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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

牧師室より#344「互いに愛し合う」_convert_20170722051033 


今日は、"互いに愛し合う"ということについて考えてみました。


イエス・キリストは十字架にかかる前夜、弟子たちに告別の説教(お別れの説教)を語られましたが、その中で、こう命じられました。 

「わたしは、新しい戒めをあなたがたに与える、互に愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互に愛し合いなさい。互に愛し合うならば、それによって、あなたがたがわたしの弟子であることを、すべての者が認めるであろう」(ヨハネ13:34-35)

主イエスは、今を生きる私たちにも同じことを命じておられます。これは勧めではなく、私たちに対する主の命令です。「あなたがたは互いに愛し合いなさい」。この互いに愛し合うとは、「互いに赦し合う」こと、また「互いに受け入れ合う」こと、と言い換えることもできます。 

主イエスは私たちに「間違いをしないように、失敗をしないように」と注意しておられるのではありません。私たちは誰もが不完全であり、欠点を持っています。やがて栄光の体を与えられるまでは、この問題は持ち続けるのです。ですから、どうしても私たちは間違いを犯したり、失敗をしたりすることがあるのです。


そんな問題を抱えた私たちが、平和な人間関係を保ちながら、喜びのある、幸せな人生を生きるための鍵は、まさに主イエスが言われたように、互いに愛し合い、互いに赦し合い、ありのままを受け入れ合うことなのです。 そして、この愛し合う、赦し合う、受け入れ合うということは、相手に要求するものではなく、自分自身に求められている能動的な行為であることを理解することは大変重要なことです。


聖書は決して、誰かに愛されることを求めなさい、赦されることを求めなさい、とは教えていません。「互いに愛し合いなさい」とは、相手が自分を愛することを要求するのではなく、自分が相手を愛することを実行することなのです。

そして、この事を可能にするのは、「わたしがあなたがたを愛したように」とあるように、主イエスに愛された経験がその重要な鍵です。その経験なしに、あるいは、その経験が不足していては、「互いに愛し合う」ことは難しいのです。 

あなたはいかがですか? あなたは教会のすべての仲間たちを愛することができていますか? 赦すことができていますか? すべての仲間たちをありのままで受け入れることができていますか?

人の批判をする人にならないで下さい。人の批判はサタンに惑わされている人の行為です。そこには神様の祝福も喜びもありません。聖霊に導かれている人は、人の徳を高める言葉を語り、決して人を批判したりはしません。いっさいの悪意を捨て去り、互いに情深く、憐れみ深くあり、心を一つにして愛の共同体を建て上げていきましょう。

今日の一言: 互いに愛し合うことを実行しよう

鶴田健次
  

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2017.07.22 05:11 | お知らせ
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若いころは、体の健康維持など気にもしなかったのですが、そろそろメディケアが手の届くところに来て、数年前から身を案ずるような方向へと徐々に変化している自分に気付きました。これは大きなターニングポイントだと思いました! 人生の前半と後半に分けられる “区切り” 的な境目を意識した始まりです!

 

さて、ならばどのように人生の後半戦に望んだら良いかが問題です。考えられる事として、バランスのとれた食生活、適度の運動、さらに、思考の質やマインドコントロールなども良い歳のとり方や健康維持に必要不可欠な要素として考えました。

とりあえず今回は、運動で健康な体を維持することに目を向けることにします。


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昨夜早めに寝て、目覚めたのは朝5時半。ちょうど朝日が昇ったころでした。着替えて隣の公園に向かいました。駐車場に車を止めて芝生のフィールドに降り、その外周トラックを歩き始めました。こんなに早くても、既に運動に来ている人たちが何人もいました。

 

ここはCharlie Frias Park チャーリー・フリアス公園です。ドッグパークや子供の水遊び場、テニスコート、バスケットボールコート、また広大な芝生にはサッカー場が3面できる広さがあり、その外周トラックは早歩きで約10分ほどかかります。そこを3周か4周するのが常です。

 

トラックを歩きながら朝のお祈りをします。加えて、公園で出会った人々のことを祈ります。

もし、目の前を歩いている人が神様を信じる人なら、祝福の上に更なる祝福が与えられますように。もし、まだ神様を知らないなら、その機会が与えられ、主の愛に触れ、滅びに行く魂が救われますように、という風に出会う人毎に祈ります。そして心に浮かんだ賛美を歌います。

 

