LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

    20170614_2a.jpg
ある日、小学校に通うピーターは、お母さんにこう言いました。

「お母さん、僕は髪を伸ばすことにしたよ。長ーく伸びたら、ガンの治療をしている人たちのウイッグを作っているところに寄付するんだ。そしたら一人か二人は、僕の髪の毛で作ったウイッグを使えるでしょ?いいアイディアだと思わない?」

お母さんは微笑んで、「いいアイディアだと思うけど、伸びるまで長くかかるわよ、できるの? 第一、何でそんな事思いついたの?」

ピーターは、「今テレビでそう言ってたのを聞いたんだ。髪の毛を寄付してほしいって言ってた。それに、髪の毛は放っておけば自然と伸びるでしょ、わざわざ床屋に行って切って捨てるよりは、ガンの人に役立つようにした方がいいって思ったんだ」と言いました。

 

ピーターは友達にからかわれたり、いじめられたりしながらも、髪はどんどん伸びました。

ある時、町のテレビ局が、ピーターにインタビューに来ました。          

「君は、ガン治療をしている人のウイッグを作るために髪を伸ばしているって聞いたけど、それはどういう気持ちからなの?」

「最初は、そのウイッグを作るために髪の毛を寄付してほしいって言ってるのを、テレビで見たからなんだ。それなら僕にもできるって思ったんだよ。だって伸ばすだけでしょ? ただ切らなきゃ伸びるんだから、宿題をやるより簡単なことだよ。そして、それが誰かの役に立つんだからね、やらない手はないって思ったんだ。」と、ピーターは話しました。

 

マタイの福音書10章8節に、「あなたがたは、ただで受けたのだから、ただで与えなさい。」という御言葉があります。ピーターがマタイの福音書10章8節を知っていたかどうかはわかりませんが、ピーターは御言葉通り、主からただでいただいている髪を、ただで与えのでした。

 

私たちは生まれた時から、生きるために必要なものは全て主によって用意されていました。

でも、毎日当たり前にある空気、太陽、地、水、風などの自然環境や、健康な体と五感、感情、思考力等まだまだありますが、感謝することを寝込んだ時にしか思い出さないような情けない者が私たち人間です。

そんな私たちを、主はひたすら赦し、愛してくださり、罪を清め、救ってくださいました。

その思いを、マーチン・ルターは、このような詩で詠っています。

 

キリストは何も持たずに来た。

借りた家畜小屋の飼い葉桶でお生まれになり、

借りた小舟の上で神の国を語り、

借りたロバの子に乗ってエルサレムに入城し、

借りた墓に葬られた。

 

全世界、全宇宙を所有される方が・・・

そのキリストが、あなたを自分のものとするために

あなたの十字架だけは、ご自分のものと主張されたのだ。

キリストは十字架の上で、自分ではないもの「罪人」になられた。

それは、私たちが自分ではないもの「義人」となるためであった。

 

 

MU

 

下記のアイコンのクリックで応援をお願い致します!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願い致します。

✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨

2017.06.15 05:24 | 証し
     20170607p4a.jpg

メキシコ中部プエブラ州の山岳地帯を走る50kmの過酷なマラソン大会「UltraTrail Cerro Rojo(山岳ウルトラマラソン)」が429日に開催され、チワワ州の先住民で22歳のMaría Lorena Ramírezさんが女性部門でエントリーし、ぶっちぎりで堂々の1位を獲得し、話題をさらいました。

 

マリアさんは他のアスリート達がスポーツウエアに専用シューズ、またエネルギーを補う食品やドリンク等を持つ中、水だけを携えて、Tシャツにスカート、廃材のタイヤで作られたゴムサンダルを履いて出場し、2位を大きくひき離し、50kmを7時間3分で走破し、優勝賞金6000ペソ(約36000円)を獲得しました。(メキシコ人の平均月給は約7000ペソ)


20170607p3a.jpg 

この記事をインターネットで読んだ時、とても爽快な気分でした。同時に、聖書に登場する巨人ゴリアテと戦ったダビデの快挙が重なって脳裏に浮かびました。

 

羊飼いの少年ダビデがサウル王に、「私が行ってあのペリシテ人と戦いましょう」と言うと、サウル王は、「それはできない。お前は子供だ、相手は若いときから強い戦士なのだぞ」と言いました。

ですがダビデは、「いいえ、私は父の羊を飼っていますが、獅子や熊から羊たちを守ってきました。私は獅子でも熊でも打ち殺しました。このペリシテ人もあの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったからです」と、サウル王に言いました。

そして、サウル王から戦う許可をもらいましたが、サウル王はダビデに戦のための鎧を着せ兜をかぶらせ剣を着けさせました。ダビデは慣れてないので「これでは動けません」と言い、それを脱ぎ捨て、代わりに滑らかな小石5個を拾って袋に入れ、手に石投げを持ってゴリアテに近づいて行きました。

ゴリアテは言いました「さあ、向かってこい。お前の肉を、空の鳥、野の獣の餌食にしてくれよう」。

ダビデは、「私はイスラエルの神の名によって、お前に立ち向かう。今日、主は、お前を私の手に渡されるであろう。」と言って、石を取り出して石投げに掛け、放ちました。石はゴリアテの額に突き入り、彼はその一撃で地に倒れました。

 

戦いの前には、そこにいた誰もが、巨人戦士ゴリアテの勝利を疑う者はいませんでした。しかし、主は少年ダビデに勝利を与えたのでした。

 

