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ラスベガス日本人教会  砂漠の地ラスベガスから乾いた心に命の水を

牧師室より#373「銃乱射事件」1 

銃乱射事件



2月14日の午後2時半ごろ、フロリダ州パークランドの高校で銃乱射事件があり、少なくとも17人が死亡、14人が病院に搬送されたとのことです。


メディアによると、同高校の元生徒による犯行だったようで、同高校を退学処分となっていた容疑者は校内の火災報知機を鳴らし、混乱を引き起こした後に銃を乱射したとみられています。容疑者が多数の生徒を標的にするために、周到に計画していた様子が想像できます。

アメリカでは過去にも学校で銃乱射事件が繰り返し起きており、多くの犠牲者が出ています。


1999年4月、コロラド州のコロンバイン高校で男子生徒2人が図書館などで銃を乱射し、教員と生徒13人を射殺しました。


 2007年4月にはバージニア州のバージニア工科大学で男子学生が銃を乱射し、学生や教員32人を殺害しました。


 2012年12月、コネティカット州のサンディフック小学校で男が校舎へ侵入し、児童ら26人を殺害しました。男は学校侵入前に自宅で母親を射殺していました。


2013年6月には、カリフォルニア州のサンタモニカ・カレッジやその周辺で男が通行人などに銃を発砲し、5人が死亡しました。

 

アメリカの調査団体のガン・バイオレンス・アーカイブによると、2017年は12月20日時点で1万4968人が射殺されたとのことです。1日あたり平均42人が銃で撃たれて死亡した計算です。2016年は1万5088人でほぼ横ばいですが、2014年の1万2564人と比べれば二割も増えた計算になります。


昨年10月にはラスベガスで58人が死亡、500人以上が負傷した米史上最悪の銃乱射事件があり、続いて11月にはテキサス州の小さな教会で男が銃を乱射し26人が死亡。またカリフォルニア州北部の小学校などでも4人が死亡する事件が立て続けに起こりました。


アメリカでは銃の乱射事件が起きる度に銃規制の必要性が叫ばれ、規制強化に動こうとしますが、議会では法案の採決さえ共和党の反対などで見送られてきました。それは圧倒的な集票力を持つ銃ロビー団体、全米ライフル協会(NRA)が政界に絶大な影響力を持っているからです。


聖書には、終末時代の一つの兆候として、「民族は民族に、国は国に敵対する」「方々に飢饉と地震が起こる」「不法がはびこり、多くの人たちの愛が冷える」と記されていますが、まさに今の時代はこの預言を彷彿とさせるような現象で満ちています。


確かに、今の世は不法がはびこり、人々の愛が冷えていると言えます。世界中で命の奪い合い、権力の奪い合い、利益の奪い合い、名誉名声の奪い合い、あらゆるものの奪い合いがなされています。


特に人の命が簡単に奪われるようになったことは、人間の尊厳が失われていることがその根本の原因ではないかと思います。


私たちは、どのようにして人の命の価値を測るでしょうか。私たちは、それぞれ人の命の価値を量る秤を持っています。そして人の命を低く値踏みする秤を持っている人は、人の尊厳を認めることができず、人の命をあまりにも軽々しく扱い、粗末にしてしまうのです。


主イエス・キリストは、人の命は全世界の富よりも尊いものであることを教えられました。全世界の富をもってしても、たった一人の人間の命を買い戻すこともできないのです。人間の命がいかに大きな価値があるかということです。


多くの人々が、イエス・キリストの十字架を通して人の命の尊さ、人の尊厳を認めることができれば、この世界はどんなに平和な世の中になることでしょうか。



今日の一言:人の尊厳を認めよう


鶴田健次


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2018.02.17 05:38 | お知らせ
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ブルガリアに住む老人、ドブリ・ドブレフ(Dobri Dobrev)さんをご存知でしょうか?
ドブリさんが生まれたのは100年以上前の1914年の夏。第2次世界大戦中の爆撃が原因で、以来耳が遠くなってしまいました。

