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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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祈りの力


~七時間の祈りを経て神のみ手の中で~


2021年10月、Las Vegasに戻る決心をする前後に激しい霊の戦いが有りました。(これを書いてるのは2021年10月です)


神にしっかりと繋がっていなかった隙間を狙って悪は何度も私を潰してしまおうと様々な手段で攻撃を仕掛けてきました。死ぬかと思う状態に置かれ身動きが取れなくなり全て肉的に頼るものを取られた後には神に祈るしかない場所に置かれました。


これ以上自分ではどうにもできない場所に一人で置かれて神に全てを委ねる決意をすると結果、全ての事を神が光へと変えてくださいました。


住んでいた家が売れるまでの仮住まいの山小屋から一週間出られらなくなりやっとリフトを呼んでもらって自分の車を取りに行き、再度山のcabinへ戻るため初めて自分で運転すると寒暖の差から車が金属音を立てて壊れました。すぐディーラーへ持って行くとどこに持って行っても丸ごと取り替えなくてはならないと言われ、タイヤや、屋根も全て取り替えると言う修理費用は総額$10,000を超える金額になる予定でした。


そのことをその頃相談させて頂いていた鶴田牧師から「そんな高い車は不相応」「トヨタが1番」「トヨタに買い替えなさい」と言われ修理のために預けていたメルセデスのディーラーに戻り「トヨタがあるか」聞くと大きなSUVのトヨタ車が一台だけありました。


しかし今まで駐車するのが上手くないので小さな車を選んでいた私は見た途端「大きすぎる、無理」と思い、諦めて店舗を後にしてスターバックスで休憩をしているときに「いや、一台だけトヨタだという事はこの車にすべきなんだ」と考えを変え、引き返して試乗もせず即交換すると言いました。


書類上や前の車の故障の件で時間がかかりましたがやっと書類も整えられ丸一日かかってその店舗も閉店という時間になって全てが終わり、その時のFinance 担当がイスラエル人で日本にいる時に奥さんに会い結婚してアメリカに来たという日本人大好きな方で数時間話すと私の事を「日本の義妹」と呼んでくれるようになりそれまでの支払い額も半分になりました。


その結果あれだけこだわっていた一生乗ると思っていた大事な車を「あっさり」手放しました。


交換したSUVなら以前の小さなSLKのスポーツ車では不安だった山道も登れると思えましたが、それでも不慣れな山道の夜の運転とLVまでの長距離運転には自信はなくひたすら祈るしかない状況でした。


車を買い換えた後、地図を見るとCabinからLas Vegas までは裏道があり少し近道のようでした。しかし一度も通った事のない道なのでどんな険しい道か予想もできずかなり不安な中必要な分だけ荷物を車へ入れてCabinへ戻り決心してLas Vegasへ出発しました。


早朝出発した途端車のサインがタイヤに問題ありとでて「パンクー?」いやいやきっと空気が足りないだけと思い引き返して空気を入れようと思いました、が「神様、空気が足りないだけでパンクではないなら今このサインを消してください」と祈り運転を再開するとサインは消えていました。


これをcoincident と思うか「神の応答」と思うか、私は神のみ業だと受け取り感謝して祈って再度出発しました。そしてカーブの深い一度も見たことのない山道を通ることになりました。


そこからは崖を登り降りする大変な道でしたが引き返す技術もないので「前進」するしかありませんでした。


その道の険しいこと、私は高いところが苦手で高みから下を見ると転落しそうになるので見ないように運転しないといけないのですがそれでも運転する先の道は見えずこのまま谷間に転落すると思えるカーブが何箇所かありました。


そんな中祈る以外ありませんでした。


目を瞑りたくなるほどの光景に祈り続けそして山が終わって少しなだらかになった時に私はこの運転中Las Vegasへ到着するまでの間、神を賛美し祈り続けると決めそれからの六時間半の運転中本気で祈り続けました。


恐ろしい山道はたったの20分で終わったのです。これが私が耐えられる限界の時間でした。


六時間半真剣に祈った結果祈りが変わりました。


もっともっと神との近い関係ができるようになりました。

その後私は教会に行きたくて仕方ありませんでした。


私達クリスチャンは成長しようとすると必ず悪の妨げが激しくなるのでそれを乗り越える試練が続きます。

しかしその結果祈りが深まり神との関係が強くなり信仰が強められること神の臨在が強くなることをさらに深く知るようになり悪に負けない方法を見出すことができます。生まれたばかりのクリスチャンは身を守る方法を知りません。

