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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今日は、目に見えるものに惑わされず、常に最高の自分を生きるということを考えてみました。

先日、ある方がマザー・テレサの有名な言葉を送って下さいました。これは以前、礼拝メッセージの中で引用したこともありますが、本当に素晴らしい言葉です。皆さんにも再度お分かちします。ぜひ、いつも目に付くところに貼っておかれるといいでしょう。

人は不合理、非論理、利己的です。
気にすることなく、人を愛しなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく、善を行いなさい。

目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう。
気にすることなく、やり遂げなさい。

善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう。
気にすることなく、善を行い続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう。
気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい。

助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく、助け続けなさい。

あなたの中の最良のものを世に与え続けなさい。
けり返されるかもしれません。
気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。

気にすることなく、最良のものを与え続けなさい。


人を気にせず、状況に左右されず、いつも善を行うということは、なんと高貴な生き方でしょうか。また、いかに良い実を刈り取る人生を生きることになることでしょう。しかし、果たして私たち人間にそんな生き方が可能でしょうか。もちろんです。

使徒パウロは、こう言っています。

「わたしは、どんな境遇にあっても、足ることを学んだ。わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。わたしを強くして下さるかたによって、何事でもすることができる」(ピリピ4:11-13

パウロは、「わたしを強くして下さるキリストによって、どんな境遇に処することもできる」と言っているのです。つまり、このような高貴な生き方は、自分の力によってではなく、キリストの愛に動機づけられて初めてできることだということです。

また、イエス様は、「わたしの兄弟であるこれらの最も小さい者のひとりにしたのは、すなわち、わたしにしたのである(マタイ25:40)」とおっしゃいました。

キリストにある者は、どんな人に対しても、その人の中にキリストご自身を見出していくことが大切なことです。また、この人も神に愛されている人なのだというところに、誰に対しても、いつも善を行う根拠と理由があるのだということを心に留めたいと思います。

今日の一言:いつも善を行なおう


平安
鶴田牧師


2011.01.31 14:59 | 鶴田健次牧師より
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ラスベガス日本人教会には、様々な聖書の学びの場があります。入門クラス、スモールグループ、リーダー訓練会、シニア聖書クラス、献身者クラス(現在休講中)、月曜日の聖書クラスなどです。そこで今回は、毎週月曜日夜7時から鶴田先生宅で開かれる聖書クラスをご紹介します。

聖書は、確かに大昔に書かれたものですから、ある程度読み慣れないと読みにくい面もあります。また、聖書は神の霊感を受けて書かれた神の言葉なので、聖霊の助けをいただきながら聖書を学ぶことが重要です。聖書は66巻から成り、全部で1189章に及ぶ長編ですが、一言で言えば、その内容は「イエス・キリストによる救い」です。

「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。それによって、神の人が、あらゆる良いわざに対して十分な準備ができて、完全にととのえられた者になるのである。 」(IIテモテ3:16-17)


聖書は、心を開き、祈り心を持ち、聖霊の助けをいただきながら読めば、誰でもその中に神の愛を見出し、救い主イエス・キリストに出会うことができます。聖書は、クリスチャンにとって、霊の食物だといわれていますが、読んだだけで理解できる霊の乳と、読んだだけでは理解できな堅い食物があります。

あなたがたに乳を飲ませて、堅い食物は与えなかった。食べる力が、まだあなたがたになかったからである。」(Iコリント3:2)

ですから堅い食物を食べられる霊的大人のクリスチャンに成長するためには、私たちは聖書の学びに積極的に出席し、堅い食物を食べられるようになる必要があるのです。

そういう目的のもとに始められたのが月曜日の聖書クラスで、これまでに以下の学びがなされてきました。

8/14/2006 – 9/21/2008 「クリスチャンとしての成長の学び」 (テキスト全232ページ)
10/13/2008 – 8/10/2009 「使徒行伝の学び」(テキスト全47ページ)
8/17/2009 – 9/28/2009 「エペソ書の学び」(テキスト全7ページ)
10/19/2009 – 9/20/2010 「ヘブル書の学び」(テキスト全41ページ)
10/11/2010 – 現在進行中 「ローマ書」

現在、月曜の聖書クラスは10名ほどの参加者ですが、CAに行っておられる一人の姉妹がスカイプを通じて参加されています。このクラスは、全員が聖書の学びに熱心で、皆さんが予習をして臨まれ、その予習の部分で皆さんが様々な霊的祝福の経験をしておられます。

神の言葉である聖書を深く学び、神の御心を知ることは豊かな人間性を作ると共に霊的な成長には欠かせないものです。そして何よりも、聖書の学びが深まるにつれ、神の愛の大きさに対する認識も深まり、神を愛する心、そして人を愛する心が増し加えられていくことを感じずにはいられません。これからも更に御言葉の学びに励む者でありたいと思います。

「まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである」(ロマ5:8)


(ブログ制作チーム: 松岡幸夫)

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今日は、肯定の原理について考えてみました。

愛には偽りがあってはならない。悪は憎み退け、善には親しみ結び、 兄弟の愛をもって互にいつくしみ、進んで互に尊敬し合いなさい。(ローマ12:9-10)

もし、あなたが人生に恒久的な素晴らしい変革をもたらしたいと願うなら、あなたの人生を愛で満たしましょう。なぜ?それは、愛ほどあなたの人生に活力を与え、それを蘇らせ、一新させるものはないからです。それは、あなたに、人生の目標に向かって長い道のりを最後まで走り抜く力を与え、途中で諦めさせたりしないからです。

あなたの人生を愛で満たすということは、あなたの人生の変革のために、他者からの愛を受け取る必要があるというだけでなく、あなたも周りの人々の人生に変革をもたらすために、彼らに愛を与えなければならないということです。あなたが隣り人の問題をあなた自身の問題とするとき、代わりに神があなたの問題を解決し、あなたを祝福されるのです。

ヨブの人生を例として見て下さい。彼は、家族、健康、富、そのすべてを失いました。しかし、最後には、神はヨブが失ったすべてのものを回復されました。しかも二倍にして回復されたのです。なぜでしょう?それは、ヨブが彼自身の回復を祈ったからではありません。それは、彼が、彼を非難し続けた友人たちのために祈ったからです。ヨブが彼らのために祈ったとき、神はヨブを祝福されたのです。

その意味で、私たちの教会のスモールグループの働きは重要な意味を持っています。皆さんは、しっかりそれぞれのグループにつながる必要があります。なぜなら、他の人々の愛によってあなた自身の必要が満たされると共に、あなたの愛によって彼らの必要が満たされるためです。あなたが彼らを助けることに集中するとき、神はあなたの必要を満たし、あなたを豊かに祝福されるのです。これが肯定の原理というものです。

今日の一言: 肯定の原理は自分の人生を愛で満たすこと


平安
鶴田牧師

2011.01.24 12:40 | 鶴田健次牧師より

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