私達人間を通してキリストが働かれ、その中に在住するキリストを人々は見ることが出来るからです。事実、劇的な回心をとげた迫害者であったパウロを、キリスト者たちは信じたのです。それは人々が パウロの中にキリストを見たからでした。ちょうど電気も同じようです。電気そのものを見た人はいません。電球の明りがついたり、スイッチを入れると音が出たりする現象を見て、電気がある、電気が来ていると知るのです。

私達がイエスを信じ罪が贖われても、やはり死はやって来ます。しかし主は、イエスの復活を信じるなら天国で永遠に生きると言われ、復活の故に私達には死に打ちかつ希望が約束されています。このことは新約聖書の中20箇所で述べられています。

キリストの復活を信じるという土台に堅く立って生きることは、いかなる逆境にも、また執拗なサタンの誘惑にも決して動かされることはありません。堅い信仰の土台とは驚くべき祝福であり、それはキリストの復活によって与えられたものです。私達はキリストを信じる者として、神の御心なる道を歩み、キリストの体を建て上げていくべきだとノーマン長老を通して神の熱いメッセージを受けとりました。パウロに学んだ、『復活の喜び』でした。

2週間にわたりメッセージの労を取ってくださったノーマン長老 と、何度も足を運び丹念にノーマン長老と準備を重ねられた通訳の和美姉妹に感謝します。

私達一人びとりが主の復活を信じる堅い信仰に立ち、動かされることなく、いつも全力を注いで主のわざに励む者でありますよう、心からお祈りします。


(ブログ制作チーム: Sao)



2011.04.22 00:00 | 礼拝
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2011年4月10日の聖日礼拝は、日本伝道旅行中の鶴田牧師に代わり、ノーマン長老がメッセージを取り継いてくださいました。ノーマン長老は普段英語部の礼拝を受け持っておられますが、この日は日語部・英語部の合同礼拝となり、一同が会して礼拝を持ちました。メッセージの通訳は和美姉妹がされました。

メッセージの聖書箇所は列王記上17章1-16節です。ソロモン王が死んだ後、イスラエル王国は北イスラエルと南ユダに分裂しました。この箇所は、北イスラエル王国のアハブ王と預言者エリヤについて書かれているところです。

アハブ王は歴代の王の中で最も悪い王様と言われ、国全体が偶像礼拝に染まり悪習慣と罪が蔓延していました。そんな中、預言者エリヤは神の言葉を受けてアハブ王に、「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられる。わたしが告げるまで、数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう。」(列上17:1)と預言しました。

「わたしの仕えているイスラエルの神、主は生きておられる」という御言葉は、全ての人間の罪は神に覚えられている。アハブ王は蒔いたものを刈り取らなければならない、とエリヤは伝えようとしました。一国の王の罪は国民を誤った方向へ導き、国民に罪を犯させることになるからです。同様に一家の家長が神の御前にどのように生きるかは、家族全体にとってとても重要な問題です。

エリヤは「数年の間、露も降りず、雨も降らないであろう」と、干ばつの預言をしました。主の言葉がエリヤに臨み、「ここを去り、東に向かい、ヨルダンの東にあるケリトの川のほとりに身を隠せ。その川の水を飲むがよい。わたしは烏(カラス)に命じて、そこであなたを養わせる。」(列上17:3-4)と言われ、災いの預言をしたエリヤを、神はケリト川のほとりに身を隠すよう指示しました。そして「そこであなたを烏に養わせる」と言われたのです。現実ではとても受け入れられるような内容ではありませんが、主が仰せになったことなので、エリヤは従いました。

「すると、烏が朝ごとに彼の所にパンと肉とを運び、また夕ごとにパンと肉とを運んできた。そして彼はその川の水を飲んだ。」(列上17:6) 神は烏を使い、本当にエリヤを養ったのです。常識を超えた手段を提示されても、主を信頼しそれに従うことの大切さを教えています

干ばつはケリト川にも及び、神は、「立ってシドンのサレパテに行き、そこに住め。わたしは一人のやもめに命じて、そこであなたを養わせる。」(列上17:9)とエリヤを、アハブ王の后・イゼベルの故郷でバアル信仰がはびこる土地へと導かれました。主がなさることは私たちの思いと異なることがたびたびあるものです。

