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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」マタイ2540

 

ある友人の話です。「何が自分にふさわしい奉仕なのか」わからなくて、絶えず祈り求めていた友人がいます。

教会ではいろいろな場合に働き人が必要なため、数々の奉仕をしていましたが、振り返って考えてみると忙しかっただけで、はっきり言って何一つ心から喜びを持って働いたとは言えませんでした。

 

そして毎日の祈りの中で、「神様、私がすべき奉仕は何ですか?私でなければできない奉仕があるはずです。それを私は知りたいのです。教えてください」、と祈っていました。

毎日祈っていると、ある時ひとつの思いが与えられました。それは、「特別なことは何もない、ただあなたの周りを見回してごらんなさい、そこにあなたのするべき働きがある」、というメッセージが示されたのだそうです。

友人は、教会関係や仕事関係や趣味の関係やノンクリスチャンの関係などあらゆる知り合いを心の中で手繰っていくと、ある人が思いの中で浮かんできました。

その人は「Uさん」といって、カトリックの友人ですが何年も連絡が途絶えていた人なので不思議に思いました。

 

それから何日も経たないうちに、突然Uさんから携帯電話にテキストが届き、友人はビックリしました。そして、これが祈りの答えだと思いました。

しかし、そこには、驚くべきことが書かれていました。

「私はここ半年以上病気で入院しています。いろいろな病気が併発してたくさんの治療をしてきましたが、先日、治る見込みがないことを医者から知らされました。今は体力も無く、ベッドの上で横になっているしかありません。あとどれだけ生きられるか分かりませんが、ただ、このまま人知れず死んでしまう前に、あなたにお世話になったお礼を言わなければと思い、テキストをしました。今までどうもありがとうございました。あなたからのご恩は決して忘れません。あなたは良い人生を送ってください。神様ありがとう。」と、書かれていました。

 

友人はテキストの番号に泣きながら電話をかけました。電話の中のUさんの声は力が無く、話すことさえ辛そうでしたが、病院の場所を聞き、直ぐに飛んで行きました。

ベッドの上のUさんは、様々なチューブが体に繋がって、身動きできない状態で寝ていました。体はむくんでいるようでした。

Uさんは力を絞り出して、連絡が途絶えていた間のことや、今日までの経路をゆっくり手短かに話した後、「あなたはどう? 子供たちは元気? 仕事はうまくいっている? 困っていることは無い?」、と友人に尋ねたそうです。友人は、余命いくばくも無いUさんが言った思いもかけず自分を気遣う言葉に、ただ「ありがとう!」と言って、後は声にならなかったそうです。

そして、Uさんの手をとり主に祈り、病院を後にしたといいます。

 

 

友人が話してくれたこのストーリーを聞いて、私は、十字架上のイエス様を思い出しました。ご自分を十字架につけたローマ兵のために、「父よ、彼らをお赦しください」(ルカ2334)と祈られたあの場面です。

死を目の前にして他者を思いやることができる優しさとは、いったい何なのでしょう。

友人は、Uさんの思いやりある言葉に胸が詰まったと言っていました。 

 

人間に本当の神の愛があって、他者のために惜しみなく愛を与え合っていたら、この世の中で起きている戦争やテロが無くなるし、自然破壊や放射能問題も起こらなかったかもしれない。また、虐待や自殺や暴力、麻薬の蔓延や差別なども無かったかもしれない。

神から出ている愛の力は想像を絶する威力があり、すべてをより良く動かすための神の力、いいえ、愛は神そのものなのでしょう。

「あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない」(レビ1918)という御言葉は、本当の意味での愛を知らずに生きている人間に対する切実な神の思いがこめられているのだ、と知りました。


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・・・Uさんのその後を友人に聞きました。

相変わらず医者からは見はなされていますが、友人が手作り弁当を持ってお見舞いに行くようになってから、少し顔色が良い日もあるのだそうです。

Uさんが、「あなたはきっと、神様が遣わしてくれたエンジェルだ!」、と友人に言ったそうです。「じゃ、神様が奇跡を起こして直してくれるかもしれないよ」と言うと、Uさんはこう言いました。

「左手や両足の麻痺も、骨の感染症も、その他の病気も、もう手の尽くしようが無いと医者が言ってる。だから透析をやめて、ホスピスに行かないかと医者が勧めて来てる」と・・・

友人は「命は神様が決めるものだから、自分で決めちゃだめ」、と言いました。するとUさんは「分かってる。でも、我慢できないぐらい痛くて辛いときには、ホスピスに行く選択をしたい誘惑に駆られる」、と言うのだそうです。

