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   s-Nobel Peace medal

劉暁波のノーベル平和賞の裏に見え隠れするもの

2010年10月8日、ノーベル平和賞が、中国の反体制活動家であり作家の劉暁波氏に授与されることになった。このニュースを聞いて、まず考えたことは、昨年に引き続き、またもやノーベル平和賞が政治目的のために使われたのではないかということである。

劉暁波は2008年12月9日、共産党の一党独裁をやめ、多党制に移行すべきだと主張する「08憲章」を立案し中国政府に逮捕され有罪になった人物である。「08憲章」とは、劉暁波ら303名が連名でインターネット上で発表した、中国の政治体制について、憲法改正、三権分立、民主化推進、人権の保障、宗教の自由など19の基本主張を求めた宣言文である。劉暁波のノーベル平和賞受賞は、この中国民主化運動に対して与えられたものである。

自国の監獄に入れられている人にノーベル平和賞が与えられたのは、今回で3人目である。過去の2人は、ナチス政権に反対して投獄された政治活動家のカール・フォン・オシエツキーで1935年に受賞、そしてミャンマーの野党政治家のアウンサン・スー・チーが1991年に受賞している。したがって、今回の劉暁波の受賞は、中国がナチスやミャンマーと同じ極悪な独裁国であるという印象を世界に与えてしまったと言える。

さて、2008年12月に「08憲章」が発表された翌年2009年にも、劉暁波に対するノーベル平和賞が取り上げられたようであるが、結局、オバマ米大統領が受賞した。もし劉暁波への授賞が昨年であったら、どうであったろうか。中国は今より国際社会における政治力が弱かったので、欧米に反撃せず、低姿勢でやり過ごそうとしたかも知れない。

しかしここ一年、中国の国際政治力は急拡大した。ドルの崩壊感が強まる中、中国の出方が国際基軸通貨制度の今後を決定しそうである。もし中国が米国債の引き受けを制限したり、人民元が対ドル為替の切り上げを決めるようなことになれば、ドルの崩壊は必至である。劉暁波のノーベル平和賞受賞で面子を潰された中国は、たとえ外貨備蓄に損失が出ても、ドル崩壊を招いて米国の覇権を潰した方が国益にかなうと考えているかも知れない。

ところで、今年の11月からG20の議長国となるフランスのサルコジ大統領は、中国に対し、EUと中国が組み、IMFの特別引出権を活用してドルに代わる基軸通貨体制を作ろうと提案している。また米連銀が、ドルや米国債の過剰発行に拍車をかける量的緩和を11月から再開する見通しが強まり、ドルは自滅の道に入っているように見える。米連銀では、インフレの目標値を従来の2%から4%に引き上げ、人為的にインフレを作り出すことによって、米国民の預金を消費に回させ、経済をテコ入れしようという政策を考えている。しかし、これは米国が世界の投資家にドル離れを促すようなものである。

なぜ米国はそのような政策を取ろうとするのか。財政赤字が二年連続一兆ドルを超えた。財政赤字も貿易赤字もその累積は天文学的数字にのぼり、この負債は明らかに返済不可能である。そのうえで米国が自らドルの崩壊を招く政策を取っているとすれば、米英覇権を壊し、世界を多極化しようとしている動きを止められない力が働いているのかも知れない。

日米のマスコミは、中国の一党独裁体制は言論の自由を奪う非道なものとして扱っている。また劉暁波のノーベル平和賞受賞に反対する中国はおかしいと言う。確かに、それは多くの人の指示を得る正論であろう。しかし、もっと人の心の奥にあるものを見ると、違う見方も出てくる。つまり、世界のこの自由化の流れの中で、中国がなおも一党独裁を固持するのは、政治の自由化を慎重にやらなければ自由化が国家の分裂につながりかねないと考えているからかも知れない。

また、米英日には、建て前としては、中国を良い国にするためと言いながら、本音では、中国を国家分裂させて弱体化したいという隠れた意図を持って、中国の民主化を求める勢力が存在するのである。 その意味では、中国が「欧米日が中国の民主化を求めるのは、中国を崩壊させたいからだ」と思うのも当然である。これは善悪を装った国際政治の戦いなのである。