なので成長するためには聖書を学び、深い祈りを経験し信仰を守り悪との戦いに備える武具を身につける事で戦いに勝ち続けます。


大事なのはイエスが十字架の完成ですでに「勝利」している事を知ることです。

この勝利は私達に神の子である力を与えてくれます。イエスによって何者にも負けない事を知ると必ず戦いに勝ち続ける事ができます。


一番の方法は神としっかりとした関係を持つ事です。

そのためには聖書の言葉を知って神に祈るこの時間が何より大事です。朝起きて第一に神との関わりを始め神の武具で防御する事で心が守られます。


みなさんも朝10分早く起きてみ言葉を受け取りひたすら神に祈ってみませんか。


毎日の密な祈りで神との関係が深まり祈りが変わり信仰が成長します。


〜神に愛される喜びの中で〜


"心をつくして主に信頼せよ、 自分の知識にたよってはならない" ‭‭箴言‬ ‭3:5‬ ‭



(LL)


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2022.05.10 10:00 | 神のなさる事

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thriving placeー神が与えられる場所


先月から数回参加している教会では数名の牧師の方が交代でメッセージをされます。

皆さんがお年を召したベテランというわけではありません。その中で2人のsenior paster と呼ばれる方のお話が良く心に響きます。


今朝は直接参加できなかったのでOnline live 8時から参加しました。

やはり実際教会の中に行った方が賛美は躍動感があり聖霊の迫りもあると思っていましたが今日のメッセージの後半は自分のいた場所でも大いなる聖霊の迫りがあり満ち溢れました。


タイトルは英語では「繁栄の場所」モーセが神によってエジプトの地からユダヤの民を「約束の地」へ導いたことを示唆されています。


わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、エブスびとのおる所に至らせようとしている。” ‭‭出エジプト記‬ ‭3:8‬ ‭


メッセージの中で、

「神はあなたをあなたがいるべきその場所に連れて行ってくださいます。

あなたに良いとされる場所()を与えてくださいます、しかしその場所や物を自分のものとして繁栄させるには『あなたが袖をまくって汗をして開墾しなければならない』のです。神に「あなたがくださったのだから繁栄させてください」と言ってませんか。エジプトから連れ出して蜜の溢れる土地を与えてくださいましたがそこを蜜の溢れる土地にするのは彼らが額に汗をして耕さなければならないという意味です。」


ーーそういえば以前の私は良い仕事を与えられる時に「神が下さったのでうまくいかせてくれるのは神だ」と思ってました。自分では自分でできる努力をします。でも主が責任を取ってくれると考えていましたーー


