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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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10月25日(日)の日曜礼拝では日本短期宣教から帰ってきた5人の若者を迎え、宣教の証をして頂き、鶴田大地兄(鶴田牧師の息子さん)にメッセージを取り次いで頂きました。

JEMS Ministry (Japanese Evangelical Missionary Society)という、日本へのキリスト教宣教を目的とした団体がロザンゼルスにあり、大地兄はそこで会計担当として活躍されています。
そのJEMSで5人の短期日本宣教チームが結成され、7月28日~8月16日までの3週間、神奈川県にある日本ホーリネス教団茅ヶ崎教会や東海大学湘南キャンパス前に伝道の場として設けられたカフェ「J-LODGE」などで宣教活動をされてきたのです。
7月20日(日)の礼拝にもこの5人のメンバーは出発前に証してくださいましたが、その当日、メッセージをしてくださった Kevin West 宣教師がこのJ-LODGEのオーナーをされており、茅ヶ崎教会でも活動されています。

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(J-LODGE内で)
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(吉田レオ兄)
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(杉村ジョイ姉)

この日は吉田レオ兄と杉村ジョイ姉が証をしてくださいました。
東海大生が集まるカフェで賛美やダンスをしたり、ビーチでフットボールを投げながら話のきっかけを作り、たくさんの種まきがされました。
カフェでは様々な集まりが設けられたものの初めは数人しか集まらなかったようですが、最終的には30人ほどの学生が集まるようになったとのこと。
お二人が大胆に神を証しする姿を見て、神様が私たち一人一人に与えてくださった聖霊の素晴らしい働きを改めて感じました。

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(親子共演となりました)

大地兄はイザヤ書 6:1-7の御言葉よりメッセージを英語で取り次いでくださり、鶴田先生が日本語で通訳され、以下のような内容を語られました。

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預言者イザヤは、セラフィムが神の聖なる御座で、「聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな」と主を賛美するのを聞いたとき、とても興味深い告白をして、「私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間に住んでいる。」と言いました。
彼は、御使いの最高の賛美、理想的な賛美を聞きながら、そのような賛美をすることができない自分のくちびるの汚れを思い知らされたのです。

ヤコブは、「舌は炎、また悪のかたまりであり、体全体を毒する。
舌には地獄の火が燃えさかり、私たちの人生を滅びと災いの炎で包み込む」と言いました。

またイエス様は、「人の口は、心に満ちているものを話す」と言われました。
言い換えれば、祝福の言葉も呪いの言葉も、舌の言うことは、人の心に満ちていることを言っているということです。
したがって、くちびるの汚れた者は、汚れた心の者だということです。

今回の短期宣教で、“Hallelujah, Salvation, and Glory”という賛美をよく歌いました。
私たちの英語のクラスや、コーヒーショップや、車の中、またバス停で歌いました。
日本人は歌が好きで、ゴスペルも好きです。
しかし、ひとつ明らかな事は、彼らが何を歌っているのかを知らないということです。
それは、決して言葉の問題ではありません。
それは彼らが福音を知らないので、誰のことを歌っているのかを知らないということです。

イエス様は、パリサイ人のことを、「この民は、口先ではわたしを敬うが、その心は、わたしから遠く離れている。彼らが、わたしを拝んでも、むだなことである。」と言われました。

つまり、すべての賛美と恵みの歌は、たとえそれがどんなに甘い言葉であっても、もしその人が福音によって心が変えられていないなら、人の言葉ではなく心を聞かれる神様は、その歌に耳を傾けられないのです。

皆さんは、このイザヤ書6章で、旧約聖書の預言者が、やがて来たるべきキリストを指し示していることを見ることができますか?

たとえば6-7節で、「すると、私のもとに、セラフィムのひとりが飛んで来たが、その手には、祭壇の上から火ばさみで取った燃えさかる炭があった。彼は、私の口に触れて言った。『見よ。これがあなたのくちびるに触れたので、あなたの不義は取り去られ、あなたの罪も贖われた。』」と言われているように、ここに福音が指し示されているのです。

キリストの十字架は、主を賛美し礼拝するために、イザヤの口に触れ、また私たちの口に触れた、燃えさかる炭です。
つまり、燃えさかる炭とは、いけにえが焼かれて炭となったもの、すなわち、私たちの罪のために身代わりのいけにえとなられたキリストを指しています。

愛する兄弟姉妹、私たちは、救い主キリストが、日本人のために、燃えさかる炭となって下さるように、主に呼び求めなければなりません。
そして、彼らに福音を伝えなければなりません。
そうすれば、やがて彼らは、あらゆる部族と、あらゆる舌と共に、天国で、セラフィムが歌った歌を歌うでしょう。

シンクレアー・ファーガソンの言葉です。
「舌には、耳がありません。耳があるのは心です。そして、開かれた心の耳で神の言葉を繰り返し聞き続けるなら、心が作り変えられ、変えられた心は変えられた舌を作り始めるのです。」

