FC2ブログ

LVJCC Blog

ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

122221_convert_20210123030447.png

自分を変える



あなたは自分を変えようと試みたことがありますか?

その結果はどうでしたか?

自分を変えるのは簡単ではないと思いませんか?


自分を変える一番良い方法は、自分の古い生活習慣を捨て、イエス・キリストの生き方を新しい習慣として日々の生活の中に取り入れることです。これがどんな自分の努力よりも効果のある方法です。エペソ書4:22-24にこう書いてあります。

「すなわち、あなたがたは、以前の生活に属する、情欲に迷って滅び行く古き人を脱ぎ捨て、 心の深みまで新たにされて、真の義と聖とをそなえた神にかたどって造られた新しき人を着るべきである。」

神は、私たちを即座に変えることもお出来になりますが、ゆっくり私たちを開発する方法を選んでおられます。イエス様は、ちょうど神がイスラエルの民に『約束の地』を“少しずつ”占領させていかれた(申命記7:22)ように、弟子たちの訓練においても慎重でした。神は私たちの人生にも段階を追って働かれることを好まれるのです。

では、なぜ私たちが変わり、成長するのに、そんなに時間が掛かるのでしょうか。4つの理由を考えてみました。

① 私たちはゆっくりとしか学べない者だから

私たちは、問題の原因をすぐに他人のせい、また状況のせいにしてしまうので、同じ問題を繰り返す傾向があります。私たちは、何かをちゃんと身につけるには、何十回も一つのレッスンを学び直さなければなりません。そうやって新しい生き方のパターンを身につけていくのです。イスラエルの歴史は、私たちが如何に神からのレッスンを忘れてしまい、すぐにまた古い行動パターンに逆戻りしてしまうかを例証するものです。私たちは何度も同じ経験をしなければ学べない者なのです。 

② 私たちに捨て去るべきものがたくさんあるから

多くの人がカウンセラーのもとに行き、長年に渡って生じた内面の問題をすぐに直してもらおうと期待しますが、実際には、それが直るには時間がかかります。私たちの問題のほとんどは、また悪い習慣のすべては、一夜にして身についたわけではないので、即座に改善されるものではないのです。悪い習慣を取り除き、良い習慣と入れ替えるためには骨の折れる取り組みが必要になります。聖書はこれを、「古い自分を脱ぎ捨てて、新しい自分を着ること」と呼びます。たとえ私たちが信仰によって新しくされても、取り除かれ、入れ替えられるべき古い習慣や行動パターンが私たちの中にまだたくさん残っているのです。 

③ 成長は、しばしば痛みと恐れが伴うものだから

変化のない成長などありませんし、恐れと損失のない変化もありません。また、痛みのない損失もありません。すべての変化は、ある種の損失を伴うものです。私たちは、新しいものを経験するために古いものを手放さなければなりません。しかし、私たちはこれらの損失を恐れるのです。たとえ私たちの古い習慣が自分に害をもたらすものであっても、それらは擦り減った靴のように、少なくとも馴染み深い快適さがあるので替えにくいのです。 

④ 良い習慣は、身に付けるのに時間がかかるから

私たちの性格は、すべての習慣の総和であるということを知る必要があります。私たちは習慣的に親切でなければ自分を親切だとは言えません。私たちはいつも正直でなければ自分を誠実とは呼べません。私たちの習慣は、私たちの性格を定義するのです。
 
自分を変えるということは、今までとは違う新しい習慣を身に付けるということです。新しい習慣を身に付けるには一つの方法しかありません。それは、その習慣を実践し続けることで、その習慣が借り物ではなく自分のものになるということです。それには時間がかかります。即座に身に付く習慣はありません。その事で、パウロは弟子のテモテにこう言っています。


「すべての事にあなたの進歩があらわれるため、これらの事を実行し、それを励みなさい」(1テモテ4:15)



今日の一言: 自分を変える勇気があれば必ず幸せをつかむことができる



鶴田健次


下記のアイコンのクリックで応援を願いいたします!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願いいたします。

✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨


2021.01.23 03:07 | 鶴田健次牧師より




115212_convert_20210116081705.jpg



トランプ弾劾から見えて来るもの



米下院、トランプ氏を弾劾訴追 史上初の2回目

 【ワシントン=中村亮】 米下院本会議は13日、連邦議会議事堂の占拠事件を扇動したとして、トランプ大統領を弾劾訴追する決議案を可決した。2019年12月に続く弾劾訴追で、トランプ氏は2回の弾劾訴追を受けた史上初の大統領となった。次の焦点は上院の弾劾裁判に移るが、開催は20日の新政権発足後になりそうだ。

 決議案は弾劾条項に「反乱の扇動」をあげた。「トランプ氏は議会での非合法行為を促す発言を意図的に行った」と断じ、6日の議会占拠事件に関与したと結論づけた。事件は民主党のバイデン次期大統領の選出手続き中に起きており、「民主的システムの正当性を脅かした」「平和的な政権移行を妨害した」などとトランプ氏を批判した。


上記は、2021年1月14日の日本経済新聞の記事である。日本の他の新聞もほとんど同じ内容の記事を掲載している。それは、それらの記事がすべてアメリカの主流メディアのコピーだからだ。それに対して、アメリカの保守系メディアはまったく別の見解を述べている。何度も繰り返し言い続けてきたことであるが、これらのどの記事を読むかによって読者の立場も大きく変わってくる。


主流メディアは、1月6日にトランプ支持者たちが議事堂に乱入したのは米政府を暴力によって転覆しようとする試みであり、それを扇動した罪でトランプは弾劾されているとしている。一方、保守系メディアは、トランプ支持者たちは、政府転覆のためではなく、民主党の選挙不正に対する抗議行動としてデモ行進をしていたのだとしている。決して計画して議事堂に突入したのではない。議事堂の前で抗議していたら、ワシントンDC警察の警備がとても甘く、すでに群衆の中に紛れ込んでいた民主党左派のAntifaやBLMなど暴力集団の先導で簡単に議事堂に入れてしまい、結果的に突入した形になってしまった。BLMなどのメンバーの顔は顔認証システムで確認済みである。


また、州兵が事前にワシントンDCの警察に警備の協力を申し出たが、DCの警察側はそれを断り、警備を甘いままにした。それは何故だろうか。DC警察は、DC市長など民主党側の意を受け、意図的に甘い警備をしてトランプ支持者たちの一部を議事堂に入れさせ、民主党側がトランプ支持者をテロリストと決めつけられるように計画したのではないかとの憶測が飛び交っている。


それに加えて、議事堂内に突入したタイミングであるが、それははからずもテキサスの共和党上院議員テッド・クルーズの異議申し立ての時だった。トランプ陣営は、主流メディアが報道しないために今回の民主党の選挙不正を知らないアメリカ国民に、一流の弁論家であるテッド・クルーズを通してその事実を説明する最良の機会を奪われてしまうことになった。


民主党のナンシー・ペロシ下院議長は、トランプ大統領が支持者を煽って暴動を起こしたという理由でトランプ大統領を弾劾しようとしているが、上述のごとく、事実は違うのである。この件については、しっかりと調査もしていないし、公聴会も開いていない。すでに議会乱入者たちを逮捕したらしいが、彼らがなぜ暴動を起こしたのか、その動機についての調査結果もまだ出ていない。


 2016年の大統領選挙でトランプ大統領は6000万票の投票を獲得し、また2020年の選挙では7400万票を獲得した。一方、バイデンは8000万票ということになっているが、実際のところ、もしドミニオンによる大量票の盗みや、真夜中の数十万票の偽造票の追加詐欺、またその他の数々の不正がなければ、トランプがバイデンを遥かに引き離し、NY以外の49州において勝利を収めていたと言われている。