今日のメッセージでは結婚も、人間関係も、仕事も家庭も、教会も「あなたが袖ををまくって」努力して「あなたの良い場所」にしなければならないことを言われました。


「神は「そこ」をあなたに良い」として与えられます。

しかしそこが最初から居心地がいいとは限りません。


神がよしと与えられるあなたに良い物は居心地が悪くそれを努力で良い場所(もの)へと変えていくのです。人は居心地が悪いとそこから離れます。

しかしそうではなくそこで努力してその土地を開拓しなければならないと言うことです。


結婚は「このひとを愛している」からしますし、結婚式には一生懸命力を入れます、がしかし結婚には力を入れないのではないでしょうか。


結婚は「仕事」です。良い関係を保ちたければ自己を捨て相手に尽くさなければ成功しません。


また他の人間関係もそうです。


あなたは普通の「ひと」ですが我々は「神のひと」にならなければならないのです。」


さて私達はどれだけ自分に死ぬことができるでしょうか。


今日運転中にあなたを追い抜いた車に文句を言っていませんか、その人が事故に遭わない様に祈ることから始めませんか。


つい最近までは周りの車が荒い運転をするたびにその運転手が癒される様に祈っていました。

今日は海岸を運転中にとっても変な運転をする車に危険運転の警告のクラクションを鳴らしてしまいました。


そしてみ言葉が追いかけて来ました。

「いつも喜びなさい、絶えず祈りなさい、全ての事に感謝しなさい。」

はい、その変な運転の車のおかげでゆっくり運転しようと速度を落とす事になりました。全てをご存知の神のご計画に感謝します。


追記、

この牧師は教会が今の建物に移動した時のことをこう話されました。

「今はステージがあり、スポットライト、カーペットが敷かれみな綺麗に見えます。

最初この建物を見たときにはwearhouse (倉庫)の様でした。コンクリートの床、天井は穴が開き電気のケーブルが垂れ下がる状態でした。

床のコンクリートをカーペットにするには何人ものボランティアの働きがありました。

そのカーペットの下のコンクリートにはびっしりと聖句が手書きされています。

あなたが座っている場所にみ言葉が書かれています」


日本もお祓いなどせず聖句を書けば良いですね

そういえば何十年も前ですが私の実家が地鎮祭ですか、する際に聖書を埋めて貰いました。神主(「かんぬし」とは妙な漢字ですね)に母親が「あの子はいいんです」と拝まない私のことを説明してました。

昔の私の方がもっとhesitate せずに信仰に強い意思を持って行動していた気がします。


年取ると丸くなるのでしょうか。それともめんどくさくなるのでしょうか。あなたはどちらですか。


さて、今後は与えられた「ところ」を袖をまくって自分の居場所へとかえていく様にします。



(3/6/2022 LL)


2022.03.15 10:00 | 神のなさる事
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信仰の極意・究極の信仰


今朝祈りの中で「信仰」について思いが与えられました。


聖書を探るとマルコ11:22-24でした。

ここはイエスが直接語られている箇所で、ここにイエスが述べられている信仰の究極、極意が書かれていることに気がつきます。


みなさんはこの箇所は何度も聞いていると思われるかと思います。


しかし、私たちはなぜ聖書を神のみ言葉を毎日読むのでしょうか。

それは朝ごとに新しくされているからです。


同じみ言葉が日々成長するからです。


私たちがたとえ肉の糧である食物を毎日同じものを食していたとしても決して同じものは一つもありません。


卵も果物も同じ名前であっても同じものが一つもないように聖書のみ言葉も毎日生きていて新鮮な味わいを学びを真理を与えてくれます。


信仰の極意は神が与えられているその信仰に目をとめ、自分のものとして受け止め、咀嚼し、そして真に理解して自分の霊の糧とすることだと知らされます。


エペソ2:8

あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。 9決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。


神が与えてくださった信仰を感謝して受け取り、


ヘブル書11:1

さて、信仰とは、望んでいる事がらを確信し、まだ見ていない事実を確認することである。 


確信し、


マルコ11: 22

イエスは答えて言われた、「神を信じなさい。 


23よく聞いておくがよい。だれでもこの山に、動き出して、海の中にはいれと言い、その言ったことは必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、そのとおりに成るであろう。


と信じることであり、そして究極の極意とは


 マルコ 11: 24

そこで、あなたがたに言うが、なんでも祈り求めることは、すでにかなえられたと信じなさい。そうすれば、そのとおりになるであろう。


すでになっていると信じるということです。


私たちは「天のみ国がこの地になるように」祈りますがそれはすでになっているのです。


この世との戦いはすでにイエスの勝利で終わっていることを確信してください。そうすれば何も恐れることがないことに気が付きますよ。


“Let’s make your life easy with Jesus” 


なんと豊かな神の恵が与えられていることでしょうか。

日々気づかせてくださる主に栄光があるように、

皆様の祈りがすでになっていることを確信して祈ります。


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(3/4/2022 LL)

2022.03.08 10:00 | 神のなさる事

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サタンの送った刺客

先日、朝出勤しようとしてまとめていた髪を振り解こうとすると後ろ髪が絡まっているのか降りてこなかったので左手で髪をとかそうとすると縮まったような繊維に触れそれを解こうとした瞬間その左手に悪魔のような激痛が走り叫んで振り払うと床に8cmくらいの薄茶色のサソリが落ちていました。踏み潰すかと思いましたが足を刺されるといけないと思い考えた瞬間彼は家具の下に潜り込みました。


wikiで検索すると毒性のアリゾナサソリでした。


初めてのことで驚き、小さいサソリは、危険だという記憶があったので心配しましたが最初はなんともないよと周りに言われたことを聞きましたが痺れが回ってくるとこれは病院に行ったほうがいいと思い電話するとすぐ来いとと言われ自分で運転していきました。


