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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

1月26日火曜日に今年初めての『聖書に基づく子育て勉強会』が開かれました。一昨年の11月から1ヶ月に1回というペースで香織バンクス姉妹が重荷を持ってこの勉強会をリードして下さっています。

まず、いつものように、お祈りから始まり、賛美歌を歌いました。 子供達もいましたが、勉強の時間になると子供達の心が整えられお母さん方も集中して勉強ができました。 『聖書が教える親の道』と言うテキストを使って、先月に引続き『両親チームの実際の行動』の箇所を勉強しました。

テキストによると、こう書かれてあります。 夫婦が一つの考えかたを持つとき、それは夫の導きまたは妻の意見から始まり、夫のリーダーシップのもとでその決断を行うべきです。 アブラハムとサラの二人も サラは意見を出しますが、決定はアブラハムでありました。しかし、神に祈りを求めたアブラハムは神の意見を知り、二人が一致に達するまで行動に移しませんでした。

一致が無いままで歩みを踏み出すために多くの家族が混乱してしまう恐れがあるので、家族の核である夫婦の意見の不一致はとても重要な問題になってきます。そんな時に夫婦が同じ神様を見つめ、全能の神に祈り求める事によって、頭(夫)がリードし、耳を傾け、助け手(妻)が従い、意見を言うことによって、両親チームは子供を育てるための強力なチームとなるべく備えられるのです。

この両親の振るまいを見て育つ子は、神を尊敬し、素晴らしい両親を神に感謝する様になるのです。

「わが子よ。あなたの父の命令を守れ。あなたの母の教えを捨てるな。それをいつも、あなたの心に結び、あなたの首の回りに結びつけよ。これは、あなたが歩くとき、あなたを導き、あなたが寝るとき、あなたを見守り、あなたが目覚めるとき、あなたに話しかける。」(箴言6:20-22)

子育て 1

こういった素晴らしい術を学び、最後にお祈りで終わりました。 そして、その後お母さん達が作ってきてくださったポットラックで昼食を頂きました。 いつもは、自分の作るものを食べているお母さん達ですが、他のお母さん達が心を込めて作ってくださった昼食に改めて感謝する機会が設けられ、とても良い交わりとなりました。

忙しいお母さん達ですが、子供の無事、そして夫婦の関係を神に祈り委ね、今年も勉強会に勤しみましょう♪

子育て 2
子育て 3
(ブログ制作チーム: Sao)
「私たちは神の作品」(エペソ2:10)


神は地上のすべての生き物に、それぞれ特別な能力を与えられた。ある動物は走るのが得意である。また、あるものは跳び、あるものは泳ぎ、あるものは穴を掘り、そして、あるものは空を飛ぶ。それぞれが神に創られた目的に基づいて、特別な役割を持っているのだ。そして、それと全く同じことが人間にも言える。私たちは、それぞれ独自性をもってデザインされ、またある事をするために造られたのである。

建築家は、どんな新しい建物を設計する時でも、まず最初に、「建物の目的は何か?」、「どのように使われるのか?」と尋ねる。なぜなら、意図する機能が建物の形を決定するからである。

神は、私たちを創られる前に、私たちに地上でどんな役割を果たして欲しいかを決められた。神はまた、私たちにどのように仕えて欲しいかを綿密に計画し、それから、その働きのために私たちを形造られたのである。私たちは、ある素晴らしい働きのために造られたので、今の私たちがあるのだ。
 
聖書は、「私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られた(エペソ2:10)」と言っている。私たちは、神の御手で造られた最高傑作だ。私たちは、何の考えもなく、流れ作業で大量生産されたようなものではなく、特注で造られた、この世に二つといない最高傑作なのだ。

神は、私たちの働きを独自なものとするために、その事を意識しながら私たちを形造られた。神は私たちを造るために慎重にDNAレシピを混ぜ合わせられたのだろう。ダビデは、神が私たち一人ひとりをデザインする際に払われた信じられないほどの細かい個人的な配慮を覚え、神をこのように褒め称えている。 

「あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました。わたしはあなたをほめたたえます。あなたは恐るべく、くすしき方だからです。あなたのみわざはくすしく、あなたは最もよくわたしを知っておられます。」(詩篇139:13-14)

神は、私たちが生まれる前に私たちを形造られただけではなく、私たちを支え導くために、私たちの人生の日々を計画されたのだ。ダビデは続けてこう言っている。

「あなたの目は、まだできあがらないわたしのからだを見られた。わたしのためにつくられたわがよわいの日のまだ一日もなかったとき、その日はことごとくあなたの書にしるされた。」(詩篇139:16)