サレパテの町の入り口で一人のやもめ女に会い、エリヤは水を持ってきてくれるよう頼み、またパンも持ってきてくれるよう頼みました。ですが彼女は、壺の中に一握りの小麦粉と、瓶の中にわずかな油があるだけで、それを食べてしまえば後は死ぬのを待つばかりであることを話しました。するとエリヤは、「恐れてはならない。帰って、あなたの言ったとおりにしなさい。だが、まずそれでわたしのために小さいパンを作って、わたしに持って来なさい。その後、あなたとあなたの息子のために作りなさい。なぜならイスラエルの神、主はこう言われる。主が地の面に雨を降らせる日まで、壺の粉は尽きることなく、瓶の油は絶えない。」(列上17:13-14)そう言うのです。

彼女は、粉も油も尽きることがないという信じられるはずも無い言葉を信じ、エリヤの言うとおりにしました。そして何が起こったでしょう、「主がエリヤによって告げられた言葉のとおり、壺の粉は尽きることなく、瓶の油も絶えなかった。」(列上17:16)のです。エリヤに出会うまでは、やもめ親子は死ぬつもりでいました。しかし神を第一とした時、つまり神から託されたエリヤの言葉どおりにしたとき、天の窓が開かれ、必要が満たされました。それどころか希望という大きな祝福をいただきました。


最初は人に嫌われている烏が、次には極貧のやもめがエリヤの養い手として与えられました。それは、主の業は人知を越えたところにあることを知るためでした。またこの聖書箇所を通して神に従順に従うこと、神の語る声を忠実に聞き入れ、惑わされること無く神を第一とすることが「祝福の条件」であると学びました。


(ブログ制作チーム: みどり)



2011.04.15 00:00 | 礼拝
「愛する者たち。私たちは、互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者に、神はわかりません。なぜなら神は愛だからです。神はそのひとり子を世に遣わし、その方によって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに示されたのです。私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全うされるのです。」(第一ヨハネの手紙 4:7-12)


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(羽田空港到着風景 この後すぐ余震が・・)

私たち家族は3月16日から4月4日まで日本に滞在しました。 3月11日の東北関東大震災から5日後の事でした。

出発前日、テレビでは福島原発が爆発する映像が写され放射能が漏れているというニュースが流れていました。ニュースを見た人達からは、旅行を延期した方が良いのではと進められましたが、私たち家族は日本の方達が経験していることを少しでも共有したい思いと、福音を命懸けで伝えたいという思いでアメリカを出発しました。日本で何かあっても、神により開かれたドアを進む覚悟でした。

そんな覚悟を決め乗りこんだ日本行きの飛行機はがらりと空いていました。飛行機は定刻通り飛び、地震の被害が比較的少なかった羽田空港に12時間あまりの飛行時間の後、降り立ちました。日本到着後、突如余震が起こりました。震度3くらいの小さい余震ではありましたが、これからの滞在中ずっとこういう余震が続くことになりました。

空港まで迎えに来てくれた家族と車で茨城県南部の実家へ行く途中、数多くの余震の為通行止めになっている高速道路がたくさんあり、私達が通るはずの高速道路も通行止めになっていました。

着いて最初の一週間はガソリンを得る為、ガソリンスタンドに多くの人がつめかけ長蛇の列が出来ていました。地震の影響でガソリンを運ぶ会社や道が被災し、ガソリンを運ぶ手段が乏しくなったせいだろうと思います。そして、これは私が聞いた話ですが、日中に営業しているガソリンスタンドへ並ぶ長蛇の列が交通の妨げになるので営業停止にする、などと警察署から警告されたとの事でした。そのせいか、ガソリンスタンドは夜中にオープンしたり、日中に開いていてもすぐ閉まったり、 また営業していない所が殆どでした。

事態は深刻で、水の配達もしてもらえず、市内のスーパー、コンビニエンスストア、自動販売機から一斉に水が消えました。幸いにも、両親の家には水のストックがあり、節約をしながら2週間ほど水の配達を待っていましたが、水の買い置きが無い人にとっては、店の在庫切れ、配達停止は予想外の出来事でパニックになってしまったようです。