私たちは、その変えられた舌で、主にふさわしい賛美をささげ、十字架の福音を宣べ伝えるのです。

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今回、短期宣教チームの証・メッセージを聞いて、クリスチャン人口が1%ほどの日本人に宣教していく働きがいかに必要かを再確認致しました。

(ブログ制作チーム: 優子)

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(礼拝後はポットラックで楽しい交わりがもたれました)
2008.10.31 00:00 | 礼拝
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ハロウィンがいよいよ今週の金曜日(31日)と迫ってきました。
ハロウィン期間中にアメリカ人が仮装などに費やすお金は毎年30億ドルほどにもなるそうですが、そもそもハロウィンとは何なのでしょうか。
・・・その答えは次の記事で鶴田先生にお答え頂きます。

さて、10月26日(日)の礼拝の後、子供たちにハロウィン・コスチュームを着てもらい、サンデースクールで練習してきた歌のお披露目をしてもらいました。

ハロウィンの衣装は普通、年にこのシーズンの一度きりしか着る機会がないのですが、せっかく衣装を用意したんだから教会の皆さんにもお見せしようとしたのが始まり。

また、アメリカでは毎年10月は Pastor Appreciation Month (牧師先生に感謝する月)ということで、子供たちから鶴田先生とノーマン長老に手作りのポスターとお花を手渡しました。

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お二人とも驚かれていましたがとても喜んでくださいました。
本来ならハロウィンの決まり文句は、"Trick OR Treat!" (お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうよ)ですが、お二人にとっては、"Trick AND Treat!" (驚かせてプレゼントをあげちゃう!)になったようです。

いつも私たち羊の群れを導いてくださる鶴田先生。そして英語部を助け導いてくださるノーマン長老。
このお二人は主にある忠実な僕として、生ける神をいつもどんなときでも証しする日々を送られています。 
イエス・キリストの心をご自分の心として生きておられる先生たちを見ていて、いつも励ましと力をいただきます。

こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。
それは、生徒たちを整え奉仕の働きをさせ、キリストの体を建て上げるためであり、ついに私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全に大人になって、キリストに満ち満ちた身たけにまで達するためです。

(エペソ 4:12-13)

主がお立てになられたこのお二人の上に、そしてなされるすべての働きの上に主の導きと豊かな恵みが末永くありますようにお祈り致しましょう。

(ブログ制作チーム / 子供ミニストリー: 優子)
2008.10.28 19:08 | 子供ミニストリー
ハロウィーンと言えば、仮装をした子供たちが「Trick or Treat?(何かくれないといたずらするぞ!)」と言いながら家々を回り、お菓子をもらう、そんなイメージを思い浮かべますが、このイメージのハロウィーンはアメリカで発展したもので、本来のハロウィーンは、数千年前の古代ケルト民族(アイルランドなど)の祭り(Samhain)に由来すると言われています。

古代ケルト民族は、1年の終わりを10月31日と定め、その夜を死者の祭としました。
それは死者の霊が親族を訪ねて来る夜であり、また悪霊が子どもたちをさらったり、作物や家畜などに害を加える夜でもありました。
古代ケルト人と古代ローマ人がブリテン島を征服して以来、両民族の祭りが組み合わされるようになり、古代ケルト民族のドルイド教の収穫祭の行事に、ローマの果家女神Pomonaの祭が組み合わされ、秋の収穫を祝い、悪霊を追い出すという祭りになったと言われています。

さらにその後、キリスト教が伝えられるようになり、この祭りを、カトリック教会の万聖節(毎年11月1日に諸聖人を記念する祝日)の前夜ということから、万聖節前夜祭を意味するHalloweenと呼ぶようになったのです。
(万聖節はAll Hallow'sと言い、その前日である事からAll Hallow's Eveと呼ばれていたのが、Hallow E'enとなり、短縮されてHalloweenと呼ばれるようになったということです。)

したがって、アメリカでのハロウィーンの慣習は、ケルト文化とカトリック教会の「諸聖人の祝日」が民間習俗的に独自発展したもので、ハロウィーンという名前はカトリックの教会暦から作られていますが、キリスト教の行事では全くありません。
ましてや、プロテスタント教会には聖人という概念がないので、名前の由来である「諸聖人の祝日」さえ意味を持ちません。
つまり、ハロウィーンは、聖書にも教会にも本来なんの関係もないものなのです。

今年も、もうじきハロウィーンですが、子供たちが仮装してお菓子を貰い歩くのは微笑ましい光景です。
ハロウィーンのときの仮装は、その昔、悪霊を恐れた人々が霊に取りつかれないように、夜外出をするときは、恐ろしいコスチュームを身に付け、自分もお化けのふりをしたり、逆に霊を脅かしたりしたのが始まりだそうです。
また、お菓子をねだるのは、悪霊が家の中に入らないように、家の前にボールに入れた食べ物を置いたことに由来するようです。

(LVJCC担任牧師: 鶴田健次)

          イラスト提供「webサイト赤ずきんちゃんの散・歩・道」
2008.10.28 19:07 | 鶴田健次牧師より

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