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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

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10月が近づくと、もう直ぐだ母の誕生日だなーと思います。今年の誕生日も母に会いに日本へ行く予定ですが、あと何回母の誕生日をお祝いできるのだろうと思うと、胸が詰まります。

 

誕生日で思い出すのは、あの時の電話です。

それは私の誕生日の出来事なのですが、人生を振り返っても、あの電話ほど母を喜ばせたことはないし、私自身も感動した事でした。

あれは私が234歳ごろの誕生日の事です。

その日、誰からもプレゼントやバースデーカードや誕生日おめでとうの電話が無く、一人さみしい気持ちで沈んでいると、さみしさは益々膨らんできて、私は世の中に必要無い人かもしれない、何の役にも誰の役にも立たない存在なら、今消えていなくなったって誰一人何の変化も無く明日が来るんだ! 自分の存在価値をそんな風に思って、流れる涙を止めることができませんでした。

 

さんざん泣いた後、ふと頭をよぎるものがありました。

それは、私を産んでくれた母のことでした。

母は私の誕生日を忘れてないよね、と思いながらも、同時にこんなことを思いました。

母が私を産んだ時ってどんなに大変だっただろう、痛かっただろう、想像を絶する恐怖&試練かもしれない、逃れる道は無く、ただ産むという選択だけがあるのみ、という壮絶な状況をこの身に置き換えると、涙腺が崩壊し怒涛の勢いで涙が溢れ出しました。

その涙と思いは、言葉で言い尽くせない大きな感謝と尊敬と母を思う愛おしさとなり、瞬時にして私の心を変えたのでした。

 

“こんなことしていられない、母に電話して産んでくれたことのお礼を言わなきゃ!” と思い、電話をしました。本来ならテレくさいけど、私を突き動かすものがあって止められなかった、というのが本当のところです。

 

「もしもし、お母さん? 今日は何の日か知ってる? 私の誕生日よ。」

「あれっ? そうだったね、今日はMちゃんの誕生日だ、おめでとう!  忘れてたよ、ごめんね!」

「ありがとう。でもね、そうじゃなくて、今すごい事が起こったのよ。誕生日は、おめでとうを言ってもらう日じゃなくて、お母さんにありがとうを言う日だって分かったの! お母さん、私を産んでくれてありがとう。本当に感謝してるよ。産む時ってどんなお母さんだって、苦しくて痛くてすごーく大変だよね。生まれた後は、一度だって落とさないように気をつけてくれただろうし、健康に育てなきゃならないし、生まれる前だって、大きなお腹で不自由を強いられたでしょう。そんなことを想像したら、誕生日はお母さんに感謝のお礼を言う日だって分かったのよ。」

母は、「そんな事言って私を泣かせないでー。嬉しくてどうしたらいいか分からないよー。ただ、嫁いだ女なら誰だってする当たり前のことをしただけだよ。でも、ありがとう。報われた気がするよ! ありがとうね! 今日のことは私の宝物だよ!」

そんな会話でした。

 

これは私がクリスチャンになる10年ぐらい前の、まだイエス様を知る以前のことですが、この世を愛し支配しておられる主は、私にも働いておられたことが後になって分かりました。

そして、クリスチャンになってからは、その母を誕生させてくださったのも主であることを知り、この世に存在する全てが神様からの贈り物だと分かった時には、神様の愛の大きさに感動を覚えました。

 

聖書にこのような言葉があります。

「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、なだめの供え物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」 これは、有名な第1ヨハネ4:10です。

優しく書いてある御言葉ですが、私がこの意味の重大さを理解できた時、これを母に伝えなきゃ、と心に決めました。何年も何年も失敗が続き、2年ちょっと前にやっと母を救いに導きました。

それは神様だけがご存知の最高の時でした。それ以降、母の具合がだんだん悪くなり、これから先1年生きられるかどうか分からず、体力も記憶力も聴力も低下しているのが現状です。

来月また日本へ行きますが、聖書に書いてある、母が行く場所、神の国がどのようなところかを母に話し、安心してもらいたいと願っています。

闇の夜を照らすまことの光だけが希望の光、母のことを主に感謝します。

 

MU

 

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2017.09.18 15:43 | 証し

牧師室より#352「感謝は失望を喜びに変える」_convert_20170915235212 


今日は、"感謝は失望を喜びに変える"ということを考えました。

 


主にある喜びを持ち続けるための良い方法は、事ごとに感謝をもって祈ることです。祈りには驚くべき力があります。もちろん、祈りを通して、私たちは直接的に心の平安と喜びを与えられます。


しかし、さらに素晴らしい事は、祈りが神の御手を動かし、驚くような神の御業をもたらしてくれることです。そして、この神の御業の経験は、私たちの理性を超えた平安と喜びを私たちに味わわせてくれるのです。


この祈りの偉大な力を考える時、見逃してはならない大切な事が一つあります。それは、祈りというものがキリストの名によって祈る祈りであるということです。


私たちは祈りの時、「イエス・キリストの御名によって祈ります」と言いますが、この言葉には、「イエス・キリストを信じます。イエス・キリストを通して祈ります。神がイエス・キリストを通して、この祈りに答えてくださることを感謝します」という意味が込められています。


ある一人の女性が、夫をなくし、生きる気力を失っていました。彼女にとって人生はもはや生きる意味を持ちませんでした。ところが、ある日、一人のクリスチャンが彼女を訪ね、「私はあなたの事を神様に感謝しています」と言いました。