 

友人はある夜、祈りの中で幻を見たようだと言いました。それは、天使が寝ているUさんのそばに来て何かささやくと、Uさんは微笑み、二人とも消えていったと言うのです。

それが、ただの願望なのか気のせいなのか分からないけど、Uさんは苦痛の中ではなく、寝ているうちに主の愛に包まれて昇天することを友人は信じている、と話してくれました。

 

MU

 

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2017.03.09 04:30 | 証し
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前回のブログでは、仕事で訪れたバンクーバーにて礼拝に出席させていただいた時の模様をお伝えしました。(http://lvjcc0822.blog60.fc2.com/blog-entry-1100.html)
今回はその続きになります。

さて礼拝後はシニアパスターの奥様で、牧師先生でもある方がアナウンスメントをされました。そして、その日は月に一度の洗礼式がある事を知りました。このような機会はなかなかありませんし、時間がまだ許されていましたのでそのまま残る事にしました。

まず洗礼を受ける方々がそれぞれステージに呼ばれ、3つの質問に答える形での、短い証の時間がありました。その質問は、先生からの『イエス キリストを信じる前は、どんな人生を歩んでいましたか?』から始まりました。

始めに呼ばれた若いアジア系の女性は、軽やかに壇上に上がってきて、「今までは学業や仕事で成功する事が人生の目的だった」と答えました。
この女性は幼い頃から、いつもいつくもの目標を立てチェックリストを作っては、一つ一つ達成するごとに、それを消していったということです。
チェックリストの目標をすべて達成すれば、満足し幸せになれる事を信じながら。でも、その度にその願いとは裏腹に、なぜか空しさを感じる事の方が多かった。。話し方からも堅実で聡明そうな、この広告業界で働く女性は、『ではあなたはどのようにして、イエスキリストを救い主と受け入れたのですか?』との質問に、友人が教会に誘ってくれ、ある集会に出席した事がきっかけであった事、そしてそこで自分がなぜ目標をどんどん達成するのにもかかわらず、空しさが募って行くことがはっきりわかったそうです。
それは一番大切なもの、「真実の愛、即ちイエス様の愛を知らなかったからだ」と、急にこみ上げてくる涙をこらえながら、言葉に詰まりながら答えられました。最後の質問『主イエスを救い主として信じた後、どのように変わりましたか?』に女性は、「今私には心の空しさがもうなく、何故この世に生きているのか、そして生きる目的がはっきりしています。心が愛で満たされています」と。満面の笑顔で答えました。私も胸が一杯になって、涙が溢れてきました。

次は働き盛りの男性で、妻が未信者の夫である自分の為に長年祈っている間に、自身も持っている先天性の病気持ちの長男を授かった方のお証でした。妻の祈りが背後にある中、子供が病気を乗り越え成長していく姿を見ながら、ついには自分の自己中心を悔い改め、信仰を受け入れ、その長男と一緒に洗礼を受ける決心をされたとのことでした。客席でその証を聞かれていた奥様は涙ぐまれていました。さてこのご夫婦は医師から、男性の先天性の病気の為、もう子供はこれ以上あきらめた方が良いと、言われていたにもかかわらず、二人は祈って、祈って、子供を作る決心をされたそうです。そして与えられた女の子はなんと、何の障害もなく、健康そのもので生まれて来たという事でした。ハレルヤ!

3番目は、お母様が42歳と若くして亡くなられ、その後里親に出されて育てられた女性が証されました。あまりにも早い母の死に、自分もそのようになるのかもしれないと、いつも恐れて生きて来たその女性ですが、その後不思議なように教会に導かれ、奇しくも母の死と同じ年にイエス様を信じ、救われ、死の恐れから開放された事を証され、最後はその喜びを、両手を高く上げて身体一杯に現されていました。

そして最後は、今までは自分以外の人間をすべて憎み、無価値だと信じ、その上その事に共感する人々と、啓発活動すらしていた青年が証されました。彼はある日教会に、冷やかし半分また駄目元で来た時に、そこで人々にありのままの姿を受け入れてもらい、初めて無条件に愛される事、真の神の愛を知り、それから改心して救いに至った証を笑顔一杯で語られました。

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その後多目的ホールにある洗礼槽にて、多くの教会員に見守られながら洗礼式が持たれました。拍手と笑顔で満たされたホールは、神の家族が増え、天国への道、永遠が与えられた方々が与えられたその喜びで満ち溢れていました。私はその教会の牧師先生にお礼を述べて帰途につきましたが、外気は凍り付くように寒いのに、心が温かく満たされるのを感じ、鼻歌を歌いながらホテルまで戻りました。