ガソリンがなく外出を自粛していた1週間、私達は母と祖母に福音を伝える機会に恵まれました。ラスベガス教会でインターネットを通じスカイプを繋いでくださり、家族で祈祷会のメッセージを聞けた事は心から感謝でした。消防士をしている父は怪我をしてしまいましたが、ラスベガスの神の家族たちの祈りの中、順調に回復をしていきました。私達家族自身も、祈り求め、常に神と一緒にいるのだと感じることが出来、とても心強い伝道ができました。

2週間目には段々と生活が整っていき、ガソリンも並ばずに買えるようになりました。私達は教会の礼拝にも出席することがにも出向く事が出来、毎朝母を会社に送り迎えする時、母と車の中で神の話しをする機会にも恵まれました。

テレビでは小さい子には井戸水や水道水を避けペットボトルの水を、という情報が流れていました。水は殆どが売り切れていましたが、2リットルボトルは一人1本まで、500mlは一人2本までと規制されていました。

3週間目には放射能の情報もハッキリして、避難地域以外の放射能の数値も人体に影響する数値よりもずっと低いと判明し、段々と人々が外へ出掛けるようになり、普通の生活に戻っていきました。

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(被災者に一日無料開放された、桜の花咲く上野動物園)

実家のある市も被災地でしたが、他の市よりも被災はずっと少なく、3月29日から他の地域の被災者の受入れを開始しました。

私たち夫婦も短い期間でしたが、社会福祉協議会という所を通じてボランティア活動をしました。仕事の内容は、炊きだし、受付、話し相手、物資の受取りなどでした。被災が大きい宮城の方ではこれに加え、被災した外国人用の通訳、瓦礫のかたずけ、避難所への物資の運搬等がありました。私たち夫婦は、支援物資を受けとり、被災地の方達にその物資を手渡す仕事のお手伝いをさせていただきました。物資は、地域の皆さんからの自主的な寄付によるものです。余った物資は、それを必要とする別の避難所に送られるというシステムでした。

避難生活をされている方々には500mlの水が持ち運びできるという点で人気でした。被災してから日々が経ってくると、ジュースのような飲み物も好まれました。何気なく遊べる玩具、ぬいぐるみ、スーパーボールやトランプ、お手玉なども子供達を喜ばせていました。 大人の方には、電子機器無しでも情報が知れる新聞が重宝されました。

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(ボランティア仲間と一緒に記念撮影)

被災地では、今年は例年になく寒い3月でしたので、未使用の暖かい下着などはとても喜ばれました。そんな寒い中でも、皆さんの節電の協力と、暖かい日が何日か続いた事もあり、計画停電の不必要な日も出てきた事は感謝でした。茨城は被災地でしたので、計画停電の地域からは外れていましたが、長い所では5時間停電する地域もあったので、多くの方の節電により計画停電を避けられたことは神の守りを感じる出来事でした。

今回の日本の旅は、私にとってクリスチャンになってから初めての伝道旅行でしたが、私達が滞在していた間、福音を伝える情熱が溢れ、数ある難関にも神に委ねる姿勢が守られ、実に実りあるこれ以上ない充実した旅となりました。私の家族を始め、たくさんの方が神の福音の話に耳を傾けてくださいました。

頑なに閉ざされていた心を完全には開く事は出来ませんでしたが、この旅で撒かれた種が時間を経て色々な事が起こる中で、つぼみになり花が咲く事を考えると、神の御業の素晴らしさを称えずにはいられません。この機会を作ってくださった神に感謝で一杯になりました。これも、上からの御力と背後での祈りの有士達のおかげだと心から感謝いたします。

地震からもうすぐ1ヶ月が経とうとしています。色々な方面での復興のめどがメディアから放送される中、被災者の方々の疲れがピークに達してきています。どうか彼等ひとりびとりの心の傷が、神の御手により癒されますように。そして近い将来、日本の大勢の方達が救いの恵みへと繋がり、光であるイエス様を見つめ、喜びに満たされ歩んでいけますように、心からお祈りいたします。

「神は,実に,そのひとり子をお与えになったほどに,世を愛された。それは御子を信じる者が,ひとりとして滅びることなく,永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書3:16)


(ブログ制作チーム: Sao)

2011.04.08 00:00 | お知らせ
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