その時、彼女は突然、自分がまだ誰かに必要とされていること、また自分にまだしなければならない事があるということに気付かされ、その感謝の言葉のおかげで、意気消沈した気持ちが消え去るのを経験しました。


皆さんの中に、生きる気力を見出せないでいる方はいらっしゃるでしょうか。落胆の中にいる人は、「もしあなたが私と同じ問題を抱えれば、私と同じ気持ちになるはずだ」と言うかも知れません。しかし果たしてそうでしょうか。この感謝という魔法の杖は、私たちに生きる気力と自信を持たせてくれるのです。


讃美歌作者として有名なファニー・クロスビーという人がいます。95歳で天に召されるまでに9000もの賛美歌の詩を書き、その中の8000が出版されたという偉大な讃美歌作者です。彼女は一歳のとき父親を亡くし、母親に育てられるのですが、彼女がまだ生まれて6週間にしかならない時、医者の不注意な過失によって目が完全に見えなくなってしまいます。


こんな悲劇は、誰にとっても、人生に行き詰まりを覚えさせる辛い出来事ですが、驚いたことに、彼女にとっては別でした。彼女は、後になって、自伝の中にこう書いています。


「私が、一生涯、盲目であるという事は、祝福に満ちた神様の摂理であり、私はその事を天からの贈り物として神様に感謝します。」


彼女を盲目にさせた医者は自分を赦すことができず、また自分のした事と向き合う事も出来ず、その町からいなくなってしまいました。しかし彼女はその自伝の中で、こう書いています。


「もし今、私が彼に会うことが出来たら伝えたいのです。私の目を見えなくしたことで自分を責めないで下さいと。あなたにとっては失敗だったかもしれません。でも神様にとって失敗はありません。私が肉体的に暗やみの中で生涯を暮らすことは神の御旨だと私は信じています。見えない事を通して多くのものを見ることが出来、神様への讃美を歌い、他の人々を励ますことが出来る者とされたのですから。私は世界中で一番幸せな者だと思います。ですから、私はあなたに、私の目が見えなくなるようにして下さって有難うと心から言いたいのです。」


この盲目を多くの人は“呪い”と考えるでしょう。しかし彼女はそれを神様からの贈り物と考え、神様に感謝しました。それは、もし彼女が視力を失わなかったら、これだけの賛美歌を書いて、世界中の人々を励ますことなど出来なかったからです。そしてその感謝が、神の御手を動かし、彼女に9000という膨大な数の賛美歌を書かせたのです。まさに感謝は大きな悲しみ、大きな失望を、喜びに満ちた心に変えるのです。



今日の一言: 感謝は失望を喜びに変える



鶴田健次


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2017.09.15 23:56 | お知らせ
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ここ数週間で、ハリケーン「ハービー」と「イルマ」がアメリカをはじめ、カリブ海沿岸の島々を襲いました。同時期に、メキシコでもマグニチュード8.1の大地震が発生しましたし、日本各地でも未だにマグにチュード5以上の地震が頻発しているようです。

増水や大雨による洪水、強風による家屋崩壊、製油所、インフラへのダメージ等大きな被害が出ており、2つのハリケーンによる損害は200億ドルとも21兆円とも言われ、株価やドル相場にも大きな影響が出ているようです。

テレビやインターネットなどで私たちが見る被害以上に、そこに住む人たちの金銭的・精神的被害が大きいことは容易に想像することができます。

クリスチャンになって少しずつ聖書を読むようになる前までの私は、このような自然災害が発生する度に、世の終わりを嘆いていました。しかし、今回のように大型ハリケーンが立て続けに上陸し、多くの被害がでていても少し違う観点からこの事実を受け止めるようになった気がします。

それは、「民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。 しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。(マタイの福音書24:7-8)」とある通り、これは予め言われていた事で、次に来る時代への産みの苦しみの時代であることが分かるからです。

情けないながら。。。最近の自分の霊的な状況を考えても「しかし、御霊が明らかに言われるように、後の時代になると、ある人たちは惑わす霊と悪霊の教えとに心を奪われ、信仰から離れるようになります。(1テモテ4:1)」と言う事に同意するしかない状態にあるのが事実ですし、世の中を見ても「そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。 そのとき、多くの人がつまずき、また互に裏切り、憎み合うであろう。また多くのにせ預言者が起って、多くの人を惑わすであろう。また不法がはびこるので、多くの人の愛が冷えるであろう。(マタイの福音書24:9-12)」と言う御言葉にもうなずくしかない状況ですが、この後には最後まで耐え忍ぶものは救われること、私たちの代わりに十字架で死んでくださったイエス様が再び来てくださることも約束してあります!「しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。そしてこの御国の福音は、すべての民に対してあかしをするために、全世界に宣べ伝えられるであろう。そしてそれから最後が来るのである。(マタイの福音書24:13-14)

この様に多くの自然災害等の苦難が起こりますし、厳しい信仰の戦いもあります!しかし、それは来たるべき至福の時代を産み出すために、どうしても通過しなければならない時代なのです。

私たちにできる事は、被害者の方々への祈り、金銭・労働による支援等があります。また、悪霊に負けず、強い信仰を持ち続け、福音を伝え続けることによって世界宣教界への役割を担う事もできます!
悲しい自然災害、世界情勢等ではありますが、嘆くだけではく、希望を持って夫々ができる事をすることも、クリスチャンの大きな役目である事をこの2つの大型ハリケーンが教えてくれました。

(KS)


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2017.09.14 06:26 | その他

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