世界の動きは、着々と聖書の終末預言の成就に近づいているように思えてならない。

LVJCC担任牧師: 鶴田健次


2010.10.25 11:04 | 牧師の独り言
「私たちは神の作品」(エペソ2:10)


神は地上のすべての生き物に、それぞれ特別な能力を与えられた。ある動物は走るのが得意である。また、あるものは跳び、あるものは泳ぎ、あるものは穴を掘り、そして、あるものは空を飛ぶ。それぞれが神に創られた目的に基づいて、特別な役割を持っているのだ。そして、それと全く同じことが人間にも言える。私たちは、それぞれ独自性をもってデザインされ、またある事をするために造られたのである。

建築家は、どんな新しい建物を設計する時でも、まず最初に、「建物の目的は何か?」、「どのように使われるのか?」と尋ねる。なぜなら、意図する機能が建物の形を決定するからである。

神は、私たちを創られる前に、私たちに地上でどんな役割を果たして欲しいかを決められた。神はまた、私たちにどのように仕えて欲しいかを綿密に計画し、それから、その働きのために私たちを形造られたのである。私たちは、ある素晴らしい働きのために造られたので、今の私たちがあるのだ。
 
聖書は、「私たちは神の作品であって、良い行ないをするためにキリスト・イエスにあって造られた(エペソ2:10)」と言っている。私たちは、神の御手で造られた最高傑作だ。私たちは、何の考えもなく、流れ作業で大量生産されたようなものではなく、特注で造られた、この世に二つといない最高傑作なのだ。

神は、私たちの働きを独自なものとするために、その事を意識しながら私たちを形造られた。神は私たちを造るために慎重にDNAレシピを混ぜ合わせられたのだろう。ダビデは、神が私たち一人ひとりをデザインする際に払われた信じられないほどの細かい個人的な配慮を覚え、神をこのように褒め称えている。 

「あなたはわが内臓をつくり、わが母の胎内でわたしを組み立てられました。わたしはあなたをほめたたえます。あなたは恐るべく、くすしき方だからです。あなたのみわざはくすしく、あなたは最もよくわたしを知っておられます。」(詩篇139:13-14)

神は、私たちが生まれる前に私たちを形造られただけではなく、私たちを支え導くために、私たちの人生の日々を計画されたのだ。ダビデは続けてこう言っている。

「あなたの目は、まだできあがらないわたしのからだを見られた。わたしのためにつくられたわがよわいの日のまだ一日もなかったとき、その日はことごとくあなたの書にしるされた。」(詩篇139:16)

これは、私たちの人生で起こるすべての事は何一つ重要でないものはないということだ。神は、人々に対する働きのために、また神への奉仕のために、すべてのものを用いて私たちを造り上げられるのである。

神は何一つ無駄にされることはない。神は、それらをご自身の栄光のために用いようと意図しておられなければ、私たちに能力や、関心や、賜物や、個性や、経験などを与えられなかった筈だ。だから、与えられているこれらのものを見極め、理解できれば、私たちの人生における神の御心を発見できるのだ。

聖書は、私たちが神の作品であると言っている。なんという有難い言葉であることか。また、私たちは多くの違った要素が組み合わされた驚くほどに素晴らしい存在なのだ。神が私たちをそのようなものとしてお造りになったのは、私たちが神の栄誉を宣べ伝えるためなのだ。

「この民は、わが誉を述べさせるために、わたしが自分のために造ったものである。」(イザヤ43:21)


(LVJCC担任牧師: 鶴田健次)
2010.01.22 00:00 | 牧師の独り言
オバマ大統領のノーベル賞


10月9日にオバマ大統領にノーベル平和賞が与えられることが発表されたが、この知らせを聞いてすぐ私の脳裏に浮かんだことは「ノーベル賞がまた政治目的のために使われた?」という思いであった。

