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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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幸せな人生

 

”幸せな人生”、それは誰もが追い求めるものです。しかし、その割にはそれを得る人はそう多くはありません。誰もが追い求めているのになかなか得られないということは、求め方に問題があるのでしょうか?

幸田露伴は、幸せには三つのコツがあると言いました。その三つのコツとは、「惜福」、「分福」、「植福」です。「惜福」とは、福を惜しむということで、言い換えれば節約をすることです。どんなに順調で豊かでも、自分に与えられたものを無駄遣いせず、祝福を使い切らない、そんな節約が幸せな人生のコツだという意味でしょう。

「分福」とは、幸福を人に分けるということです。誰かと分かち合うならば、悲しみは半分になり、喜びは二倍になります。自分の持ち物がわずかであっても、それを誰かと分かち合うことができれば、やがてその祝福が何倍にもなって自分のところに返ってくるものです。

 「植福」とは、福を植えるということです。つまり将来の幸福のために、今から祝福の種を蒔いておくということです。言い換えれば、周りにいる人々を幸福にすることを絶えず心掛けるということです。

聖書もこれらと同じようなことを教えています。”与えれば得る”というのは聖書の有名な教えです。また、”人は自分の蒔いたものを刈り取ることになる”というのも誰もが知っている聖書の教えです。

 しかし何と言っても、幸福についての一番の聖書の教えは、イエス・キリストの“山上の説教”の言葉でしょう。それは、やがて失われていく地上の幸せではなく、いつまでも残る永遠的・普遍的な幸福の教えです。

こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。
悲しんでいる人たちは、さいわいである、彼らは慰められるであろう。
柔和な人たちは、さいわいである、彼らは地を受けつぐであろう。
義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。
あわれみ深い人たちは、さいわいである、彼らはあわれみを受けるであろう。
心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。
平和をつくり出す人たちは、さいわいである、彼らは神の子と呼ばれるであろう。
義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。

この言葉が繰り返し伝えていることは、神の子とされ、神の恵み、天国の恵みの中で生きることこそ最大の幸福であるということです。

 

あなたは、これらの言葉の意味するところがお解かりですか。心から「アーメン」と言えるほどに理解しておられますか。ぜひ、この”八福の教え”をしっかり学び、日々の生活に取り入れてみてください。

 

地上のどんな祝福よりも遥かに勝る天国の祝福を、ぜひあなたも手に入れられますように。

 今日の一言: 幸せな人生の秘訣は天国の恵みを得ること
 
鶴田健次


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2021.10.21 14:18 | 鶴田健次牧師より

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愚か者の唇はその身を滅ぼす

  

今日は、旧約聖書の伝道者の書10章を読み、瞑想しながら、色んな思いを主から頂きました。こうして祈りと御言葉を通して主の無尽蔵の知恵に触れられるということは、何という幸いであり特権でしょうか。

 「死んだはえは、調合した香油を臭くし、発酵させる。少しの愚かさは、知恵や栄誉よりも重い。」(伝道者の書101

ここでは、少しの愚かさが、死んだはえに例えられています。もし一匹のハエが調合した香油の中に落ちて死ねば、悪臭を放ち香油全体を損ねてしまいます。同様に、少しの愚かさと過ちが生涯をかけて築いてきた名誉を一瞬のうちに失わせ、人生を台無しにしてしまうことがあるということです。本当にその通りですね。

神は全世界の人々の営みを見渡し、そのような人生を送る人がいることをご覧になり、このような警告を与えておられるのです。ですから、私たちは小さい愚かさにも陥らないように注意し、油断することなく自らの心を守らなければなりません。そして、もし何か過ちや失敗があっても、早く悔い改めて主に立ち返り、その過ちの悪影響から抜け出さなければならないのです。

私は、日の下に一つの悪があるのを見た。それは権力者の犯す過失のようなものである。 愚か者が非常に高い位につけられ、富む者が低い席に着けられている。 私は奴隷たちが馬に乗り、君主たちが奴隷のように地を歩くのを見た
。」(伝道者の書1057

王でなければならない人が奴隷のようになり、富んでいなければならない人が貧しくなり、神が定めておられる権威と秩序が壊れて、あべこべになっている状態をソロモンは嘆いています。

つまり、神が一人ひとりに与えておられる召しを忘れ、自分が召されていないことに心が向いてその働きをすることほど悲惨なものはないということです。

もし斧が鈍くなったとき、その刃をとがないと、もっと力がいる。しかし知恵は人を成功させるのに益になる
」(伝道者の書1010

鈍くなった斧の刃をとがなければ、もっと大きな力が必要になります。ですから、熟練の大工はいつもカンナやのこぎりを研いで、使う時に、あまり力を使わなくてもいいようにするのです。

同様に、日ごろ神の知恵を得ようと心掛けておれば、試練の時や決定的な瞬間に、あまり苦労もなく神を喜ばせる信仰生活に戻れるものです。ところが反対に、たとえどんな理由であれ、日ごろ神の知恵を得ることを怠るなら、試練を乗り越えるとき、錆びた斧で木を切るように、大変な苦労をすることになるのです。