これは、私たちの人生で起こるすべての事は何一つ重要でないものはないということだ。神は、人々に対する働きのために、また神への奉仕のために、すべてのものを用いて私たちを造り上げられるのである。

神は何一つ無駄にされることはない。神は、それらをご自身の栄光のために用いようと意図しておられなければ、私たちに能力や、関心や、賜物や、個性や、経験などを与えられなかった筈だ。だから、与えられているこれらのものを見極め、理解できれば、私たちの人生における神の御心を発見できるのだ。

聖書は、私たちが神の作品であると言っている。なんという有難い言葉であることか。また、私たちは多くの違った要素が組み合わされた驚くほどに素晴らしい存在なのだ。神が私たちをそのようなものとしてお造りになったのは、私たちが神の栄誉を宣べ伝えるためなのだ。

「この民は、わが誉を述べさせるために、わたしが自分のために造ったものである。」(イザヤ43:21)


(LVJCC担任牧師: 鶴田健次)
2010.01.22 00:00 | 牧師の独り言
毎週グループごとにサマリンにあるManor Health Care Centerにいる美津子さんの訪問礼拝を行っております。
1月7日、みどりさん、私、カーソンと、今回はゴスペルクワイヤーのメンバーのさおりさん、あやさん、ショーンも加わり、元気な訪問礼拝が行われました。

その日の訪問はお昼ご飯後で、昼寝の時間と重なり、美津子さんはベッドで横になって、うっすら目を開けたり閉じたりしておられました。

ご挨拶をして、お祈り、聖書の朗読の後、さおりさんのリードのもとストレッチ運動、発声練習、声を出しやすい姿勢などを教えてもらい、ゴスペルによる賛美となりました。『ホザナ』 『驚くばかりの』 『24/7』を賛美しました。皆で心を合わせて賛美を捧げ、部屋中そして廊下まで声が響き渡りました。Manor Health Care Centerで働いている方が私たちの様子を見に来られたり、『So Beautiful!』と声をかけてくださる方もおられました。

ゴスペルで賛美をしている間、美津子さんは変わらずベッドに横になり目をつむったり開けたりしておられましたが、ゴスペル後あやさんがお話をされたとき、大きく反応を示され、2人で会話をされているようでした。

主がいつも美津子さんと共におられ、寂しい思いをしなくてもいいように、大きな愛で美津子さんを満たしてくださいます。看護をしてくださる方々が福音を聞き、Manor Health Care Centerが神様の愛で満たされますように。

1.7.10 美津子姉訪問礼拝 008
1.7.10 美津子姉訪問礼拝 016
1.7.10 美津子姉訪問礼拝 009

主をほめたたえよ。
われらの神をほめうたうことはよいことである。
主は恵みふかい。
さんびはふさわしいことである。
(詩篇147篇1節)

(ブログ制作チーム: 香織) 
2010.01.15 00:00 | その他
2010年の新年礼拝が1月3日(日)に持たれました。
今日の礼拝で豊子ガスプリーノ姉妹が洗礼の恵みに預かられ、お正月早々教会内は祝福モードになりました。 

1.3.10 新年礼拝020

今年、神様が私達の教会に与えて下さった教会標語はピリピ書1:20より「キリストが崇められる教会」です。

そして礼拝メッセージでは「キリストが崇められる教会」になる為に私達が実践すべき事を、ピリピ書1:12-21の御言葉から鶴田先生が語って下さいました。

1.福音の前進の為に生きる

キリスト教世界を代表する指導者であったパウロは、福音の為に迫害を受け、ローマの牢獄に入れられました。しかし、彼はその投獄がかえって福音の前進に役立ったと語っています。それは、彼が牢獄の中で警備をする人々に伝道し、それがやがて兵営全体に広がることになったからです。またその牢獄での出来事が、それから後のクリスチャンたちが迫害を受けたときに、それが福音宣教の行き詰りにはならないのだということを示す良い機会にもなりました。そしてさらに、パウロの投獄により他のクリスチャン達に力が与えられ、大胆に福音を語る者に変えられたことも福音の前進に役立ったことでした。

私たちが周りの人々に福音を伝え、その人々が救われることをイエス様はどれほど喜ばれることでしょうか。福音の前進のために生きることほど、キリストが崇められることはありません。その事を絶えず心に留めながら、絶えず伝道に励み、福音の前進のために生きていく教会でありたいと思います。