今回オバマ大統領にノーベル平和賞が与えられた大きな理由の一つは、大統領が国連安保理の5大国を含む全世界の核兵器廃絶を提唱したためである。しかし、これまでにも多くの指導者たちが核廃絶を提唱してきたが、一つも成功しなかった。なのに何故どういう結果になるかも分からない今回の核兵器廃絶の提唱がノーベル賞に値するのだろうか。たとえオバマ大統領の核廃絶が従来の提唱より成功の可能性が高いとしても、結果を見ずしてのノーベル賞はやはり時期尚早だと思う。

アンリ・デュナン、アルベルト・シュヴァイツァー、キング牧師、マザー・テレサ、ネルソン・マンデラなどが、神を愛する心から純粋な思いでその尊い人生と命を人々のために捧げ、その献身的な働きが評価されてこの名誉ある勲章を受けたことを考えれば、なんと簡単にオバマは・・・と、つい思ってしまう。

また、無抵抗主義によるインド独立の父と言われるマハトマ・ガンジーは、1937年から1948年にかけて、5回もノーベル平和賞の候補になりながら、本人が頑なにその受賞を辞退したという例を考えれば、政治家たちのノーベル賞の軽さを感じずにはいられない。

実は、今回のオバマ大統領のノーベル平和賞受賞をめぐり、50年間公開されたことがない選考過程が地元紙の報道で暴露されるという異例の事態に陥っているそうである。選考を主導したノルウェーのノーベル賞委員会のヤーグラン委員長が欧州会議(加盟47カ国)の事務局長を兼務していることも批判を浴び、外部の干渉を防ぐための同委員会の秘密主義と独立性が改めて問われているらしい。

また10月15日付のノルウェー紙、ベルデンスガングは、同委員会の委員5人のうち、最初からオバマ大統領を推したのはヤーグラン委員長ら労働党の2人で、それ以外の 3人は反対していたと報じている。とすれば、オバマ大統領の授賞はノーベル賞委員会の内部からわいてきた話ではなく、明らかに外部からの強い国際政治力が働いて決定されたものであることが想像できる。では、その政治的な絡みはどういうものであろうか。

ひとつの可能性として考えられることは、ノーベル賞委員会は、オバマ大統領に授賞することで事実上、核開発への制裁を口実にイランを空爆する戦略を米国に取らせないようにしたということである。つまり授賞にはオバマ大統領の手を縛る効果があるということだ。イランが米国を攻撃しない限り、米国がイランを空爆することは国際法で認められた自衛の範囲を超えるもので、ノーベル平和賞の受賞者がやることではない。つまりオバマ大統領が受賞を受諾したということは、大統領にはイランだけでなくあらゆる国に対する先制攻撃をする考えがないことを示唆している。

核開発への制裁を口実に、米国もしくはイスラエルがイランを空爆する構想をめぐっては、イスラエル右派と米国の軍産複合体が合同の空爆をやりたいと考えてきた半面、欧州勢はイラク戦争の二の舞になるので空爆を嫌っている。また米国の多極主義者は、イスラエル単独で空爆をさせたいと考えている。

こうした欧米イスラエル内の暗闘の図式に当てはめると、オバマ大統領がノーベル賞受賞によってイランを空爆できなくなったことは、欧州勢と米国の多極主義者(ホワイトハウス)がヤーグラン選考委員長に圧力をかけ、授賞に持っていった可能性が大きい。

これまで世界は、5大国だけが核兵器保有を容認されてきた。しかし、G20がG8に取って代わったように、国連も多極型の新体制に移行し、5大国制度も再編され、5大国だけが核保有を容認されていた体制も終わるかも知れない。米国の多極主義者(ホワイトハウス)は、核廃絶を推進したいオバマの理想論を使って、今後の転換期に核兵器全廃を実現したいのだろう。

しかし、終末に関する聖書預言に照らし合わせれば、核兵器全廃は実現しそうにもない。なぜなら、これから迎える患難時代における二度の世界大戦は激しい核戦争になりそうだからである。これからも世界の動向から片時も目を離せない。


(LVJCC担任牧師: 鶴田健次)
2009.11.13 12:54 | 牧師の独り言
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