知恵ある者が口にすることばは優しく、愚かな者のくちびるはその身を滅ぼす。彼が口にすることばの始まりは、愚かなこと、彼の口の終わりは、みじめな狂気。愚か者はよくしゃべる。人はこれから起こることを知らない。これから後に起こることをだれが告げることができよう。愚かな者の労苦は、おのれを疲れさせる。彼は町に行く道さえ知らない
」(伝道者の書101215

ここでは、愚か者の語る言葉の弊害が述べられています。賢い者は、自分の無知、人間の知恵の限界をわきまえて言葉を慎重に選びます。しかし、愚か者は自分の限界もわきまえずに多くを語り、人間の知り得ない将来のことまで知っているかのように弁じたてます。愚か者は、自分の知らないところに従って労するので、その労苦は実を結ばず、ただ自分を疲れさせるだけです。愚か者は、目の前にある目標(町)すら知らないのです。


今日の一言: 小さな愚かさが人生を台無しにする



鶴田健次

 

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2021.10.15 14:36 | 鶴田健次牧師より

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人生における最高の投資 


「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」(2コリント418

私たちは、どうでもいいような事のために、どれだけ多くの時間とエネルギーを浪費していることでしょうか。それに比べて、永遠のためには使う時間とエネルギーは僅かです。私たちは、決して一時的なもののために人生を無駄にすべきではないのです。

 

イエス・キリストは、「手をすきにかけてから、うしろを見る者は、神の国にふさわしくないものである(ルカ962) と言われました。また、使徒パウロは、「世の富を用いる者は用いすぎないようにしなさい。この世の有様は過ぎ去るからです(1コリント731)」と警告しています。

あなたは永遠に関わる使命をお持ちですか? その使命をどれだけ大事なものとして日々の生活の中に取り入れておられますか? もし、あなたが永遠に関わる使命を持ちながら、その使命を大切にすることを邪魔しているものがあるなら、それが何であれ、それを手放しましょう。

 

ヘブル書の著者は、「私たちも、いっさいの重荷とまとわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競争を忍耐をもって走り続けようではありませんか(ヘブル121)」と言っています。

富に執着しやすい私たちは、どうしたらその執着を脱ぎ捨てることができるでしょう。脱ぎ捨てるだけでなく、どのように最高の形で将来に投資できるでしょうか。最も誤解されたイエス様の言葉ですが、「不正の富で、自分のために友をつくりなさい。そうしておけば、富がなくなったとき、彼らはあなたがたを、永遠の住まいに迎えるのです(ルカ169)」と、イエス様はおっしゃいました。

もちろん、イエス様は、あなたがお金で友達を買うことを言っておられるのではありません。イエス様が意味されたことは、神があなたに与えられたお金を、人々をキリストに連れて来る目的のために用いるべきであるということです。そうすれば、彼らはあなたの永遠の友となり、あなたが天国に着いたときにあなたを歓迎してくれるのです。これは、あなたに出来る最高の投資です。

私たちは、死ぬ時にお金を持って行くことはできませんが、聖書は、天国に行く人々のために投資をすることによって天に宝を蓄えることができると言っています。聖書はこう言っています。

 

「自分のために、本当の宝を天に積むことになるのです。これこそ、未来に備える、ただ一つの絶対に安全な投資です。また、そうする人は、この地上でも、実りあるクリスチャン生活を送れるのです(1テモテ69)」(リビングバイブル)

あなたも、一時的で無意味なことのために富を浪費しないで、天に宝を積む賢い投資をしましょう。



一言: 天に宝を積む人生こそ最高の投資


鶴田牧師


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2021.10.05 23:56 | 鶴田健次牧師より

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自分を変える

 

 

 

あなたは自分を変えようと試みたことがありますか?

その結果はどうでしたか?

自分を変えるのは簡単ではないと思いませんか?

 

クリスチャンにとって、自分を変える一番良い方法は、自分の古い生活習慣を捨て、イエス・キリストの生き方を新しい習慣として取り入れることだと言えます。これがどんな自分の努力よりも効果のある方法です。エペソ書42224にこう書いてあります。

「すなわち、あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、 心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」


神は、私たちを即座に変えることもお出来になりますが、ゆっくり私たちを開発する方法を選んでおられるようです。イエス様は、ちょうど神がイスラエルの民に『約束の地』を“少しずつ”占領させていかれた(申命記722)ように、弟子たちの訓練においても慎重でした。神は私たちの人生にも段階を追って働かれることを好まれるのです。

では、なぜ私たちが変わり、成長するのに、そんなに時間が掛かるのでしょうか。4つの理由を考えてみました。

① 私たちはゆっくりとしか学べない者だからです。

私たちは、問題の原因をすぐに他人のせい、また状況のせいにしてしまうので、同じ問題を繰り返す傾向があります。私たちは、何かをちゃんと身につけるには、何十回も一つのレッスンを学び直さなければなりません。その中で、本当の問題が何であるかを学ぶのです。イスラエルの歴史は、私たちが如何に神からのレッスンを忘れてしまい、すぐにまた古い行動パターンに逆戻りしてしまうかを例証するものです。私たちは何度も同じ経験をしなければ学べない者なのです。 