2.キリストの心を心として生きる

パウロは「生きることはキリスト」であると言いました。この言葉はパウロの体験に基づく実感の言葉であり、キリストと一つとなって生きていたことを証するものです。パウロは投獄された自分の身の上よりも、常にキリストが崇められることを願いとしていたので、人の目には悲惨な投獄という出来事の上にも主は勝利を与えて下さり、神様によってでしか開かれない道が開かれ、不思議な業がなされていったのです。

私達の中にもパウロが信じた同じイエス様が生きておられます。イエス様は私たちを通して働きをされたいと望んでおられます。大事な事は私達がイエス様の思いにどこまで心を合わせられるかということです。主の為の働きには大きさの違いがあるように見えますが、主が一番気にしておられる事は、主に対する私たちの忠実さです。ただその事だけが私達が主の働きをする時に大事なことです。そうでなければキリストと心を一つにする事はできません。何をするにしてもキリストの心を心とし、どんな状況においてもキリストならきっとこうされるだろうと思えることだけをしていく、それがキリストが崇められる生き方です。

3.死ぬ事も益として生きる

パウロは21節で「私にとっては、死ぬことも益です」と言っています。この言葉を直訳すると「死ぬという事は、私の獲得物である」ということです。一般的に死はマイナスなイメージがあります。しかし、クリスチャンにとっては死ぬことは何かを獲得することだというのです。パウロは神様から特別にパラダイスを見せてもらう経験をしました。パウロが見たパラダイスは私たちにも約束された場所です。そのパラダイスの確かさを神様はパウロに直接見せることによって、その事実の証人とされたのです。この事実の上に、死ぬことさえも益であるという世界が私たちの前途には広がっています。そんな死生観、そんな世界観に根ざした歩みをしながら、キリストを拡大して、世の人々に証しする、それがキリストが崇められる生き方です。

礼拝後は、交わり委員会主催の新年会が持たれ、美味しいポットラックランチをいただきながら良き交わりの時が与えられました。また、日本舞踊やサモアダンスがお披露目され、大変楽しく賑やかな新年会となりました。最後に、各自に与えれた年間聖句の発表がなされ、それぞれが今年一年のクリスチャンとしての抱負を分かち合いました。

主が与えて下さった教会標語と各自の年間聖句の御言葉を実行しながら、教会員一同、主に忠実に従う一年であることを願います。

1.3.10 新年礼拝046
1.3.10 新年礼拝049
1.3.10 新年礼拝054
(ブログ制作チーム:薫)
2010.01.07 00:00 | 礼拝
12月27日(日)、聖日礼拝後、教会堂の大掃除が礼拝参加者全員の協力により行われました。今回も大掃除分担表に基づき、会堂内を6班に分け、各責任者のもとで手際よく清掃がなされました。

12.27.09 年末大掃除 009

現在の会堂に引越して来て一年が過ぎました。その間、日曜礼拝、祈祷会、早天祈祷会、各聖書クラス、入門クラス、礼拝賛美の練習、ゴスペルクワイヤーの練習、役員会、婦人会、青年会、各種コンサート、ヨガ教室、日本語クラス、クラフト教室など、様々な目的のために有意義に用いられてきました。

今日の年末大掃除には、教会員はもとより、毎回礼拝に参加しておられている未信者の方々も積極的に加わって下さり、活気に満ち、笑い声の絶えない楽しい大掃除となりました。

教会は神の家、神の建物です。聖霊降臨によってエルサレムの教会が誕生して以来、クリスチャンたちは皆一緒にいて、互いに協力し合い、心を一つにして会堂に集まり、神を賛美し、礼拝し、喜びと真心をもって食を共にし、主を証しました。そして、日々、救われる人々が加えられていったのです(使徒2:44-47)。

このように教会堂は、今も昔もキリスト者だけのものではなく、喜びと、平安と、生きる目的を求める人々が足を踏み入れるところです。そして、そこで神の臨在に触れ、福音を耳にし、罪の赦しと救いへと導かれていくのです。

私たちがよその地を旅し、そこに教会堂を見つけ、ひと時の安息を得る時、心に静かな潤いが与えられます。そのように、教会堂を、いつでも、誰が来られても、心休まるひと時を持てるように綺麗に保つと共に、私たちの心も時どき大掃除が必要かも知れませんね。

今回の大掃除、皆様が「主のため」にご奉仕されたこと、心より感謝致します。

12.27.09 年末大掃除 017

12.27.09 年末大掃除 013                
(教会堂清掃責任者: 松岡)
(奉仕委員会: みどり)
2010.01.01 00:00 | 教会イベント

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