 このように多くの支持を得ているトランプ大統領を僅か1日か2日で確かな証拠もなく弾劾するということは、トランプに投票した少なくとも7400万人のアメリカ国民に対するあまりにも軽率な行動だと思う。


 アメリカの歴史上、過去に3名の大統領が弾劾を受けているが、このように弾劾が少ないのはアメリカの大統領を弾劾するためのルールが厳しく設定されているからだ。その理由は、アメリカの大統領はアメリカ国民が選んだ大統領であり、数千万人のアメリカ国民が選んだ大統領を弾劾する場合、その大統領を選んだ国民に対し論理的かつ正当な説明責任を果たさなければならないからである。そのために十分な調査をし、何度も公聴会を開くことで下院での弾劾プロセスを進め、上院でも同じく調査と確認をした後に決議をすべきなのだ。


 ところが今回は、下院でわずか2日で何の調査もなく弾劾のプロセスを終わらせたのである。しかし、それよりも何よりも、もし保守系メディアの見解が正しければ、犯罪者が被害者を弾劾しようとしている今回の出来事は、アメリカの歴史に残る恥と言わざるを得ない。にも拘らず民主党がこのような手段を取った裏には、アメリカの憲法第14修正案を起用してトランプ大統領が今後アメリカの大統領になることを阻止する狙いがあったとしか考えられない。民主党を支配する勢力は何としてでもトランプを大統領にさせたくないのだ。


1月20日の大統領就任式に向けてワシントンDCにアメリカの州兵を増員することが決まった。最終的に合計2万人の州兵がワシントンDCで警備活動を行うことになった。もしこれがバイデンの大統領就任式のためであれば、今回の選挙がいかに異常な選挙であったかということだ。なぜなら、ここまでの軍隊に守られなければ就任式を行えないということは、アメリカのような民主国家ではあり得ないことだからである。


今回の選挙で数多くの不正があったことについて民主党はたくさんの指摘を受けてきた。しかし彼らは一度も真正面から対応して来なかった。ここまで不正を指摘されたのであるから、もし潔白であれば堂々とその潔白を証明すればよいものを、彼らは徹底的に不正に関する指摘を無視してきた。また1000人以上の証人たちが宣誓供述書を携えて自分たちが目撃した選挙不正を証言しているのに、その事実関係を調査もせず、「確かな証拠がない」と言って追及をかわし、最高裁判所までが責任逃れをしているのである。


果たしてバイデン支持者たちは、この事実をどう見るのだろうか。数えきれないほどの不正の証拠を無視し、真実から逃げ続けるバイデン政権に対し、また不正の事実をひた隠しにし続ける主流メディア、さらにトランプ陣営からの情報の発信をことごとく遮断するビッグテック、この明らかな言論の自由を奪う憲法違反に対し、バイデン支持者たちはどのような論理的な正当性を主張するのだろうか。


すっきりした形で大統領選に決着をつけるには、誰もが判るように公平でオープンな投票と開票をすることである。それをアメリカ国民は望んでいる。なぜそれにバイデン政権は同意しないのだろうか。バイデン支持者たちはこの事に対し、どんな正当性を主張するのだろうか。


オリンピックの金メダリストがドーピング違反をしたことが分かったらどうなるか。もちろん失格だ。もう終わったことだからそのままでいいということにはならない。ましてや、選挙不正を知っているアメリカ国民が、票を盗んで大統領になった者を大統領として認めることは絶対にできないと思う。



鶴田健次



下記のアイコンのクリックで応援を願いいたします!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願いいたします。

✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨

2021.01.16 08:18 | 城壁の見張り人

010821_20210108151618702.png


 果たすべき責任


 ローマ人への手紙1章14節は私に与えられた新年の聖句です。これまでにも何度か新年の聖句としてこの御言葉が与えられたことがありますが、今年もこの聖句が与えられ、この御言葉を前に掲げて召された時の思いを心に留めながら召しにふさわしく歩んで行きたいと願っています。