病院の受付はいつものようにめんどくさい手続きと検査があります。


サソリに刺されたので早急に処置をしてくれるよう何度もいい受付の一人の方だけが私を心配し指をゴムでぐるぐる巻きにしてくれ医師にすぐに見るように促してくれていました。出てきた医師は「そう、どうなの」って感じでした。


若い研修のナースが血圧を測り血圧高いですね、と言われ「あーサソリに刺されて興奮してるので高いでしょ?」という意味のない会話をしそこで笑わせて、


診察室へ行き、医師がくると注射を一本して出ていきその後ナースが3人入ってきてリーダーの方が残り2本の注射をする際にとにかく痛いので私は歯医者から普通の人の3倍痛みを感じると言われているというと一人のナースが「なんとかシンドロームね」と言ったので私は「あなたは神を信じていますか?」と聞くとそのアシスタントは「信じている」というので「祈ってくれ」と言いましたが祈れないのです。3人のナースの一人も祈ることができなかったのです。


声を出し主の十字架の栄光を祈っていたのは痛みと痺れの中にあった私だけでした。


そのことで「今は背教の時代、人を助ける仕事の人もいたんでいるのだ」と気がつきました。


強い注射だったので目眩がするから運転はしないよう言われ待つように言われたのですが待っても頭ははっきりとしていて数分後にはそこを出ました。


しかし耐えられないほどの烈火のような痛みにひたすらイエスの十字架の痛みはこんなもんではなかった。パウロはマムシに噛まれても死ななかったことを思い祈っていました。


アダムとエバには蛇の形に変えられたサタンが攻撃したなぁとか色々な思いが浮かんできました。


その後薬局で薬を待っているとまぁ信じられないくらい幸せでない薬剤師と多分ロシア移民のぶっきらぼうな助手がいましたのでますますこの地は祈らなくてはならないと思わされました。


そこでも何かの手違いで一番大事な薬が出されずまた待つことになりサタンは本当にどこまで困らせようとするのかと思い不幸せな彼らを祈らなければと口から出た瞬間彼らの態度が優しくなったのです。


サソリに刺されたことは明らかにサタンからの攻撃でした。私が新しい職場の20歳の子を教会に誘ったその翌日に起こり私は数日痛みと腫れと痺れで仕事を休むことになったからです。


こいうことがあるといつもヨブを思い出し、「主は私の信仰を信じておられるのでこの程度は大丈夫」という範囲でサタンに許されたのだと受け取ります。


その後調べるとアリゾナバークというサソリの毒は痺れ火のような痛みと腫れをもたらすとありました。地獄の烈火のようだと思いながら、いやきっとこんなもんではないなぁそんなとこに行ってしまう未信者が一人でも多く救われるように祈らないと、とその日は何度もおもわされました。


そこで家のオーナーさんに対処法を送って考えてくれると助かるけどと申込自分でも家の中で炊くペストコントロールを購入しました。


ここで$300を費やし、仕事を休んだので収入がへりました。仕事が始まったばかりの私はあまり余裕がありませんし社員を顧みない会社のオーナーには辞めさせられるかもしれませんが神は必ず必要を与えてくださることを経験してきています。特に私のアメリカでの生活はいつも生活に必要な最低限の範囲で与えてくださるので感謝です。


ここから神が今度どのようなことを見せてくださるか楽しみにしています。


最後に「私のしもべよよくやった」と言われることを願いその日を待っていますがまだ何もしていないのでもっと先になるだろうと思っています。


つまづいても転んでも「よき羊飼いであるイエス」は私たち一人一人をご存知でその最善な方法で成長させてくださいます。


神の栄光がどのような形で表されるか毎日楽しみに生きることを感謝します。


その後家に帰ってサソリは暗くなると徘徊しベッドにも入ってくる、と書いてあったので彼が隠れているだろう場所で


「スコちゃん(スコーピオンのスコです)出てくると殺さないといけないので出てこないでね」と語りかけました。


どうか安全な場所に行ってください。あー主よ私は虫も殺すのが苦手なのでどうか彼を砂漠に返してあげてください。侵入したのは人間の方ですよね・・でもサソリが悪ではないのです。使ったサタンが悪なのです。


そういえばサソリが聖書に出てきますね。


彼らは、人間を殺すことはしないで、五か月のあいだ苦しめることだけが許された。彼らの与える苦痛は、人がさそりにさされる時のような苦痛であった。黙示録5:9


あれーもっと読むとサソリって聖書では悪者でした?