この歩きながらの祈りは、以前何かで読んだか聞いたかしたもので、私もやってみようと思い立ち、それ以来続いています。いつでもどこでも誰にでも、こうして勝手に祈ります。

その利点はといえば、習慣化することで、主がいつも身近にいることが感じられ、心に平安が与えられることです。


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朝のウォーキングはさわやかで気持ちが良いし、その日のモチベーションが上がるだけでなく、考え方もポジティブになり、力がみなぎって来るような気がします。

良い種を蒔けば良い実がなる、と聖書は教えています。これこそが、良い実を得るための基礎。健康な体を維持することも、この延長線上にある事がわかります。

 

聖書では、人生を健康のまま全うした人がいます。その代表的な人がモーセでしょう。

申命記347節に、「モーセは死んだ時、百二十歳であったが、目はかすまず、気力は衰えていなかった。」とあります。人は誰でも、健康のまま命を全うしたいものです。モーセのように。

 

私たち人間を造られた神様は、人間を健康なうちに人生を全うできるように造られたと、私は思っています。

老いるに従って体の機能が低下し、自分が何者であるかもわからず、人の介護によって生きることが「老後の人生」だ、などとは思いたくありません。

なぜなら、この大宇宙を創造され、驚異的な緻密さで人間を造られた神が「はなはだ良し」と言われた対象、それが人間だからです。神は完璧な生涯を全うできるだけの要素を、私たちの体に既に与えておられると信じています。

ただ、自由意志という名の選択を通して、良い種を蒔くという選びの行為に至れば、良い実の刈り取りができる、ということです。

箴言423節でこう言われています。

「油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである。」

人生後半の健康を考えた時、この御言葉が輝き出し、目指す方向を確認した思いです。

 

MU

 

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2017.07.19 19:04 | その他
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私たち夫婦は、2007年にアイダホからラスベガスに引っ越しして以来、毎年仕事のあるアイダホ、及び家族の居るオレゴンで夏の3-4カ月を過ごしています。その間、ここ4-5年はRV(Recreational Vehicle)で生活しています。

この様な生活は、アメリカでは特に珍しいことでもなく、実際夫は、高速道路の工事夫であった彼の父親、電線工事夫だった自身の都合で幼少の頃そして自身の子供が学校に入る前までの各5-6年程RV生活をしていたようです。

また、ここ数年は定年後全米・世界をRVで旅しながら生活する人々が明らかに増えています。勿論、若い世代も週末を家族と自然の中で過ごすためにRVを所有する人達も多くいます。

この様なRV生活の事、RV生活中に出会った方との事を少しずつこのBlogでお伝えさせていただこうと思います。

Wikipediaによると、北米においてのRVは約1745年頃から始まった白人移民によって使われていた「ほろ馬車」が始まりのようです。

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東海岸経由で入ったヨーロッパからの移民はこれを使い、必要な物を積み、移動する生活をしながらアメリカを開拓していったのでしょう。良い季節もあったでしょうが、アメリカの自然は時に厳しくもあります。その時代にこの様な生活をしていた人々の環境を思うと、しっかりしたRVの中に電気・水道・ベッド等必要な物すべてが備えられている与えられている現代のRV生活、そしてそれが当たり前になり感謝する事も忘れている私を思います。

更に歴史を遡ると、イスラエルは、荒野で40年間生活しました。エジプトを出て直ぐにエジプトでの食生活を恋しく思い、つぶやきました。そんなイスラエルに神はマナを降らせ日々の糧を与え続けてくださっていましたが(出エジプト記16章)、異邦人の生活を見て欲が出たイスラエルは、再度、エジプトで食べていた食べ物を思い出し「マナしかない」とつぶやきました(民数記11章)。

今後ご紹介するRV生活は、素晴らしいことも多くあるのですが、ついつい・・・ベガスでの生活を恋しく思い、つぶやくことも多々あります。そんな私は、日々主に守られ必要な物を与えられているのに、つぶやいてしまったあの時のイスラエルと全く変わらない「つぶやくのに早く、感謝するのに遅い者」であることを改めて思います。そして「神は、私たちの必要を満たされますが、私たちの欲は満たされません。」という、ある牧師の言葉が思い出されました。
哀れみ深い主が、恵みにより朝毎に私たちの必要を満たしてくださっていることに感謝いたします。

私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。哀歌3:22-23a

(KS)


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2017.07.18 01:06 | その他の地域・国

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