ドブリさん、実は、世界中にファンがいます。それはドブリさんの行いに感動したり、心を動かされた人々です。彼は信仰心が篤く、貧しい暮らしの中でも誰よりも多くの献金を主に捧げ、主に栄光をお返している愛すべきキリスト者です。

ブリさんの住いはベイロボ(Baylovo)という村にあって、ベイロボの教会の隣の小さな部屋に住んでいます。その村は、ソフィアという街から東に約40キロ行ったところにあります。生活は年金でやり繰りして、部屋にはベッドとテーブルがあり、贅沢品などは何もありません。彼はブルガリア正教会の信徒で、神を愛し、今の静かな暮らしを好ましく思っている老人です。近くの親切な人が、ドブリさんにパンや食べ物を持ってきてくれたりもするそうです。

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そんなドブリさんは毎日ソフィアへ行って、大聖堂の前や街頭などで人々にコップを差出し、施しを受け取ります。コップに小銭を入れてくれた人に、ドブリさんは持っているパンを、「どうぞ一口ちぎって食べて下さい、神様からの贈り物ですから」と言うのです。たぶん、ドブリさんの温かい感謝の心から出た、ご自分のできる祝福の分かち合いなのでしょう。本当に優しい方です。

白髪と白く長い髭、そしてすり切れた古いコートを着て街角でコップを差し出す姿から、心無い人たちはドブリさんを物乞いだと言いますが、ドブリさんは自分を物乞とは思っていません。「施し」だと言います。しかし、どう見られようとも、ドブリさんは気にすることも無く、20年以上も続けています。

一方、ドブリさんを支持する人たちは、ドブリさんを「聖人」と呼んでいます。
ドブリさんが集めたお金は、財政難の教会を助けたり、修道院の再建に用いられたり、孤児院の公共料金として支払われたりと、ドブリさんの献金が生きたお金となって動いています。ドブリさんがした一番多額な献金は、アレクサンドル・ネフスキー大聖堂へ3万5700レバ(約250万円)を捧げました。他にも、小さな修道院や教会も口々に2500~1万ユーロを献金してもらったと言っています。EU最貧国と言われるブルガリアの平均月収がドル換算で$500位なので、ドブリさんの献金額がどれ程かわかります。
ドブリさんがこれまでに受けた施しは何万ユーロ相当にもなりますが、ドブリさんはそれを自分のためではなく、すべて他者のために寄付しました。

善行を続けられたドブリ・ドブレフさん、その名「ドブリ」とは、ブルガリア語で「善」を意味する言葉だそうです。なんと素晴らしい意味深い名前を付けてもらったのでしょうか。人にも神にも「善」であった人「ドブリさん」、主に祝福された方。この世の富より、主が下さる富を最も大事にされた方。「私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい。」(申命記30:19)その御声に従った方。

ドブリさんの事を知ってから更に知りたいと思って調べると、出て来たものの8割程が2014年の記事でした。おそらくその頃に、ドブリさんが日本のメディアに紹介されたのかもしれません。ですのでここで紹介した写真や金額も当時のものと思って差し支えないと思います。
しかし、最後に見つけた一つの動画YouTubeは、2017年のものでした。そこで話されている言葉は、たぶんブルガリア語だと思いますが、ドブリさんが多くの信者や聖職者に囲まれて教会でお祝いの式典をしているところだと思われます。
ブルガリア語のタイトルを日本語翻訳機にかけると、「ドブリおじいちゃん(103歳)Kremikovtsi修道院で」と出てきました。
103歳のドブリさんは、もっと背中が丸くなっていて、弱くなっているようにも見えましたが、多くの人に愛されている事が感じ取れました。それは、ドブリさんが先に多くの人を愛したからなのかもしれません。イエス様のように。。。

            こちらがその動画です
            


(MU)

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2018.02.15 03:48 | その他
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聖書クラスで何度か賛美したこの聖歌。
聖書クラスでは伴奏が無いこともあり 「鶴田先生の低音の歌声と共に、ゆっくり、しっかり心に入って来る聖歌」 という思い出がありました。