 ここでパウロは、「私は、ギリシャ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っている」と言っています。「返さなければならない負債を負っている」、この部分を口語訳聖書では、「果たすべき責任がある」と訳しています。


 返すべき負債。果たすべき責任。一体なぜパウロは福音宣教の使命を『返すべき負債』『果たすべき責任』と言ったのでしょうか。その事を考えるときに必ずと言ってよいほど思い出す話があります。


 インドにおいてハンセン病の研究をしたポール・ブランドという医者がいますが、彼はインドで子供時代を送った人です。彼の両親はインドへの宣教師でした。彼はまた作家としても活躍している人ですが、彼の本の中でお母さんのことを書いています。


 宣教師である彼のお母さんが75歳の頃のことですが、彼女はその年齢にもかかわらず、毎日、何マイルも歩いて、インド南部の村々を訪ねて回り、イエス・キリストのことを人々に宣べ伝えていました。


 ある日のこと、彼女は一人でデコボコ道を歩きながら伝道の旅を続けていた時に転んでお尻の骨を骨折してしまいます。彼女は痛みのためにそこから動くことも出来ず、二日間、誰も通らない道ばたに横たわっていました。


 二日後、そこを通った労働者たちが彼女を見つけ、ジープに乗せて、穴だらけのデコボコ道を150マイル離れた町に連れて行きました。ところが、デコボコ道の運転が彼女の骨折した骨にひどいダメージを与え、その骨が元通りには直らなくなり、もはや二本の足で立てなくなってしまいました。


 ポール・ブランドは、それから数週間後、お見舞いのためにお母さんを訪ねてみると、お母さんは自分で作った二本の松葉杖を使って、足を引きずりながら歩いていました。彼は医者として、また息子として、お尻の骨を骨折し、二本の足で立つことも出来なくなった75歳の母親に、「もうこの辺で引退をしたほうがいいね」と勧めました。


 すると、お母さんは彼の方を振り向いて、「私が隠退をする事に一体どんな価値があるの」と言いました。「私がこの体を何年間か大事にしても、もし神様のために使わないなら、その事にどんな価値があるの」と言いました。ポール・ブランドはお母さんの献身者としての態度に圧倒され、何も返す言葉がありませんでした。


 それからも彼女は毎日、毎日、イエス様を伝え続け、93歳になるまで、歩く代わりにロバに乗って村々を巡り歩き、その働きを続けたそうです。93歳になった時、彼女はいよいよロバに乗ることも出来なくなりました。しかし彼女はそれでも福音を語ることを止めませんでした。彼女は今度はインド人の若者たちにハンモックに乗せてもらって村から村へと移動し、95歳でこの世を去るまで、イエス・キリストを語り続けたそうです。


 なぜ彼女はそこまでしてイエス様を伝え続けたのでしょうか。それは彼女が、福音宣教の使命を『果たすべき責任』として自覚していたからだと思います。まさにそれが、ここで言われているパウロの精神に共通するものだと思います。


 この素晴らしいキリストの福音を自分のものに出来たパウロは、この永遠に生きるための唯一の道を一人でも多くの人に伝えようと自らの生涯を捧げたのです。そして彼は、その働きを世界中の人々に対して『果たすべき責任がある』という自覚をもって進めていきました。


 やがてパウロはさまざまな迫害に遭います。何度も投獄されたり、何度も死ぬ寸前までムチでたたかれたり、何度も死に直面し、これ以上の迫害がないほどに迫害を受けていきます。福音の反対勢力は何としてでもパウロの伝道活動を止めさせようとしました。ところが何をしてもパウロは怖じけることなく勇敢に戦い続けました。


 ある時、パウロがルステラという所で伝道をしていたとき、ユダヤ人たちが彼を石で打ち殺そうとしました。あちこちから飛んでくる石がパウロの頭に当たり、彼は地面に倒れてしまいます。人々はパウロが死んだと思い、彼の体を町の外の道ばたに捨てました。


