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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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今、世界中の多くの人が、世の終末、或いは全人類の危機を予感しているといわれています。聖書でも終末について書かれてあり、大変なことが身近に迫っていることを感じます。。

現在この地球上は、以前と比べて多発する自然災害に加え、環境破壊、核戦争の危険、人口爆発、食糧不足、テロ、エネルギー問題など、急いで解決しなければならない難問が山積している状況にあります。 

 

世界中の裕福層といわれる人々は、安全と思われる海外に土地を買い、シェルターを作り食糧を蓄え、イザという時のために自家用ジェットで避難できる環境を作っている、といったような話も耳にします。

 

そんな中、先日、「北極圏の島に図書館開設、世界の文献を滅亡から守る」というニュースを読みました。

それによると、北極点から約1000キロの極寒の地にあるノルウェー領のスバールバル諸島の廃坑を利用して、地下150メートルに図書館を作ったのです。核攻撃にも耐えうるということです。

名前は「アークティック・ワールド・アーカイブ」。

目的は、世界の壊滅的事態に備えて、歴史的、科学的に貴重な文献を守るため、学術論文から文学作品に至るまで、世界のあらゆる文献のデータを集めているといいます。そのデータは年々増えているそうです。

収集されたデータはサイバー攻撃から守るため、ネットワークに接続されていません。それらはコンピューターコードに変換されて感光フィルムに記録され、リールに巻き付けて貯蔵庫に保管されています。この方法でなら、データは500年以上保たれると言います。

顧客は特製スキャナーを使ってデータを引き出すことができます。また、デジタルカメラとコンピューターさえあれば、リールのフィルムからデータを復旧できる「災害復旧オプション」も用意しているということです。

各国の政府機関や企業、個人などに図書館の利用を呼びかけていました。

 

未来の人類へ残す図書館、素晴らしい遺産になることでしょう。この図書館のデジタル資料が未来のある日に開けられるとしたら、それは聖書で言われる千年王国の頃になるのでしょうか。

 

 

聖書にある「終末」というのは、この世の全てが終わって何もなくなる、という意味ではありません。それは「来たるべき世」に移行するための一定期間のことを指して終末・艱難時代、と呼んでいます。艱難時代も神がご計画されたものですので、人々を無差別に滅ぼすわけではなく、滅ぶべき者が滅ぶ、というように理解できると思います。

艱難時代の前に起こる携挙(けいきょ)の時、キリストを信じる全ての人々は天に上げられ、艱難は経験しないと解釈されています。(前艱難携挙説)

キリストの再臨は、艱難時代の最後に起こり、反キリストを滅ぼし、千年王国を建て上げるために来られます。

終末に関して聖書は「ヨハネの黙示録」、「ダニエル書」、「マタイの福音書」、「第2テサロニケ」、「エゼキエル」、「ゼカリヤ」等にその預言が書かれています。

 

現在地球上には、この地球を数十回破壊できるほどの核爆弾があるそうです。昨今の北朝鮮の動向は、人々に恐るべき恐怖を与えています。

たとえ今回の危機を回避できたとしても、いずれ人間は、また同じ局面を迎えることになるかもしれません。果たして人間は、人類の滅亡を阻止する術を持っているのでしょうか。

 

ガラテヤ14に、「キリストは、今の悪の世界から私たちを救い出そうとして、私たちの罪のためにご自身をお捨てになりました。私たちの神であり父である方のみこころによったのです」とあります。神は御子をも惜しまず死なせるほどに、私たちを愛しておられます。

その神は、時空を超えて存在され、愚かな人間の心をもご存知で、破滅に進んでいることも既に知っておらる上で、終末・艱難時代をご用意していると言えるようです。人類を滅亡の悲劇から回避させることがおできになる方は神のみです。神の御愛の他ありません。

そして、古い世は過ぎ去り、やがて来たるべき世は千年王国、主の栄光が輝く国をこの地上に確立される日を待ち望みます。

 

MU

 

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2017.04.20 03:07 | 証し
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「僕は、お母さんが天国に行くって知ってるし、老衰で痛みなく穏やかに眠るように息を引き取とると思うから、延命治療をしないで良いと思うけど、一番近くに居てお母さんを見てるのは兄さんだから、兄さんが一番良いと思う方法が良いと思う。」

数日前、義兄と夫の電話でのやり取りを聞いて以来、この言葉が頭の中から離れません。

義母はこの3月31日に94歳を迎えました。サウスダコタ州に住んでいるので、年に1度会いに行く位なのですが、会う度に痩せ、食が細くなり、寝ている時間も長くなっていたので、ここ1-2年は「お義母さんに会うのはこれが最後かも知れない…」と思いながら、帰宅していました。
そんな義母の体重が34kgまで落ち(身長約165cm)、衰弱してあまり長くないかもしれない、どうすべきか?という、義兄からの連絡に対する、夫の返答が冒頭の言葉でした。