山岳ウルトラマラソンに出場したマリアさんは、レース前の優勝候補に入っていたのでしょうか。見た目がスカートとゴムサンダルのランナーですから、標高差の激しい道なき道を走らなければならない過酷なこのレースでは、他のランナーからは相手にもされない存在だったに違いありません。

しかし、マリアさんはダントツの優勝をとげました。

彼女は、山岳ウルトラマラソンのために特別な練習もしてなければ、専門的な訓練もしたことが無い、とローカル・メディアに話していたそうです。


20170607p2a.jpg 

マリアさんの仕事は、地元のチワワ州の山岳地でヤギや牛を放牧することでした。山を歩いたり走ったりして、一日に10km15kmほど移動しているそうです。ダビデがしていた羊飼に似ています。ダビデは野で羊を放牧しながら、いつも主との交わりを持っていました。

もしかすると、マリアさんやマリアさんの家族も神様を信じる人たちなのかも知れないと思いました。なぜなら、両親は子供にマリアという名前を付けたからです。

毎日、主が造られた野山でヤギや牛の世話をしながら、ダビデのように主を賛美し、主との親密な交わりを愛し、仕事を喜び、日々誠実に、忠実に生きていたかもしれません。ただの想像ですが、もしそうだったら素敵だな!今回の山岳ウルトラマラソンの1位の栄冠をマリアさんが得たのは、主の喜びの現われだったと思いたいから。

 

 

詩篇231-4

主はわたしの牧者であって、わたしには乏しいことがない。

主はわたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる。

主はわたしの魂をいきかえらせ、み名のためにわたしを正しい道に導かれる。

たといわたしは死の陰の谷を歩むとも、わざわいを恐れません。あなたがわたしと共におられるからです。あなたのむちと、あなたのつえはわたしを慰めます。

 

MU

 

下記のアイコンのクリックで応援をお願い致します!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願い致します。

✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨

2017.06.08 01:24 | 証し

 Zen_Baptism_convert_20170601060731_convert_20170601061227.png zen__Sensei_2017_convert_20170601061306.png


先日ある姉妹から、本ブログに6年前に搭載した、ある記事(こちらから)を共有してもらいました。息子の洗礼式からちょうど6年が経とうとしており、霊の6歳の誕生日祝いのお言葉をいただきました。以前の記事のことをすっかり忘れていた私にとって、改めて重要なことにハッと気づかされた瞬間でもありました。


思い起こせば、息子が信仰告白をして、ペンテコステ礼拝で5歳の歳にして洗礼の恵みに預かってから、早6年を迎えようとしております。


今年でこの地上では12歳になる息子は、心も体もどんどん大きくなり、来週小学校も卒業を迎えます。そんな子供の成長を眺めながら、時間の過ぎる速度が毎年加速しているように思えて仕方がない今日この頃です。。


そんな中で、我が子が救われた恵みを改めて思い出し、違った意味での感謝の思いがこみ上げてきました。と同時に、ここまで神様と共に歩ませていただいた歩みと、これからの歩みについても、立ち止まって考えるとても良い機会となりました。


これまでもずっと霊と身体の成長を支えて下っている教会員の皆様、日曜学校の先生方など、多くの方々への感謝の思いでいっぱいになります。特に牧師先生は、教会に集う子供達一人一人を覚えて常に気にかけてくださり、いつも祈ってくださっております。子供達の中にはお腹の中にいる時から、成長を温かく見守って応援してもらっている子達もいます。我が子もそのうちの一人で、生まれる前からの先生との関係は、前回のブログにもご紹介させていただいた通り、特別なものであることは間違いありません。


その関係の土台があるがゆえに、息子は子供ながらに自分がラスベガス日本人教会の一教会員という自覚を持ち、神様が与えてくださった自分の教会での自身の存在を認識しながら共に信仰生活を送っております。そして時には兄弟として、くじける私を励ましてくれることもあります。


自分が救いの恵みに預かった時を今思い起こせば、涙がとまらないほどの感動があったこと、さらには息子の洗礼式もまたなんとも言い表せない感謝と感動を覚えたことを思い出すことはできるのですが、その後その感動が薄れて行ってしまっていたことにも今回気づかされました。それは半ば救われたことを当たり前に感じてしまっているような状況でしょうか? 


私自身、子供が救われたことに対して感謝の思いも忘れ、それぞれが個々にマンネリ化した生活を送るようになり、それは決して神様がお喜びになるような信仰生活ではないことも知りながら続行されている状態で、いわばぬるま湯に浸ったクリスチャンになっていることにもハッと気づかされたのでした。


8月からは中学生になる息子にとって、幼いながらに罪と福音を理解していた洗礼時の神様の理解と、今現在の理解、また葛藤もそれぞれ髄分変化してきていることを思います。


洗礼当初の純粋な信仰を保ちつつ、神様と歩む信仰の土台を作るにあたって、これからますます重要な時期に入ろうとしていると思うと、母親ながら、身が引き締まる思いが与えられます。


そして今回与えられた立ち止まる機会は、親として自分の力に頼るのではなく、息子の人生のあらゆる場面に神様の御介入を祈り求め、まず親である私自身が神様との関係をしっかりと持ち続け、何よりも御心を祈り行う母でいたいと気持ちを新たにしたのでした。


今年のペンテコステ礼拝は、色々な気づきが与えられた6回目の息子の霊の誕生日となりそうです。


「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。」

ローマ人への手紙:10:9 


「人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。」

箴言16:9


YK


下記のアイコンのクリックで応援を願いいたします!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願いいたします。


✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨


2017.06.01 06:05 | 証し

FC2Ad

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.