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美しい自然と街並のバンクーバー。カナダの最大の産業都市の一つでもあり、湾岸に高層ビルが建ち並び、街の中は冬でも活気に溢れています。
でも、たとえどこに住んでいても、また表面上は全てがうまく行っているように見えても、この街にも心に空しさを覚えながら日々を過ごしている方々がいる。。そして、それはラスベガスの街でもきっと同じ事。。24時間お金さえ出せば、ほとんどの物が手が入り、煌びやかなネオンが輝く私たちの街には、もしかして、もっと多くの方が心の空しさを覚えられているかもしれない。。そんな事を思いながら、ふとパスカルの有名な言葉、「人の心の中には、神が作った空洞がある。その空洞は創造者である神以外のものよっては埋めることができない。」が思い出されました。
 
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私たちの心は、神の愛を知り、イエス様を受け入れる事によってのみ満たされる、心の空洞がある事を改めて思います。そしてその空洞を持ったままで生きておられる方々の為にもっと祈り、少しでも主の愛を知って頂きたい、その為に日々私が出来る事を優先的にして行きたいと願わされました。

最後に大好きなウォーシップソングの一つ『満たしてくださる方』を Jwoship2の素敵なバージョンでお送りいたします。
韓国語の歌詞に続き、日本語の歌詞が流れますお楽しみください。
https://www.youtube.com/watch?v=DtEeU2AYfk0


主よ私は 飢え渇いて
今ここに来ました
主よあなたに 両手あげて
心からあがめます

主よあなただけが
私を満たしてくださる方
主よあなただけに
賛美の歌を捧げます


(HW)
 
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2017.02.02 03:01 | 証し

   大洋の一滴a  

食欲の秋、運動の秋、読書の秋がやってきましたね。冬の寒さに向けて、心も体も蓄えの準備に入るこの時期、ふと我が家にある本の整理整頓をした際に、本棚で眠っていた一冊の本に再会しました。それは、「マザー・テレサ 100の言葉」という本です。 

今回は、偉大なるマザー・テレサが語る「100の言葉」の最初のページから与えられた思いを、皆さんにシェアしたいと思います。 

「わたしたちのしていることが、大洋の中の一滴にすぎないことを知っています。でもこのひとしずくがなければ、この大洋に、ひとしずくの水が足りないことになるのです。」 

今に始まったことではありませんが、日常生活の様々な場面で、しなければいけないことが次々に押し迫ってくる経験を繰り返しながら、必死で過ごしているように感じることがよくあります。そして、いくら頑張っても、その努力は所詮、微々たるものに過ぎないと思うと、頑張るのを一時停止したいと思うことだってたまにはあります。皆さんに中にも、状況は異なるものの、同じように感じられるときがあるのではないでしょうか。 
子供を持つ親として、日々繰り返されるルティーンや、目前のTo Do Listに紛れて、「Doing」に重きをおくようになり、まるで神様にあっての自分の存在「Being」さえも忘れがちになっているときもあります。
 

しかし日常生活で発揮される私たちの、小さな思いやり、小さな行動、小さな働き、小さな配慮、小さな優しさ、小さな寛容、小さな憐れみは、関わる周りの人にとっては、なくてはならないものなのだと、マザーの言葉が気づかせてくれました。 

神様のお働きに携わる時も同じなのではないかと思います。たとえどんなに小さな働きに見えたとしても、神様にとっては、神様のご計画にはなくてはならない存在であり、欠かすことができない重要な存在です。さらには私たちに何ができるから、また何をしないからといって、私たちに対する神の愛が変わるようなことは、決してありません。 

まるでパズルのピーズを一つでもなくしてしまうと、もうそのパズルは完成できないように、私は小さなピースではありますが、神様の偉大なるご計画の中にあるピースとして、神の御心を求め続け、従っていく者でありたい、そう心を新たにしました。
 

わたしたちという「大洋のひとしずく」を、神様はなくてはならない存在として、今日も、これからも、ずっと必要としておられます。そう思うと、この世でたった一人の自分という存在の尊さを感じずにいられません。そのように私たち一人一人を見ていてくださる神様に、今日も感謝の思いでいっぱいになりながら、私の霊が満腹になったと同時に、親として、子供の「Doing」ではなく、「Being」に注意深く居られる力が与え続けらるよう、祈りに導かれたのでした。 

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。
イザヤ43:4

 (YK)





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2016.10.25 19:26 | 証し

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