② 私たちに捨て去るべきものがたくさんあるからです。

多くの人がカウンセラーのもとに行き、長年に渡って生じた内面の問題をすぐに直してもらおうと期待しますが、実際には、それが直るには時間がかかります。私たちの問題のほとんどは、また悪い習慣のすべては、一夜にして身に付いたわけではないので、即座に改善されるものではないのです。悪い習慣を取り除き、良い習慣と入れ替えるためには骨の折れる取り組みが必要になります。聖書はこれを、「古い自分を脱ぎ捨てて、新しい自分を着ること」と呼びます。たとえ私たちが信仰によって新しくされても、取り除かれ、入れ替えられるべき古い習慣や行動パターンが私たちの中にまだたくさん残っているのです。 

③ 成長は、しばしば痛みと恐れが伴うものだからです。

変化のない成長などありませんし、恐れと損失のない変化もありません。また、痛みのない損失もありません。すべての変化は、ある種の損失を伴うものです。私たちは、新しいものを経験するために古いものを手放さなければなりません。しかし、私たちはこれらの損失を恐れるのです。たとえ私たちの古い習慣が自分に害をもたらすものであっても、それらは擦り減った靴のように、少なくとも馴染み深い快適さがあるので替え難いのです。 

④ 良い習慣は、身に付けるのに時間がかかるからです。

私たちの性格は、すべての習慣の総和であるということを知る必要があります。私たちは習慣的に親切でなければ自分を親切だとは言えません。私たちはいつも正直でなければ自分を誠実とは呼べません。私たちの習慣は、私たちの性格を定義するのです。 
 
自分を変えるということは、今までとは違う新しい習慣を身に付けるということです。新しい習慣を身に付けるには一つの方法しかありません。それは、その習慣を実践し続けることで、その習慣が借り物ではなく自分のものになるということです。それには時間がかかります。即座に身に付く習慣はありません。その事で、パウロは弟子のテモテにこう言っています。「すべての事にあなたの進歩があらわれるため、これらの事を実行し、それを励みなさい」(1テモテ415

 


今日の一言: 新しい習慣を身につけよう



鶴田健次

 

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2021.09.24 14:47 | 鶴田健次牧師より

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セルフコントロール(自制)の大切さ

 

 

今日は、「セルフコントロール(自制)」の大切さについて考えてみました。

 

 

自制をできる人は自分の気持ちを支配します。

彼らは気分に支配されたりはしません。世界でなされてきたほとんどのものは、たとえそれをする気分でなくても、それを実行に移す人々によって成し遂げられています。「自分の心を制することができない人は、城壁のない、打ち壊された町のようだ。」(箴言2528

 

自制をできる人は自分の言葉に気をつけます。

彼らは口を開く前に心にギアを入れます。言うべきかどうかを制御するためです。一旦、口から出た言葉は、引っ込めることができません。「自分の口を見張る者は自分の命を守り、くちびるを大きく開く者には滅びが来る。」(箴言133

 

自制をできる人は自分の反応を抑えます。

あなたは冷静さを失う前にどれだけのことができますか。「人に思慮があれば、怒りをおそくする。その人の光栄は、そむきを赦すことである。」(箴言1911

 

自制をできる人は自分のスケジュールに忠実です。

もしあなたが自分の時間をどのように使うかを決めなければ、他の人(物)がそれを決めるでしょう。そういう生き方がもたらす結果は不本意な人生です。「そういうわけですから、賢くない人のようにではなく、賢い人のように歩んでいるかどうか、よくよく注意し、機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。」(エペソ51516

 

自制をできる人は自分のお金を上手に管理します。

彼らは稼ぐお金よりも少ないもので生活し、残りを将来のために投資します。立てた予算の価値は、そのお金はどこに行ったのだろうと思うより、そのお金にどこに行って欲しいかを言うことにあります。「知恵のある者の住まいには、好ましい財宝と油がある。しかし、愚かな者はこれをのみ尽くす。」(箴言2120

 

自制をできる人は自分の健康を維持します。

もちろん特別な素晴らしい例外はありますが、健康であれば、より多くの事を成し遂げ、それを楽しむことができます。「各自わきまえて、自分のからだを、聖く、また尊く保ちなさい。」(Iテサロニケ44

 

 

あなたは、どの領域で自制を身につける必要がありますか? あなたが今日この自制の大切さに目覚めて訓練を始める決断をするなら、あなたの明日は素晴らしいものになるでしょう。しかし、自制を継続させていくためには意志の力だけでは十分ではありません。あなた自身の力よりも大きな力が必要です。それは聖霊によって与えられる力です。

 

「神が私たちに与えてくださったものは、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。」(2テモテ17) 

 

 

今日の一言: 自制は聖霊の実

 

 

鶴田健次

 

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2021.09.16 02:49 | 鶴田健次牧師より

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