 そこにパウロの弟子たちがやって来てパウロのために祈ると、彼は意識を取り戻すことができました。そこで普通ならば、こんな危険な所にはこれ以上いられないということになる筈のところを、パウロはまた再びその町に入って行って福音を宣べ伝えたと聖書は記しています。


もちろん、この目を見張るような彼の伝道生涯は、聖霊の働きを抜きには説明できない事ですが、敢えてもう一つの理由を挙げるとしたら、それは福音宣教の働きを『果たすべき責任』と受け止めるほどの重荷がパウロにあったからだと思います。そして、この私も「かくありたい」と思います。



今日の一言:私には果たすべき責任がある



鶴田健次



 下記のアイコンのクリックで応援を願いいたします!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願いいたします。

✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨


2021.01.08 15:15 | 鶴田健次牧師より

12292020.jpg 

   

米大統領選に対する三つの視点

 

  今回のアメリカの大統領選挙はアメリカの将来を決める大統領選挙であるだけでなく世界の将来をも決める大統領選挙である。また中国共産党が今回の米大統領選挙を盗もうとしていることは重大な問題である。グローバリストたちが世界のグローバル化を推し進め、中国共産党が世界各地で共産主義をばらまく中、グローバリストまた中国共産党と真正面から戦ってきたのはトランプ大統領だけである。そして、その戦いにおいてグローバリストと中国共産党に支配される主流メディアは徹底的にトランプを叩き、偽情報をまき散らしているというのが実態である。

 

 ここまで露骨に主流メディアが情報操作をしている中、日本においても、少しずつそのメディアの嘘に気づく人々が増えてきた。そして、いつまでも傍観者でいるのではなく、もっと自分たちも政治に関わる責任があることに目覚め、自分で真実を調べようとする人々が起こされてきたことは非常に喜ばしいことである。

 

ところで、今回のアメリカ大統領選挙に対する人々の反応を見ると、三つの違った視点があるように思う。まず第一の視点は、今回の大統領選挙では不正など起きていないというものだ。時どき共和党の中に不正があったと騒ぐ人たちがいるが、それは証拠もない単なる言いがかりである。このように思っている人は、いつも主流メディアばかり見ている人である。彼らはメディアの報道は正しいと信じ込んでいるので、メディアの言うことをそのまま鵜呑みにしてしまうのである。

 

 第二の視点は、今回の大統領選挙はいつもの大統領選挙と何も変わらないというものだ。たとえ多少の不正があったとしても、それはいつものことで、それで大勢が変わるわけでもない。また4年後には新しい大統領が選ばれ、こうやって政権が維持されていくのだと考えている。この視点に立つ人も主流メディアしか見ない人で、今回の大統領選挙が、アメリカ建国以来初めての尋常でない特別な意味を持つ大統領選挙であるという認識は全くない。

 

 第三の視点は、今回の大統領選挙は明らかに不正があり、しかもその不正は単なる不正ではなく建国以来の大規模で組織的なクーデターであるというもの。またこの大統領選挙は、単なる共和党と民主党の戦いではなく、共産主義と民主主義の戦い、邪悪と善の戦いであるという視点だ。このような視点は、主流メディアだけを情報源としている人からは絶対に生まれて来ない。保守派メディアの中でもスポンサーである大企業に左右されず真実を伝えるメディアを情報源としている人からのみ生まれる視点である。

 

さらにまた、これにクリスチャンとしての視点を加えるなら、今回の大統領選挙は、悪魔に属する者たちと神に属する者たちの戦いであるという視点である。この視点は、主流メディアと保守派メディアの両方から情報を得、さらにその両方を見比べながら聖書の終末預言に照らし合わせ、特に世界最後の文明である大バビロンの本質を考慮しなければ見分けられないであろう実態である。

 