つい先日の朝、この楽譜が目に入りその日の賛美はこの曲にしました。

初めて一人でゆ~っくり、歌詞の風景、状況、背景等を思い浮かべながら歌い始めたのですが、歌詞の通り、心が震えました。

私は、洗礼を受けて今年の6月で5年になります。
この間、常に自分のイエス様に対する知識、イエス様の愛、御父の思いに関する理解等、どれをとっても、何かが足りない、欠けていると分かっていました。
イエス様がこの世に来てくださった事、十字架の贖い、神のご計画等、全て「知識」としては知っていて理解していて、勿論、全てを信じているのですが、それがどれほど大きな事なのか?分かりきっていないのです。。。

ですので、その欠けを強く感じる時には 「イエス様の事、イエス様の愛についてもっと私が知ることができますように!」 と祈ります。すると主もそれにこたえてくださり、少しずつ、少しずつですが、イエス様の事や愛を知り、感じられるようになってきていると思います。
まさに!生きて働いておられる主に感謝です。

実は、その日の朝も同様の祈りを捧げた所、この賛美が目に入り、私の心と霊に訴えたのです。

「イエス様が十字架につくとき、あなたもそこにいたの?」
「イエス様を十字架につけるために手と足に釘が打たれた(刺し通された)時のその音を聞いたの?」
「イエス様の血が流れるのを見たの?」
「十字架上のイエス様が御父の御手に霊をゆだねられた時、全地が暗くなったのを気がついていたの?」
「イエス様を葬るために墓にいったの?」

この賛美は私にこの様に話しかけてきました。
同じ歌詞でも、その時の状況で一番に心に訴えることは違うと思いますが、その日の私は

「イエス様。はい。私もそこにいました。そしてイエス様を十字架にかけたのは私です・・・」
「イエス様。あなたが、十字架で死んでくださったのは知っていましたが、この様に痛い、惨い事を麻酔もなく、しかも大きな釘を打たれていらっしゃった事を、想像する事を忘れていました。鞭打ちに加え、釘、そして釘だけに体重がかかる・・・その一つ一つがどんなに厳しい贖いであったか・・・想像もしていませんでしたし、理解もしておりませんでした・・・」

と。2番目の歌詞からしばらく離れることができませんでした。

公生涯中、愛をもって自分の事、御父、天の御国の事等を教えてくださったイエス様を十字架にかけてしまった私・・・
そんな私をも救おうと、嘲りや痛み、苦しみに耐えてまでも罪の贖いをしてくださったイエス様。
それなのに、その部分さえも本気でイエス様の気持ちや痛みを知ろうとすることもなく 「イエス様♡、いつもありがとうございまーす!♪」 と軽く言い放っている私・・・。

イエス様の苦しみと愛に少し気付くことができ、私自身に何が欠けていたのか? 少し分かることができたような気がします。

まだまだまだまだ、まだまだまだまだ。。。イエス様の深い深い愛を完全に知り、理解し、感謝できてはいない私ですが、約1か月半後のイースターまで、この賛美と共に、イエス様の十字架としっかり向き合いたいと思いました。


「きみもそこにいたのか」

きみもそこにいたのか  主が十字架に付くとき
ああ何だか心が 震える  震える  震える
きみもそこにいたのか

きみも聞いていたのか 釘を打ち込む音を
ああ何だか心が 震える  震える  震える
きみも聞いていたのか

きみも眺めてたのか 血潮が流れるのを
ああ何だか心が 震える  震える  震える
きみも眺めてたのか

きみも気がついたのか 突然日がかげるのを
ああ何だか心が 震える 震える 震える
きみも気がついたのか

きみも墓に行ったのか 主をば葬るために
ああ何だか心が 震える  震える  震える
きみも墓に行ったのか
(聖歌 400番(新聖歌113番))


是非、歌詞と映像と共にご視聴ください。


(KS)
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2018.02.12 14:18 | その他

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