思えば、この2月にお母様を天国に見送られた鶴田先生が、お母様と最後にお会いになった時の様子を話してくださった時も、同じように「死が近い家族に対する クリスチャンの様子」を漠然と想像していました。
そして今回、 短い間でしたが「義母と義娘」の関係で居た彼女を見送るにあたり、夫の言葉を聞いて「そっか。そうだよね。お義母さんはクリスチャンだから、イエス様の元へ行けるんだよね。もう意識もあまり無いし、苦しんでいる様子も無いって言うから、眠るように安らかに行けるんだね。」と、何も心配せず、心に平安をもって家族を送り出せる。 イエス様を信じる者の死は、イエス様の十字架の御業によって全く違うものとなったのだ。 と実感しました。

「十字架で死なれたイエス様の愛、その事実をまだ理解し切れていませんので、それをもっと知ることができますように教えてください」と祈り求めていた私に、イースターを間近にした今、この恵みを改めて思い、感謝する機会が与えられました。
それでも、まだまだイエス様・御父の愛を理解し切れるものではありませんが、もう一歩、イエス様の愛の深みに近づくことができたような気がしました。

私たちの罪の為に十字架で死に、3日後に復活されたイエス様は、イエス様を信じる者に永遠の命を与えてくださっただけでなく、今も生きて、私たちと共にいてくださっています。


ヨハネの福音書 11:25-26
25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

(KS)
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2017.04.11 00:49 | 証し
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復活祭が間近に迫りました。今回は、イエス・キリストの復活が、弟子たちにどのような変化をもたらしたのかを見ていきたいと思います。

イエス・キリストの復活は、キリスト教にとって最も大きな出来事です。

下の御言葉は、ルカの福音書241-11節、復活の場面です。

 

週の初めの日、夜明け前に、女たちは用意しておいた香料を携えて、墓に行った。

ところが、石が墓からころがしてあるので、

中にはいってみると、主イエスのからだが見当らなかった。

そのため途方にくれていると、見よ、輝いた衣を着たふたりの者が、彼らに現れた。

女たちは驚き恐れて、顔を地に伏せていると、このふたりの者が言った、「あなたがたは、なぜ生きた方を死人の中にたずねているのか。

そのかたは、ここにはおられない。よみがえられたのだ。まだガリラヤにおられたとき、あなたがたにお話しになったことを思い出しなさい。

すなわち、人の子は必ず罪人(つみびと)らの手に渡され、十字架につけられ、そして三日目によみがえる、と仰せられたではないか」。

そこで女たちはその言葉を思い出し、

墓から帰って、これらいっさいのことを、十一弟子(でし)や、その他みんなの人に報告した。

この女たちというのは、マグダラのマリヤ、ヨハンナ、およびヤコブの母マリヤであった。彼女たちと一緒にいたほかの女たちも、このことを使徒たちに話した。

ところが、使徒たちには、それが愚かな話のように思われて、それを信じなかった。

 

 

さて、弟子たちはユダヤ人が来て、

次は自分たちが捕らえられるのではないかと恐れて、

部屋に閉じこもっていました。

そこへ、女たちが、

イエスがよみがえられた、という知らせを持って来たのです。

弟子たちの心境は、どのようなものだったでしょう。

 

ゲッセマネでイエスがローマ兵に捕えられた時、

弟子たちは無情にも皆逃げてしまって、

十字架にかかって死んでいくイエスを見殺しにしたのですから、

復活されたイエスにお会いすることは、

嬉しい反面、罪の意識や裏切った後ろめたさから、

怖かったと察することができます。

 

しかし、復活のイエスの最初の言葉は優しいものでした。

「平安があなた方にあるように」

と言われたのです。

その言葉に、赦されるはずのない罪が赦された弟子たちは、

どれほど嬉しかったことか。

弟子たちは、イエスの寛大さを心に刻みました。

 

そしてイエスは、息を彼らに吹きかけて

「聖霊を受けなさい。

あなた方が誰かの罪を赦すなら、その人の罪は赦され、

あなたがたが誰かの罪をそのまま残すなら、

それはそのまま残ります。」 と言われました。

この言葉にイエスのお気持ちが反映されています。

 

弟子たちが復活のイエスに会ったことは、まさに赦しの体験でした。

 

そして、40日後、

イエスはオリーブ山で栄光のうちに天に上げられ、

神の右に座しておられます。

 

弟子たちにとって、

復活のイエスが、人間の理解を超えた存在だということはわかっていました。

イエスご自身の意思で現れ、消え、

明らかに、

今まで寝食を共にしていたイエスとは違っていたからです。

 

このイエスの復活を境に、

弟子たちは変わっていきました。

自分達の命をかけて、

イエスの復活を証言し、福音を伝え始めたのです。

 

復活の出来事は、弟子たちにとって、

人生を根底から変えてしまうほどの出来事だったのです。

 

「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいます」と、

イエスは言われました。

2千年経った今も、

イエスは復活し今日も生きて私たちと共におられる、

ということは変わりません。

 

MU

 

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2017.04.06 07:56 | 証し

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