その上、さそりのような尾と針とを持っている。その尾には、五か月のあいだ人間をそこなう力がある。黙示録9:10


サソリは例えですね・確かに受付の方は数ヶ月その痛みと痺れは続くよと教えてくれました・・彼女も刺されたそうです。なのであんなに一生懸命心配してくれていたのです。


あ、ありました。


わたしはあなたがたに、へびやさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けた。だから、あなたがたに害をおよぼす者はまったく無いであろう。ルカ10:19


記憶のどこかにこれを覚えていたので守られることを確信していました。


聖書は私たちの道の灯火私たちに必要なみ言葉が必ず与えられていますね。いつも励まされます。


大事なことは私たちが常にイエスの十字架を見上げ「主がすでにその十字架でこの世の全ての悪に勝利された」ことそしてそのことを信じる私たちには同じ「権威」が与えられていることを握りしめ日々感謝して歩むことですね。全てを益にしてくださる神に感謝して。


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2022.03.02 10:00 | 神のなさる事
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インナーサークル

先週参加した教会でのメッセージが皆さんにとって励ましとなる内容だと思いましたのでおわかちしたいと思います。その牧師はハワイ出身の日系人でした。

彼が強調していたのは「誰をあなたの人生に参加させるか」という事です。
英語でしたので “Allow”が使われていました。
つまり誰をあなたの人生に関わらせるか、は選択して良いと言う事です。

「イエスも12弟子の中からヨハネ、ペテロ、ヤコブの3人だけを連れてご自身が光に包まれた姿になる時に同行されました。またGethsemaneでも同じ3人を選び、ヨハネを指して私の愛するものだと言われました。」

“CHOOSE WISELY THE PEOPLE YOU LET INTO YOUR INNER CIRCLE”

「あなたのインナーサークルの人は数ではなく質です。
それは多くはないかもしれない、多分本当に少数でしょう。
でも彼らはあなたの人生を豊かにし『どんな時にもあなたを支えてくれる』そんな人間関係は少数しかないですがとても大切な人です。あなたはあなたを成長させる人、正しく判断してくれ励ます関係を大事にしましょう。
何か事が有ればすぐあなたから離れる、批判する人物はあなたの人生のインナーサークルから排除していいのです」と言う話で会場は大いに感動の渦に巻き込まれていました。

「無理してあなたに嫌な思いをさせる人をインナーサークルに置かなくていいのです。
その人を嫌わなくていいし、ただの知り合いでいればいいのです。
あなたのインナーサークルに入れるのは本当に少数のどんな事があってもあなたから離れない人物がそのインナーサークルにいればいいのです。」

こう語りその牧師は奥さんのことを大変感謝していました。

自分は牧師になれるような人物だと思っていなかった、でも奥さんが「あなたはとても牧師に向いていると思う」と信じ続けて支え続けてくれたからだと言っていました。

こんな素敵な関係があなたのインナーサークルに必要なのです。
彼は最後に「あなたを理解しない、気分を悪くする、落とす人、批判する人は「知り合い」で置いておけばいいのです。それは教会においてでもですし、牧師である自分であっても省いていいのです自分があなたに嫌な思いをさせたなら私はあなたのインナーサークルにいる必要は無いのです」と語っていました。誰であろうとも他人を傷つけたらまず謝罪すべきでしょう、それをできないのは肉のプライドであり成長はありません。

その教会では賛美が始まると同時に会場は聖霊に満たされました。貧困層が多い中で日曜に3回礼拝を持つ大きな教会ですが教会員一人一人が参加者を暖かく迎える教会でした。
聖霊の溢れる教会、聖霊の自由の中で皆が一人一人神に向かう、それが教会を大いに霊的に恵まれた教会へと成長させる事になります。

今日も皆さんがお一人お一人直接神に語られている事に耳を傾けられますようにお祈ります。

私達クリスチャンはイエス様が必ず私達のインナーサークルの中にいてくださるので感謝です。

“YOU CHOOSE WHO GOES WITH YOU”
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2022.02.16 10:00 | 神のなさる事

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