主流メディアは真実を報道しない。特に今回の大統領選においてはそうである。なぜなら、今回の大統領選は、長きに渡るグローバリスト達の計画が、また中国共産党によるアメリカの共産化計画が次の段階に進むためには、それを邪魔するトランプ大統領の再選を阻止し、彼らの操り人形であるバイデンを大統領にしなければならないからだ。そのために彼らは長い時間をかけて準備し、民主党の首脳陣たち、共和党議員の一部、FBI長官やCIA長官や裁判官、その他多くの政治家たちの魂を賄賂とハニートラップと脅しによって盗み、また主流メディア、主流SNS、巨大IT企業を買収し、万全の態勢で大統領選に臨んだのである。

 

コロナ過の中、トランプ大統領は精力的に選挙活動に明け暮れた一方、バイデン陣営がほとんど選挙活動をしなかったのは、最初から何もしないでも勝つ予定だったからである。なぜ最初から何もしないで勝てるのか。それは不正によって勝利を盗むことを決めていたからである。だから、怪しまれないように選挙前からメディアを通してバイデン有利という嘘の支持率を流し続け、計画どおり不正によって勝利し、辻褄が合うようにしたのである。

 

ところが、激戦州において、トランプ大統領の優勢が予想以上に大きく、そのままでは激戦州全州でトランプ大統領の勝利が決まってしまうという時に、彼らは突然真夜中に開票をストップし、秘密裏に不自然な方法で大量の不正票をバイデンに入れ、数時間後に開票が再開されたら、いつの間にか激戦州のほとんどでバイデンが逆転していたという珍事が起こったのである。

 

そこで、トランプ陣営はその不自然な逆転劇を見逃さず、徹底的に捜査をし、最終的に1000人以上の不正選挙の目撃者による有り余るほどの証言によって不正が明らかにされたのである。ところが、主流メディアはその事実を隠蔽し、バイデンの勝利を宣言し、不正選挙の結果を認めないトランプ大統領に対しては、「負けを認めようとしないトランプは見苦しい」などと非難し、多くの人々に同じ思いを植え付けたのである。

 

このことから分かる一つの事は、人々は主流メディアにコントロールされているということである。どんな事も、事実かどうかは関係なく、メディアが伝えることを人々は知り、メディアが伝えないことは何も知らないということである。


このような実態をあなたはどう思うだろうか。いつまでも対岸の火事として眺めていて良いのだろうか。

 

 

鶴田健次

 

 

 下記のアイコンのクリックで応援を願いいたします!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願いいたします。

✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨

 

2020.12.30 02:40 | 城壁の見張り人

image002 (2) 

 

クリスマスの意味するところ

  

今年もクリスマスの季節がやって来ました。クリスマスとは神の御子イエス・キリストがお生まれになった日です。御子イエスは暗黒を照らすまことの光としてこの世に来られました。「暗黒」という言葉が象徴しているひとつのことは、すべての人が生まれながらに持っている罪のために、霊的な死、肉体の死、永遠の死という三重の意味での死を余儀なくされているということです。つまり、この罪の問題が解決されなければ永遠の死を免れ得ないという意味で、まさに人は暗黒(絶望)の状態に置かれているということです。

 

この暗黒の世界に光をもたらすために、またこの絶望の世界に希望をもたらすために、そしてこの最後の敵である死に打ち勝つ道を示すために御子イエス・キリストは来られたのです。しかも、その死に打ち勝つ道を示すために御子イエスはご自分の命を犠牲にして下さいました。そのことを通して御子イエスは私たちに対する愛を明らかにされたのです。つまり、クリスマスのひとつの解釈は、主の愛によって死から命に移される道が示された日であるということです。

 

 ある一人息子の少年が不治の病にかかっていました。来る日も来る日も、母親は、医者が診断した怖い最後に息子が気づかないことを期待しながら、優しく彼を看病し、本を読んで聞かせ、一緒に遊んであげました。

 

 しかし、時が経つにつれ病状は悪くなる一方で、彼も次第に窓の外で遊んでいる他の男の子たちのようにはなれないことを考え始めているのが分かりました。そして小さいながらも、死という言葉の意味を理解し始め、また自分が死のうとしていることも子供ながらに知っていました。

 

 ある日、少年の母親は彼に、多くの騎士が死を迎える最後の栄光の戦いなどが描かれた 「アーサー王と円卓の騎士」 という感動的な物語を読んで聞かせました。彼女が読み終わって本を閉じると、少年は、イギリスの古い物語に深く感動し、しばらく黙って座ったままでした。それから、子供心にずっと重荷になっていた質問をしてきました。

 

 「お母さん、死ぬってどんなことみたい? お母さん、それ痛い?」 またたく間に彼女の目は涙で一杯になり、それに気づかれまいと、彼女は料理中のものがあるふりをして台所に逃れました。

 

 彼女は、それが深い重要な意味のある質問であることを知っていました。また彼女は、それが満足に答えられなければならない質問であることも知っていました。そこで彼女は台所の食器棚に手をつき、その滑らかな表面を両方の拳で押しながら、子供の前に崩れ落ちないように、また子供にどう答えればいいかを示してもらうために、ちょっとの間、必死で神に祈りました。

 

 すると神はすぐに彼女に答えを示され、そこで彼女はそれをどう彼に説明すればいいかを知りました。

 

 彼女は、平静を装い、子供のいる部屋に戻るとこう言いました。「ケネス、あなたがちっちゃな子供だったときのことを覚えてる? 一日中、元気に外で遊んで、夜になると服も脱げないほど疲れて、お母さんのベッドに転がり込んで寝てしまったことがよくあったでしょ? そこはあなたのベッドじゃなく・・・、そこはあなたのいる所じゃなかったので、少しの間しかそこには居れなかったの。そして朝になって目が覚めると、思いがけないことに、あなたは自分の部屋の自分のベッドの中にいたのよ。あなたがそこにいたのは、誰かがあなたを愛していて、あなたのお世話をしてくれたからなの。あなたのお父さんが、その太い腕であなたを抱いて運んでくれたのよ。ケネス、死というのは、ちょうどそんなようなものかな。私たちは、ある朝、目が覚めて、自分たちが違う部屋に居るのに気がつくのよ。私たちが本来いるべきところに。なぜなら主が私たちを愛して運んでくださるから。」

 

 神を信じる者に約束された天国の比喩を理解できた少年の顔は輝きを見せ、信頼の心で母親を見上げながら、もはや死に対する恐れも何もないことを彼女に伝えました。

 

 この少年のようでなく、たとえ健康で元気な人でも、死は必ずいつかあなたのところにやって来ます。そのときに、あなたは天国にあなたを運ぶことのできる方を知っていますか?

 

 あなたの大切なお子さんに、「死ぬってどんなことみたい?」と聞かれたら、あなたはちゃんと答えてあげられますか?

 

 子供だけでなく、あなたの大切な人が死を前にしているときに、黙って立ち尽くす代わりに語るべき希望の言葉があるとしたら、あなたはそれを語れる者になりたいとは思いませんか?

 

 

今日の一言: 死に打ち勝つ道は本当にある

 

 

鶴田健次


 

下記のアイコンのクリックで応援を願いいたします!またFacebookをご利用の方は、「いいね」と「シェア」のクリックをしていただくと、多くの方々にも、教会ブログをお楽しみいただける機会になるかと思いますので、よろしければ、ご協力をお願いいたします。

✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨👇✨✨

2020.12.25 00:37 | 鶴田健次牧師より

当教会は福音的プロテスタント教会です 統一協会(世界基督教統一神霊協会)やエホバの証人(ものみの塔)、モルモン教でお困りの方はご相談ください

当ブログへのリンクや画像・文章等の転載については事前にご連絡ください

新改訳聖書(c)新改訳聖書刊行会

新共同訳聖書(c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

(c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

口語訳聖書(c)日本聖書協会 Japan Bible Society, Tokyo 1954,1955

Copyright (c) 2008-2013 LVJCC Blog All Rights Reserved.